AWC アイドル探偵CC <後>  永山


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#485/514 ●長編    *** コメント #484 ***
★タイトル (AZA     )  16/07/31  21:48  (373)
アイドル探偵CC <後>  永山
★内容                                         17/04/10 17:04 修正 第3版
 現場一帯を警察が調べたところ、確かに人間の尿が検出され、それは上谷直美の物で
あると鑑定された。さらに、同じく彼女の物と認められる毛髪や唾液、皮膚片が、わず
かながら見付かった。一方で、殺害されたという証拠はまだない。
「どうなってるのかな〜?」
 レッスンの休憩中、大葉が呟くように皆に尋ねた。もちろん、三日前に通報した一件
についてである。
 通報すれば、あとは警察の仕事だ。発見者だからと言って、捜査の経過を教えてもら
える訳もない。
「俺達の役目は通報して終わりだ。感謝状も今回はないだろうしな」
 刀根がペットボトルの水を煽ってから、断定的に言った。
「捜査の情報が漏れ聞こえてくるとしたら、児山家じゃないかな。発見した当時の状況
を、警察が聴取するに違いない。その過程で、何らかの示唆はあっておかしくないよ」
 坂巻が意見を述べる。直接通報に関わった大葉のみならず、他の三人も捜査の成り行
きに関心を持っている。ただ、自分達の手ではどうしようもない。昔のように売れない
芸能人であったなら、自力で調べる時間だけはあるだろうが。
「そういや、今度の事件では、クライムクラブの名前は、まだ表に出てないみたいだ」
 事件面を開いたスポーツ新聞を片手に、京本が言った。やや不満げに、眉根を寄せて
いる。
「一応名乗ったんだけど、少なくとも事件が未解決の内は、名前は出ないって」
 大葉が事情を話すと、京本は「解決することで名前が出るというのなら、自分達の手
でそうしたいね」と笑みを浮かべる。冗談と本気が半々といった体。
「そんな手間掛けなくても、マスコミに漏らせば、現状でも書いてくれるだろうよ」
 ドライでひねくれた言い方をしたのは刀根。グループの中で一番歌に情熱を傾けてい
る彼にとって、他の仕事は比較的身が入らないのだ。ましてや、“探偵ごっこ”は面白
くもない。
「それだと、ファンのあの子供に迷惑掛かるかもしれない。名前を売るには、自分達で
努力しないと」
 大葉が真面目に力説したのに対し、刀根はため息を大げさについた。
「わーってるって。ジョークだ」
「僕としては」
 リーダー格の坂巻が、話をまとめる風に切り出した。
「自力で解決に乗り出すには、暇がないのが現実。能力だってあるかどうか、自信ない
しね。だけど、経過は気になる。だったら、和井警部に頼んで、捜査の進み具合をちょ
こっと調べてもらうのがいいんじゃないかな。縄張り意識が強いったって、同じ日本の
警察なんだから、伝はあるはず。どうだろう?」
 この意見に、三人から相次いで反応が返る。
「賛成!」
「悪くない」
「迷惑掛けるだけじゃないのか」
 順に大葉、京本、刀根。一応、賛成が上回ったことになる。
「じゃあ、古屋さんに言って、そうしてもらうとするか」
 坂巻が言ったちょうどそのとき、控え室のドアがノックされ、古屋マネージャーの声
が届いた。
「みんな、いい?」
「あ、はい。何です? もう休憩終わり?」
 時計で時刻を確かると、まだ十分近くある。ドアが開けられ、古屋が入ってきた。
「ううん、休んでいていいんだけど、さっき警察の和井さんから電話があって」
「へえ、何て? ちょうど話題にしてたとこなんだ」
「この間のT市の一件で、遺体が発見されたって。その場所が八王子の方で」
「てことは、合同捜査?」
 早呑み込みしたのは大葉。古屋は首を振って、「それは分からないけれど」と応じ、
話を続ける。
「しかも、第一容疑者が東京に住居を構えていると分かったため、和井さんも照会に応
じて協力するんだそう」
「ほぼ、合同捜査だ」
 大葉が満足げに眼を細め、うんうんと頷いた。マネージャーは取り合わず、とにかく
警部からの話を伝えきる。
「ついては、大葉君達が通報する直前の状況や、ファンレターの中身について検証した
いので、近い内に伺う、だって」
「おー、願ったり叶ったり」
 坂巻が音を立てずに拍手した。
「だけど、時間の確保が難しいから、とりあえず中河内君と江差ちゃんだけで対処す
る。ええ、どうせあなた達のことだから、気になって首を突っ込んでくるのは分かって
る。あとで教えるから、今は本業に集中してちょうだい」
 古屋マネージャーはほとんど一方的に言い置くと、他にも用事が詰まっているのか、
足早に出て行ってしまった。閉まりきらなかった扉を、一番近くにいた刀根が苛立たし
げに閉めた。
「全く、じきに新曲のレコーディングだってのによ」

「私がこんなこと引き受けたの、上には内緒にしてくださいね」
 和井警部との対面を終えて帰ってきた江差今日子を、クライムクラブの四人は事務所
の出入り口で待ち構えていた。前もって彼女にメールを入れて、メンバーが聞き出した
いことを彼女が警部に質問するよう、お願いしておいたのだ。
「言わない言わない。ばれないようにするためにも、手早くね。じゃあ、最初に――」
 坂巻が言い掛けたが、それを手のひらで制した江差。怪訝な表情をなして、坂巻と大
葉らは顔を見合わせた。
「手早く済ませるために、文字にしておきました。車中での手書きだから読みづらいか
もしれませんが、勘弁してください」
「おー、さすが。できるねえ、今日子サン」
「本業でそう言われたいです」
 手帳数ページ分を破いた紙を受け渡すと、江差はそそくさと事務所に入った。
「これでよし。飯を食いながら、検討しよう」
 四人は軽く変装すると、馴染みの食堂へ向かった。芸能人なんて来そうにない、古び
たビルの一階にある、ありふれた中華料理屋だ。もちろん、古屋マネージャーは同行し
ない。
 店の奥のテーブルに着くと、各々が適当な注文を済ませる。待つ間、メモ書きを皆で
回し読みした。
「最初に遺体のあった森の中は無論のこと、そこへ通じるけもの道にも防犯カメラの類
はゼロ。さらにそのけもの道に通じる生活道路に出て、やっといくつかある程度。今の
ところ、不審者や不審車両は確認できていない。と同時に、被害者が第一の現場に向か
う姿も未確認。車で犯人と一緒に来て、すぐに森に入ったのなら、映らなくても不思議
じゃない、とある」
「第二の現場、つまり遺体発見現場は河川敷の草むらで、同じく防犯カメラの類は、皆
無ではないが、現時点では映像に怪しい人物は認められず。この場合の怪しいって言う
のは、遺体のような大きな物を運んでいる奴、ということだな」
「死因は窒息で、紐状の凶器、恐らくはネクタイのような幅のある布製の紐による絞
殺。死亡推定時刻は六日前の午後三時から六時にかけて……って、これ、あの児山次郎
君が目撃したのと、あんまり変わらない時間帯になるんじゃない? 夕方としか分から
ないけれど」
「ひょっとしたら、犯人はまだ近くにいた可能性があるね。身を潜め、子供が立ち去る
のを辛抱強く待ってから、遺体を別の場所に移した。悪くすると、子供も殺されていた
かもしれない」
「まさか、今さら子供に目撃された可能性を考え、命を狙うってことはないだろうな」
「そうするくらいなら、その場でやってるだろう」
 オーダーした料理が、届けられ始めた。会話を中断し、並べられるのを待つ。全て揃
ったところで、まずは腹ごしらえに専念する。
「犯人が被害者を森で殺したのだとしたら、何の用事があって、そんなところに入って
行ったんだろうね?」
 メモ書きにはない、気になった点を大葉が挙げた。
「……アイドルらしからぬ単語を吐いていいのなら、真っ先に思い付くことがある」
 京本がレンゲでチャーハンの残りをかき集めつつ、他の三人の顔を見てから言った。
みんな、承知している。
「それって、野外で男女がやるってことでしょ」
 大葉が屈託のない笑顔を作って、さらっと言った。ラーメン一本をつるっと吸い込
む。
「そうだが。しかし、最有力容疑者の栄田(さかえだ)という男は東京者だというか
ら、話の辻褄が合わない。わざわざT市まで来て、やることじゃないだろう」
「東京は緑が少ないから――じゃあないよね」
「犯人が被害者を殺すための誘い出したというのが基本で、そこにどんな理由付けをし
たか、だね」
 坂巻はそう言うと、天津丼に麻婆豆腐を載せるという濃い組み合わせを試した。
 刀根は厨房の店員に向けて手を挙げ、杏仁豆腐四つを持って来るよう合図した。それ
から各人のコップに、お冷やを注いでやる。
「簡単だ。ガキと一緒だろ」
「ガキと一緒って何だい?」
「スマホのゲームさ。詳しくは知らないが、珍しいキャラが出現するとか言って、連れ
出したんじゃないか」
「面白い見方だけど、T市はほとんど出ないらしいよ。レアものどころか、ノーマルな
タイプも」
 坂巻がやんわり否定する。
「だいたい、ほんとにレアなのが出現していないと、騙しようがない。本当にレアもの
が出現したなら、プレーヤー達が集まってくるはず。実際には児山次郎君一人が来ただ
けだった」
「それは……T市にはプレーヤーも少ないんじゃないか」
「そこまで言うのなら、児山次郎君に聞けば、話が早いけど? レアなキャラを追っか
けてあの森に入ったのか、ってね。たださ、そんなことがあったのなら、ファンレター
に書いてると思うんだけど、そうじゃなかった。だから、刀根君の推測は外れていると
思う」
 大葉によって否定されると、刀根は軽く両手を挙げ、口をつぐんだ。ちょうど杏仁豆
腐が並べられたので、片付けに掛かる。
「さて、あまり長居もしていられないが、俺達がじっくり話せる場所はここくらいだか
ら、少しは粘ろう。栄田裕一郎(ゆういちろう)は被害者の上谷直美の元恋人で、同じ
大学の出身。在学中の付き合いが卒業後も続いていたが、約一年前に別れてる」
「僕らが結成して、売り出した頃か〜」
 余計な口を挟む大葉。坂巻は無視して続けた。
「男の方によい縁談話が持ち上がったのが原因らしいから、被害者は未練があったのか
もしれない。完全に縁切りできず、業を煮やした栄田が……という構図を警察は描いて
いる訳だ」
「縁談相手とはもう結婚してるのか? 書いてなかったようだが」
「確かに、その点は書かれていないね。だけど、大きな問題ではないだろ。結婚したに
せよ婚約中にせよ、あるいは破局したにせよ、男が被害者を消そうとする動機は成り立
つ」
「まあ、そうだな」
「問題はこっち。栄田にはアリバイがある。犯行のあったとされる時間帯、栄田は学生
時代の友人四人と会って、都内を遊び歩いていたそうじゃないか」
 メモ書きの一点を指でとんとんと叩きながら、坂巻は首を傾げた。正確に言うと、栄
田が五人で行動していたのは、当日の正午過ぎから午後四時半まで。その後は帰宅した
と述べているが、そちらの証人はない。と言って、四時半から六時までのアリバイが成
立しないのかというと、そうではない。友人らを駅まで送り届けたあと、T市の現場ま
で、車で一時間は掛かる。往復で二時間、被害者と落ち合って殺害その他諸々で三十分
は余計に掛かると考えられるが、栄田が午後六時半に帰宅するのを、近所の人間が目撃
している。
「これが事実なら、彼には犯行不可能だ。友人全員が協力したとは考えにくい」
「……しかし、移動手段は車とある。栄田の車だ」
 刀根が重要事項のように述べた。が、他の三人はまだ彼が何を言いたいのか掴めな
い。
「前もって被害者の自由を、睡眠薬か何かで奪っておき、車の後部トランクに押し込ん
でおく。友人達と遊びに出たあと、何度か駐車する場面はあったろう。途中、隙を見計
らって皆から離れ、トランクを開けて被害者を絞殺。再びトランクを閉め、素知らぬ顔
で移動。友人達と別れたあと、T市の森に直行し、遺体を遺棄。すぐさま引き返せば、
ぎりぎりだが六時半には帰宅できるんじゃないのか?」
「綱渡りに過ぎるね」
「ぎりぎりなのは認めている。成り立たないとも言えんだろう。栄田がもしこうしたの
だとしたら、最初から完璧なアリバイ作りを企図してやったとも思えない。ガキが遺体
を見付けるなんて予想外だったろう。また、帰宅の姿を近所の人に目撃してもらえると
も限らないんだからな。アリバイはたまたまなのかもしれない。後に第二の現場に移動
しているくらいだしな」
「うーん……時間的にはぎりぎり成立でも、それ以外の点で心理的に無理」
 京本が明確に反対を表する。
「どこが?」
「どこがって、たとえば殺害の瞬間ね。いくら友人達の眼を遠ざけても、真っ昼間に、
トランクを開けて中の女性を絞め殺すなんて、きついでしょ。どこに停めたら、目撃さ
れる恐れなしに実行できる?」
「それは……やはり、山奥だろう。友人達と一緒に回ったコースを丹念に調べれば、適
した場所があるに違いない」
「そううまく行くかねえ。第一、そんな都合のいい場所に駐車できたなら、殺したあ
と、遺体をそこに置いていく方がいいんじゃあ? 山奥なら一時的には隠せるでしょ。
遺体を積んでずっと一緒に走るよりは、安心だと思うね」
「……性格の違いだ。栄田は図太いのかもしれん」
 自説に執着する刀根だったが、坂巻が割った入った。
「面白い説だと思ったけど、自分も反対だな。万が一、被害者が途中で意識を回復した
ら、目も当てられない。それに、第一現場にあった尿のこともある」
「……ああ」
 刀根は自説の決定的な弱点を理解したようだが、坂巻は敢えて口に出して説明を始め
る。
「トランク内で殺害したのなら、失禁した尿の大部分はトランク内に残ったろう。その
遺体を森に放置したって、現場から尿はほとんど検出されないと思う。六日も経って、
蟻がたかることもない」
 刀根が項垂れるように首肯した。そのとき、店のドアの方から、女性グループの声
が。
「あれ見て。もしかして」
「クライム? 似てるかも」
「うそ」
 そんな囁きが、意外とはっきり聞こえてきた。
 潮時とみて、クライムクラブの面々は店を出ることにした。

 夕食のあと、スケジュールの打ち合わせやグラビア撮影をこなし、解放されたのが夜
の十時。未成年者もいることから、原則的にはこれでタイムリミットいっぱいだ。
 クライムクラブの四人は、事務所の用意したマンションの同じフロアの隣り合った四
部屋に入っている。炊事や洗濯、共用スペースの掃除などはハウスキーパーがやってく
れる。ちょっと贅沢な寮生活のようなものだ。
「何度も言ってるけれど、夜更かしは厳禁。身体や肌に悪いし、特に明日は早いんだか
ら」
 マネージャーの聞き飽きた注意事項を受け流し、おやすみの挨拶をする。うるさい監
視の目がなくなったら、当然、事件についての検討会だ。坂巻の部屋に集まった――刀
根を除いて。
「刀根っちは? 否定されていじけちゃった?」
 いないところでは、刀根をそう呼ぶ大葉。坂巻がたしなめながら、「音楽の方でやる
ことがあるんだってさ。今日は空き時間を事件に費やしてたから、これくらいは仕方な
い」と度量の広さを示す。尤も、今やっているのは飽くまで余技、探偵ごっこ、捜査遊
びの域を出ないのだから、許容するも何もないのだが。
「それじゃあいつ抜きで始めるとしますか。これまで話し合った以外で、何か気になっ
た点は?」
「気になったというか、まだ話し合っていないというか。警部がファンレターを再検討
したいと言ったのは、何をどう再検討したかったのかと思ってさ」
 待ち構えていたみたいに京本が述べた。
「言われてみれば、江差さんのメモにも、その言及がないな。こちらからファンレター
を提供しただけで終わったのかな」
 児山次郎からのファンレターは、封筒ともども、警察にて提出された。念のため、宛
名書きと内容文全てをコピーしてあるが、そのコピーは事務所が保管しており、今、ク
ライムクラブで文面を確認することはできない。
「特段、おかしな箇所はなかったよねえ」
「……警察が気にするとしたら、まず、男の子自身が犯行に関わっているか、現場をい
じったか、だろうな」
 坂巻はそう言ってから、二人からの視線に気付き、急いで付け足した。
「無論、前者はない。警察は、児山次郎君がつい、現場に何らかの手を加えてしまった
ケースを考えているのかもしれない」
「仮にそうだとしても、あの文章、記憶してる限りじゃ、特に何もなかったはず」
「警察だって、確信があってファンレターを預かったんじゃないだろうしね。最終的に
発見された遺体と、子供が目撃したときの遺体の状況に、変化があるかどうかって話な
んじゃないか」
「それならまあ分かる。犯人が誰にしろ、遺体を移動したのは犯人である可能性が高い
し、遺体の状態に変化があったのなら、そこには犯人の痕跡が残っていると期待できる
訳だ」
 こうして京本を納得させた坂巻だったが、自身の言葉を反芻する内に、ふと気に掛か
ったことがあった。
「……犯人は何故、遺体を移動したんだろう?」
「うん? そりゃあ、子供に見付けられたと知ったから、じゃないの?」
 大葉は、決まってると言わんばかりの口調だ。対して坂巻は、首を横に振って、まっ
すぐに見つめ返す。
「見付けられたことを、どうやって知った?」
「えっと、その話なら前もしたじゃない。現場のすぐ近くに隠れていて、見たって」
「普通の殺人犯なら、なるべく早く現場を立ち去りたいはずだ。隠れていたのなら、そ
の理由がいる」
「それは……」
 大葉の声は細くなり、語尾が判然としないまま消えた。助けを求める視線を、京本に
向ける。京本は咳払いを一つした。
「そうだなあ。最初から、遺体を動かすつもりだった……というのは無理があるか」
「ああ。殺したばかりなんだから。第一の現場は、本来、人がなかなか立ち入らない場
所で、遺体を隠すのに持って来いの場所なのに、端から移動するつもりだとしたら合点
がいかない」
「すると……殺した直後で、逃げる前に子供が来てしまった、とか」
「確率は低いが、ないとは言い切れない。でも、その場合、犯人は小学生を見逃すだろ
うか? いっそ始末しようと考えるのでは?」
「犯人の性格に因るだろうよ。目的以外の殺人はやりたくなったのかもな」
「いいだろう。しかし、それを認めるとしても、だ。犯人は当然、児山次郎君が立ち去
った直後から、遺体を移動させようと行動を開始したはずだね」
「うむ。そうなるね」
「でも、心理的におかしくない? 児山次郎君は怖くて通報しないどころか、誰にも話
さなかったみたいだけれど、犯人は最悪のケースを想定するのが普通じゃないかな。こ
の場合、さっきの小学生が大人を連れてすぐに戻ってくる、と」
「……なるほど。犯人は、遺体移動を開始したくても目撃されてしまう、と予想するの
が自然だな。森の奥に入る訳にも行くまいし」
「だろ? 考えてみると、おかしいんだよな」
 京本から反論が出なくなったところで、大葉が議論に復帰する。
「でもでも、事実は遺体移動されてるんだよ。理に適った流れがあるはず」
「理に適ったというか、条件に合う状況を描くなら――犯人は現場を立ち去ったあと、
児山次郎君が遺体を見付けたことを知った――となる。これなら、遺体を動かすタイミ
ングをある程度選べる。犯人にとって自由に動ける、人目に付かない時間帯にやれる」
「え? けど、児山次郎君は誰にも話してないんだから、犯人は遺体を見付けられたこ
とを知りようがないんじゃあ」
「現場を離れ、安全な場所へ舞い戻ったあと、男子小学生が森に通じるけもの道から出
て来るところを見たのだとしたら?」
「意味が分からないよ。安全な場所って、車の中? だけど、犯人は一刻も早く、現場
から遠ざかりたいっていう理屈を採用するんなら、車内からじっと見張っているのはお
かしいし」
 坂巻は大葉の見解に、丁寧に頷いた。
「車じゃない。今思い浮かんだんだけれどさ。犯人は、現場の近くに家を構えているん
じゃないかなって。窓から、森への道を監視できるくらいの距離に」
「……」
 大葉と京本は何度も瞬きした。それから顔を見合わせ、どう思う?という風に視線を
交わらせる。
「何だか説得力あるような」
「ただ、どこかに穴がありそうな気もする」
 二人の反応を受け、坂巻は「穴っていうのは、こういうことじゃないか」と前置き
し、己の推理の締め括りに入る。
「森への道を見張れる場所にいるのなら、小学生が入って行く姿にも気付いたのではな
いか、ってね」
「ああ、うん、そういう穴がある」
「だけど、これくらいの穴なら、埋めるのは簡単だよ。児山次郎君が入って行くとき、
犯人はいなかった。それだけのことだ」
「いなかったって……状況としては、殺人を犯したばっかりなんだよね? 家から見張
れるんだったら、じっと見てるもんじゃあないの?」
 大葉の質問に、坂巻は待ってましたとばかりに即答する。
「単純に、出掛けていたと考えればいい。少しでもアリバイ作りしたくて、人に会いに
行ったのかもしれないし、単に外せない用事があったのかもしれない。そして帰宅後
に、森から出て来る児山次郎君を見掛けた。恐らく、こういう経緯があったんじゃない
かな」
「ていうことは……児山家の近くに、犯人の家が?」
「大葉君、慌てない。児山次郎君は当時、親戚の家を訪ねていたんだよ」
「あ、そうだった」
 アイドルとしてリアクションの癖が付いているのか、いわゆるテヘペロポーズを決め
る大葉。不謹慎だぞと注意した京本にも、めんごめんごと返す始末だ。
「とにかく、今の推理を、和井警部に話してみようと思う。どう処理するかは、向こう
次第ってことで」
 京本と大葉はすぐに賛意を示した。あとは刀根の意見をまだ聞いていないが……。
「クライムクラブの総意って訳でもないんだし、了承なしでかまわないだろう」
「だね。いちいち、全員で決を採ってたら、スピードが出ない」

 和井警部は坂巻の推理を、興味を持って聞いてくれた。代わりに、捜査の情報をちょ
っとだけ教えてくれさえした。といっても、最終的に見つかった遺体の状態と、児山次
郎が最初に見付けた時点での遺体の状態に、顕著な差がないという現状確認のような情
報だったが。
 夜の電話はそれだけで終わったが、翌日の夕方には、捜査は大きな進展を見せてい
た。
「西木俊也? 誰なんですそれ?」
「小学生の子――児山次郎君の言っていた“おにいさん”だよ。そして、今度の事件の
容疑者として逮捕されたって」
 古屋がもたらした最新ニュースに、クライムクラブの四人は、椅子から腰を浮かせ
た。レコーディングを前にして、トレーニングが一段落したところだったからよかった
ようなもの。話してもらうのがレコーディイング直前だったりしたら、仕事に悪い影響
が出ていたかもしれない。
「つまり、犯人? 何で?」
 唖然としていたメンバーの中で、いち早く立ち直った坂巻が聞き返す。
「よく分かんないんだけれど、現場の森へ通じる道を見通せる部屋を使っていること
と、小学生の子が遺体を目撃した当日、しばらく留守にしていたという事実が端緒にな
ったんだって。調べてみたら、亡くなった女性とは、東京へ遊びに行った際に知り合っ
て、深い仲になっていたらしいね」
「ははあ〜」
 何とも言えず、嘆息する坂巻。
 マネージャーの古屋は休憩があと五分だと告げてから、思い出したように付け加え
た。
「あ、あと、和井さんがあなた達にお礼を言っておいてくださいと言っていたわ。何の
こと? 何かしたの、あなた達?」
 不思議がる古屋。疑いをこちらに向けてこないよう、坂巻らは「何言ってんの、古屋
さん。最初の通報で協力したじゃん」と、最高の笑みを作って答えておいた。

             *           *

「何だよ、久しぶりに“掃除”ができると、腕が鳴っていたのに」
「そう言うなよ。一応、悪いことだという認識はあるんだから、せずに済んだのはめで
たい」
「だがな。皆の推理の輪に加わらずに、音楽――俺個人の作詞作曲も犠牲にして、準備
に取り掛かっていたんだぜ。それが無駄になったんだから、落胆もひとしおさ」
「悪かったよ。ちょっと急ぎすぎた。次は、方向性がはっきり、明確になってから、動
くことにしよう」
「次って、次も俺の番でいいんだな?」
「まあ、京本君の了解は取ってないけれど、刀根君でいいと思うよ。大葉君は元から、
直接手を下すのはあんまり好きじゃないみたいだし」
「約束したからな、リーダー」
 刀根が部屋を出て行くのを見送ると、ドアを背中で押してぴたりと閉めた坂巻。ドア
の冷たさから離れると、ユニット結成時のことを、不意に思い起こす。
(何の因果か、全員、人を殺した経験のあるグループなんて。その上、ユニット名がク
ライムクラブと来ちゃ、冗談にもならない)
 口元に笑みが勝手に浮かんだ。だが、すぐさま引き締める。
(他の三人も、俺と同じなのかな? 本来の自分とは別の名前を与えられ、別人として
生きている……。だとしたら、メンバーの誰か一人でも、前の経歴がばれた場合、ユニ
ットはどうなるんだろうか。補充するのか、解散か。補充するのなら、そいつもまた殺
人経験を有していなければばらない?)
 いつか来るかもしれない未来を脳裏に描くと、何故かまた笑みが浮かぶ坂巻優弥だっ
た。

――終




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