AWC アイドル探偵CC <前>  永山


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#484/598 ●長編
★タイトル (AZA     )  16/07/31  21:47  (366)
アイドル探偵CC <前>  永山
★内容
「――続いては、今週のピックアップ。ゲストアーティストはクライムクラブの皆さん
です。四人組のユニットとしてデビューしたのが約一年前。今でも人気上昇中。早速、
歌の方に行ってもらいましょう。『恋愛不在証明』『顔のないラバース』、二曲続けて
どうぞ」
 まだ場慣れしていないのが見て取れる女性司会者の紹介を受け、四人の男がスタジオ
袖から現れると、それぞれの定位置に陣取った。前方に二人、後方に二人。後方の二人
は、前と重ならないよう、一歩外にはみ出た感じだ。意図したのかどうか、向かって右
から左へと身長順になっている。
 全員、黒の礼服姿だが、堅苦しさはなく、少し崩して洒落たコートのように着こなし
ていた。
 四人はそれぞれ右や左や上を向いて、決めポーズを取っている。そこへイントロが流
れ始める。同時に、四人は向かって右から順に動き出す。フィギュアスケートよろし
く、その場でくるりと回って、ダンス力を見せつけた。
 スタジオ観覧の一般客、特に若い女性から歓声が飛ぶ。テレビ局側の合図で出される
おざなりなそれではなく、本当のファンらしい。歌い出そうかというタイミングぎりぎ
りまで、歓声が続いたのがその証拠。
“まだ分かってくれないのかい 飾るのはやめたのに”
 一番背の高い、刀根龍輝(とねりゅうき)が歌の口火を切った。鋭い目つきに筋肉質
で大きな身体の持ち主で、スポーツは大抵難なくこなすし、力仕事も得意というワイル
ドさが売り。そのイメージ通りの低めの声だ。
“見た目だけで決めないで ちゃんと感じてほしい”
 次に坂巻優弥(さかまきゆうや)が口を開く。背の高さでは三番目だが、ユニットの
年長者で、リーダー格。中肉中背、どこにでもいそうだがなかなかいない二枚目タイプ
を自称する。
“示せる証拠はないけれど 君への思い本物さ”
 三人目は京本啓吾(京本啓吾)。刀根に次ぐ高身長で、美形度で言えばユニット随一
との定評がある。男にしてはしなやかな動きの指を聴衆の方へ向け、甘い声で囁くよう
に唄う。
“なのにこんなにつれなくされて 僕はどうすりゃいいの?”
 最後は一番小さくて一番かわいらしいと評判の、大葉綸(おおばりん)。小さいが、
頭の天辺から抜けるような高音ボイスが出せる。京本の甘い声に対し、彼は甘えた声が
持ち味だ。
“あぁ 君の疑い晴らすためなら 何だってするよ 恋のアリバイ証明”
 四人の声が揃う。個性的な四つの声が、不思議と心地のよいハーモニーをなした。

 〜 〜 〜

 一年前、クライムクラブが結成された経緯はシンプルだ。一定レベル以上の二枚目イ
ケメンで歌唱力もそれなりにあるのに、なかなか売れない、ブレイクしない若手を集め
て作られた。所属する事務所も当初はばらばらで、ユニット結成に当たって一所に移籍
した。尤も、期待されていた訳ではなく、メンバー数も企画に乗ったのがたまたま四人
だったというだけ。寄せ集めてどうにかならなければ、はいおしまいという崖っぷちレ
ベルだった。人気の兆しが見えたのは、そこそこ人気のある推理漫画のアニメ化に際
し、デビュー曲がエンディングテーマ曲に採用されたこと。ほぼ同時期に、四人で街を
ぶらついていた折りに、逃げてきた強盗犯を捕り押さえ、警察から感謝状をもらった。
これで一気に知られるようになった。半年後にはアニメの主題歌も任されるようにな
り、テレビ等への露出が増えた。個性的な面々が揃っており、皆年齢の割にトークが達
者だった点が助けになって、知名度を上げ、ファン層を広げた。今期は、ゴールデンタ
イムのドラマの主題歌までやっている。
「ドラマ『帰り未知』では、歌だけでなく、皆さんがゲスト出演するという噂が出てい
ますが、そこのところどうなってるんでしょう?」
 歌い終わったクライムクラブの四人に、女性司会者が質問する。もちろん、番宣を兼
ねての予定通りの質問だ。
「実はこの間、もう撮って来ちゃいましたー」
 食い気味に、大葉が反応する。マイクを向けられたら、奪い取りそうな勢いだ。
「あ、本当に? それはどういうシーンで、どんな役柄なんでしょう」
「まだ秘密です。というか、放送を見てくださいと」
 坂巻が笑顔で答える。その隣では、刀根が仏頂面を作っている。司会者が今気付いた
という風に話を振った。
「刀根君、ドラマに出てみてどうでした? 感想を聞かせて欲しいな」
「俺は最初っから反対してた。歌手の俺らが何で出るのって。演技は下手だし、脚本を
変更させるのは失礼だろうと」
「こんなこと言いながら、こいつ、結構ノリノリでやってたんですよ」
 指差しながら、リーダーの坂巻が指摘する。刀根は顔をそちらに向けて、抗議口調に
なった。
「馬鹿言うな。あれはやるからには最善を尽くしたまで。ノリノリというのは、京本み
たいなのを言うんだろうが」
「役に入り込んだと言ってもらいたいね」
 京本は肯定的に受け入れた。演技に自信があるのか自信過剰なのかしれないが、キャ
ラクターに合っている。
「ええっと、クライムクラブの素晴らしい演技、楽しみなんですが、いつ観られるんで
しょう? 放送日は?」
「残念、それがまだ決まっていないらしくて、ここでお知らせできません。テロップで
出るかも」
 両手を使って画面下方を指し示す動作をする坂巻に、大葉が「今、生放送だよぉ」と
べたなつっこみを入れると、笑いが起きた。
「発表が待ち遠しいですね。それでは最後にもう一曲ありますから、準備をお願いしま
す。ドラマ『帰り未知』主題歌、『まだ見ぬ過去へ』を」

「まただよ」
 ファンレターを見ていた坂巻が、その一通を指先に挟んで、ぷらぷらと振ってみせ
た。
 プロダクション事務所に集まったクライムクラブの四人は、スケジュール確認などを
終えて、ファンレターのチェックをしていた。
「またとは、あれか。探偵依頼」
 刀根が反応するのへ、坂巻は黙って頷き、次いでマネージャーの古屋(ふるや)に向
き直った。
「例によって、放置でいいのかな」
「そうするしかないでしょう」
 古屋は細い眼の目尻を下げ、困り顔で応じた。顎に片手を当てる仕種は女性っぽい
が、れっきとした男性である。ひょろりとした身体付きに男にしては小さめの頭、肩幅
だけは広く、デフォルメして描くならば逆二等辺三角形になるだろう。
「いちいち付き合っていられない。もしも依頼を受けたとしても、解決できなければ評
判を落とすだけ。解決できる見込みがあったとしても、今のあなた達にはそんな時間的
余裕がない」
「いやまあ、時間の問題は、テレビ局が企画として採用してくれれば、解決できると思
ってるんですけど」
 探偵作業そのものをタレントとしての仕事にしてしまう、という発想。クライムクラ
ブというグループ名や推理アニメのイメージの付いている彼ら四人にとって、関連性の
ある番組は企画が通りやすいと言えよう。
「そんなこと言うってことは、ひょっとして解けそうな依頼なの? ファンレターには
先に目を通しているけれど、そんな話、あったかしら」
 坂巻の手にした封筒を指差すマネージャー。坂巻は曖昧に頷いた。
「解けるかどうか知らないけれど、緊急事態っぽいんだよなあ」
「どれどれ」
 大葉が覗き込もうとするのへ、坂巻は封筒ごと手渡した。受け取った大葉は、ディス
クジョッキーよろしく、喋り始めた。
「続いてのお便りは、S県T市から。えー、児山次郎君、十二歳になる小学六年生。え
っと……ええ?」
 本文に入る前に、絶句してしまった大葉。目を白黒させ、口は開けっ放し。内容に驚
いたのが、手に取るように分かった。
「おまえに任せていると、話が進まねえ」
 刀根が横合いから便箋を奪い取った。残った封筒を大葉はまだ見つめている。
「――マジかよ。スマホのゲームをしていたら、森に入り込んで、死体を見付けた、と
ある」
「死体って猫か何か?」
 京本が言った。分かっていてとぼけているのは、その目付きから明らかだ。
「いや、人間だとよ。きれいなドレスを着た女の人、らしい。二日前と書いてあるが、
具体的な日付はないな。時刻も夕方とあるだけ」
「ああ、それね」
 古屋マネージャーが、一つ手を打つ。
「どう考えても冗談でしょう。小学生の悪ガキ、基、男の子がちょっとしたいたずら心
で、書いてよこしたに決まってる」
「でも、妙に細かいな。地名を明記してるし、死体の状況も微に入り細に入りって感じ
だぜ。首に絞めた痕跡、飛び出た舌、スカートの汚れは失禁のことのようだ。正確を期
している」
「今時の子供は、それくらい知ってるんじゃない? テレビとか。知らなくても、ネッ
トで調べたらすぐに分かる」
「問題なのは、通報していないことだと思うよ」
 マネージャーの見解を無視して、坂巻が言った。
「不法侵入に当たるかもしれないから、警察に話せなかった。だから僕らにこうして手
紙を送ってきたんだよ」
「とりあえず、調べてみよう。手紙に書いてある場所で、遺体が発見されたというニ
ュースが報じられていないか」
 京本の提案に、大葉が席を立ち、部屋にあるパソコンの前に座った。しばし放心状態
だったが、復活したようだ。なお、クライムクラブの面々は、携帯端末は連絡用に旧い
型式の物を持たされているのみで、個人的に所持・使用することは事務所から禁じられ
ている。かつて、同じ事務所に所属していた若手芸人が、スマホの使用を端緒とする不
祥事を起こしたことがあるためだ。
「ないね。女性の遺体が見つかったなんてニュースは、この一ヶ月間出ていないよ。一
方で、行方不明になった女性の捜索願は、近隣地域を含めていくつか届けがあるみた
い。手紙には年齢の印象は書かれていなかったけど、“おばさん”と表現するくらいだ
から、中学生や高校生じゃないだろうし、七十歳以上ってこともなさそう。そういう風
に絞り込むなら、該当するのは一人になる」
「無論、捜索願が出されていない場合や、公開されていない場合は除く、だな」
 坂巻の言葉に、こくこくと首肯した大葉。パソコンを触って、何やら検索をしながら
口を開く。
「その一人が、上谷直美(かみたになおみ)さん、二十六歳。T市で建築会社の事務員
をやってる。写真は……見付からないなあ。もう少し頑張って探せば、ネットのどこか
に出てるかもだけど」
「写真があれば、この児山って子に見せて、確認ができる訳か」
 京本が言うと、刀根が即座に反応した。
「本質を見誤ってないか? 今優先して検討すべきは、遺体が誰かではないだろ。子供
の依頼が本物かどうか、遺体が本当にあるのかどうかを確認することだと思うが。そし
て遺体が見付かって初めて、速やかに通報する」
「そうだよな。緊急事態と感じたのに、つい」
 坂巻がすまなそうに頭に手をやった。最前、写真で確認云々という意見を述べたのは
彼ではなく京本なのに。話の流れを制御できなかったことを悔いているようだ。
「そういう訳で古屋さん。何とかならない?」
 努めて明るい調子で、坂巻がマネージャーを振り返った。
 少し前から腕組みをし、難しい顔をして聞いていた古屋だったが、腕組みを解いて何
度か頭を掻くと、ため息交じりに返事した。
「あなた達が直に出向くのは無理。だって、これからすぐにでしょ? うちの若いのを
行かせるか、無理なら、信用のおける記者さんに話してみる。手紙から、正確な場所は
分かりそう?」
「どうかなあ。難しいかも。児山って子は、モンスターを捕獲するゲームのために、親
に引っ付いて、親戚のおじさんの家に行ってるんだけど」
 小学生の児山は問題の森へ、自宅からではなく、親戚の家から一人で歩いて行ったよ
うだった。親戚宅は同じ市内であるのは分かるのだが、児山の家からどれくらい離れて
いるのかは分からない。車で行き来するほどだから近くではないだろう。ゲーム中も当
然一人で、遺体を見付けたのは彼だけ。勝手に一人で歩いて行ったことを怒られるかも
しれないからと、死体があったことを家族にも言っていない。
「元々、親戚の家の“おにいさん”と遊ぶつもりだったのに、不在だったからゲームば
かりしていたみたいだね。この“おにいさん”にも死体を見付けたなんて話は、してな
いんだろうなあ。でも、児山君には悪いけれど、家族や身近な人に打ち明けるのが一番
手っ取り早いよね」
 大葉が閃いた!という風に、両手を合わせた。
「これこれこういうことがファンレターに書いてあったんですが、事実かどうか確かめ
てもらえませんかって。電話番号が分からないから、直接行く必要があるのは変わらな
いけれど」
「その手段を執るのなら、児山君が叱られないように、予防線を張った方がいいだろう
な。俺達の誰か一人でも、直接出向くとか」
 刀根が外見に似合わず、心遣いを垣間見せる。マネージャーは悲鳴を上げた。
「だから〜、あなた達のスケジュールは詰まっていて、次の休みは三日後よ!」
「一人だけ抜けるくらい、何とかなるでしょ。今日はこのあと、振り付けのレッスンだ
ったよね。一人、熱が出たとか言って、休ませてよ」
 坂巻が手を合わせて拝むが、古屋は首を横に激しく振った。
「そんなっ。四人揃って合わせるところ、いっぱいあるのに」
「そうかあ。じゃあ……夕方になっちゃうけど、歌のレッスンで一人抜ける。今やって
るのって、ソロパートがいっぱいある曲だから何とかなるっしょ。これで決まり!」
 片手拝みになって、目配せする坂巻。他の三人も頭を下げた。
 古屋は苦い表情を隠そうとせず、返事まで相当間が空いた。
「しょうがないねー、ほんとにもう。これは貸しにしておくから、忘れないように」
「お、サンキュー、古屋さん。話が分かる」
「おだててもこれ以上何も出ないんだから。そんなことより、誰が抜けるのか、決めて
頂戴。振り付けはやってもらうんだから、体調が悪い演技をするのは、そのあとから
ね」
「じゃあ、じゃんけんで」
 腕まくりをするポーズの坂巻へ、古屋は慌てて付け足した。
「あっと、あなたはだめ。坂巻君が一番下手なんだから」

 結局、大葉が児山宅に向かうことになった。三人のじゃんけんで決めた訳でもなく、
一番歌がうまいからという訳でもない。小柄で目立たないとの理由で、話し合いで決め
た結果だ。
「まさかこんなことまでするとは、入社時点では思いも寄りませんでしたよ」
 同行者の一人で、お目付役兼運転手の中垣内秋好(なかがうちあきよし)が、タレン
ト顔負けの爽やかな笑顔でこぼした。笑顔だから、喜んでやっているように見える。厚
めの胸板から想像できるように、学生時代はラグビーをやっており、武道も習ってい
る。
「私もです」
 助手席の江差今日子(えさしきょうこ)が呼応した。彼女の表情は硬く、先程からナ
ビと地図と実際の風景とを見比べては、時間を気にしている。女性がいる方が当たりが
ソフトになるだろうとの思惑で、“追加派遣”された江差だが、まだこの業界に入って
日が浅い。シャープな眼鏡の位置を直す仕種が、“できる女”に見られがちで、ギャッ
プに苦戦している。そんな彼女にとって、このあとの業務はまだ楽だろう。
「いきなり行って大丈夫なんでしょうか。それに、留守かもしれない」
「連絡の入れようがないのだから、仕方ないじゃん」
 大葉が気楽な調子で言った。中垣内も「そうそう。電話番号が分かってないからこ
そ、こうして来てるんだし」と同調する。
 しばらく直進し、二度ほど曲がったところで、児山家と思しき家が見付かった。
「駐車スペースがないな。自分は待ってるから、大葉君と江差さんで行ってくれるか
な?」
「了解〜」
 青い屋根の二階建て和風建築の前に立ち、門扉に掛かった表札で名字を確かめてか
ら、カメラ付きインターフォンのボタンを押す。すぐに応答があり、声から奥さんらし
いと推測できた。
 自己紹介し、児山次郎君からファンレターをもらったこと、その内容に気になること
があって訪問させてもらった旨を告げた。
 すぐには信じてくれなかったが、カメラを通して、大葉が伊達眼鏡と帽子を取って、
顔をよく見せると、入れてもらえた。
「芸能人の方が、こんな風に来るなんてこと、あるんですか?」
 挨拶もそこそこに、そんな質問をぶつけてくる奥さん。「普通はありません」と笑顔
で答える大葉。ふと廊下の突き当たりに目をやると、部屋から子供が顔を覗かせてい
る。男の子だ。外見から受ける印象は小学生高学年。多分、差出人だろう。
「あ、児山次郎君?」
 大葉が声を掛けると、その男児は一瞬、部屋に引っ込みかけたが、思いとどまったよ
うに出て来た。大葉と江差が笑みをなして近寄ると、はにかみと戸惑いを一緒くたにし
たような、上目遣いで見上げてきた。
「やあ、君が児山次郎君だね? 僕のこと、分かるかなー?」
 大葉が高いトーンで切り出した。小学六年生の男の子に接するには、いささかハード
ルを下げすぎた感のある台詞選択だったが、次郎は素直に「分かる」と返事してきた。
「ほんと? 名前言ってみてよ」
「大葉綸……さん、でしょ」
 ファンの割に、口ぶりは落ち着いている。もじもじした態度は、人見知りから来てい
るようだ。
「そう、当たり。今日はね、ファンレターのお礼を言いに来たんだ」
 大葉が子供へ話し掛けている間に、江差が母親に詳しい事情を伝える。そして何かあ
ってもお子さんを叱らないであげてほしいとも。
「そういえば……旦那様はいらっしゃらないんですか」
 大葉は子供から母親へと振り返り、明るい調子で聞いた。
「はい。今はまだ仕事中で」
「あー、そうでしたか。そんなときにお邪魔して、本当にすみません。なるべく手短に
終わらせますから」
「それはいいんですが……これ、テレビか何かのドッキリじゃないんですよね?」
 もしテレビに映るのなら、お化粧をやり直さなくては。そんな思いが見え隠れする質
問に、大葉と江差は相次いで否定した。
 そのまま応接間に通してもらい、母子と対面する形で、テーブルに着く。それからフ
ァンレターと封筒を取り出して、いきさつをきちんと話した。
「――それで、この手紙を書いて、出したのは次郎君で間違いない?」
「うん。ポストに入れたのはお母さんだけど」
 “出した”という表現を厳密に捉えたのだろう。次郎は真面目に説明した。
「私も覚えています。これを投函したのは私です」
「中身は、そのときは知らなかったんですね」
「ええ。こんなことを書いてたと知っていたら、先に警察に報せています」
「そこなんですけど、この手紙に書かれたご親戚宅の近くで、遺体が発見されたなんて
いうニュースは、出ているんですか?」
「いいえ、全然覚えがないです。親戚というのは私の兄の家で、西木(にしき)と言い
ます。実家ではありませんから、気にしていないというのはあるかもしれませんけれ
ど、でも、多分、そんなニュースはなかったと思いますよ」
 考え考え、答える母親。江差の前もってのお願いが効いたのか、子供を叱るような様
子は今のところ全くない。
「それじゃ、すぐにでも確かめましょう。今からこの場所へ行ってもいいし、可能な
ら、電話して西木家の人に何とかしてもらうっていう方法も。――ああ、でももう夜だ
ね。暗いから難しいかも」
「え、ええ。どうしましょう……」
 母親の反応には、面倒ごとは嫌だなという感情が見て取れた。大葉は両手を顔の前で
広げ、提案した。主に次郎の顔を見ながら言う。
「じゃあさ、地図を書いてくれる? それを見て、僕らが直接行ってみるよ」
「地図?」
「うん。その親戚のおじさんの家と、女の人が亡くなっていたという場所の位置関係が
分かるような地図だね。おじさんの家までは、簡単に分かるだろうから」
「いいよ。地図があれば、僕が行かなくても、大葉さん達だけで大丈夫だと思う」
 なかなか頼もしい。大葉は微笑を浮かべた。
 一方、江差はふと気付いた風に、母親へ尋ねた。
「失礼ですが、あなたのお兄さんは、何のお仕事をされているのでしょう? この時
間、ご在宅でしょうか」
「兄は、**食品のリサーチ部に務めていると聞いています。時と場合によっては、、
遅くなることもあるようですから、不在かもしれません。でも奥さんの美紀子(みき
こ)さんはいると思います」
「よかった。あ、そういえば、次郎君が書いていた“おにいさん”というのは?」
「兄の子、長男です。確か、大学二年生だったと思います」
「大学生だと、家にいるかどうか、想像しにくいですね。西木家への連絡、奥様の方か
ら、お願いできますでしょうか?」
「かまいませんけど、実際に見付かってからでいいんじゃありません? 私が言うのも
あれですけれど、子供って――」
 と、次郎に目をやる母親。嘘をつくことがあると言いたいのだろう。我が子が嘘をつ
いたと疑いたくはないが、はっきりするまでは騒ぎを起こしたくない。その本音は、江
差にもよく理解できた。
「では、私どもが確認に行き、その結果をなるべく早くお伝えします」
 方針はまとまった。あとは地図の完成を待つばかりだ。

 結果から記すと、児山次郎の示した遺体発見場所に、遺体はなかった。
 これをもって、子供の嘘・いたずらだったと済ませるのは簡単だが、そう決め付ける
には疑問があった。
 暗がりの中、懐中電灯と月明かりのみでよくぞ見付けたものだと、中河内は我がこと
ながら感心した。それは、蟻の群れだった。
「何にもないのに、蟻がたかっているのはおかしい」
 中河内が指差したのは地面、もっと言うなら、草が生い茂って土を覆い隠しているよ
うな場所だった。
「草から甘い液体でも出てるのかな?」
 大葉が直感で述べたが、その辺の草はどう見ても雑草だった。蟻を惹き付ける何かを
出すようには、ちょっと見えない。
「想像を逞しくするのなら」
 中河内は、その逞しい胸の前で腕を組み、斜め上を見ながら言った。
「糖尿病の人の尿には蟻がたかるという俗説がある。絶対確実にたかるものでは無いら
しいんだけれど、たかる例も報告されていたと思う。だから、ひょっとしたら、ここに
糖尿病の人が」
「嫌だ、中河内さん。糖尿病の人がその、立ち小便をしたと言うんですか?」
 江差が先回りしたつもりで言った。「立ち小便」という言葉を口にしても、割と平気
のようだ。
「違う違う」
 慌てたように首を横に振る中河内。横手で聞いていた大葉は、ぴんと来たとばかり
に、右手人差し指を立てた。
「あ、絞殺遺体の失禁跡!」
「はい、その通りで。想像でしかありませんが、殺された女性が糖尿病持ちで、ここで
絞殺されたのだとしたら、その辺の土や草に尿が付着したかもしれない」
「もう五日ぐらい経ってるんですよ? 残ってるものでしょうか」
「専門家じゃないから分からんなあ」
 あっさりと白旗を揚げる中河内。それを受け、大葉が考えを述べた。
「児山次郎君の言う通り、遺体がここにあったとしたら、今ないのは何故? 誰かが移
動させたってことになるよね。移動させる作業の最中、尿が地面に落ちたんじゃないか
な。うまい具合に、太ももの間に溜まっていた分とかが」
「可能性はある、としか言えませんね。我々だけで議論していても、進まないでしょ
う」
「警察、呼ぶ?」
「その前に……被害者候補を見付けていたんでしたね、大葉君?」
「うん、そうだよ。――あっ、糖尿病で通院歴がないか、調べればいいんだ。でも、そ
んなデータまで公開されてたかな。ハッキングはごめんだよぉ」
「そんな危ない橋を渡るのは、うちとしてもごめんです。結局、警察に問い合わせるほ
かないか」
 それでも一応、大葉は江差から携帯端末を借り、調べてみた。候補に残っていた上谷
直美について、通院歴が公開されていたかどうか。
「糖尿病は場合によっちゃインスリン療法が必要だから、行方不明となったら、必要な
物として列挙するかも。誘拐された可能性を考えてさ」
「確かに。二十六歳で糖尿病だとしたら、1型の可能性が高そうだし」
「――あ、あった。出てた」
 意外と簡単に見付かった。大葉が最初に調べて当たったのと同じデータに、ちゃんと
掲載されていた。注意力不足だった。
 画面を覗き込んだ中垣内は、「これは、インスリン療法必須のようだ」と呟く。
「一気に可能性が高まりましたけど、どうしましょう?」
 江差が芸能人と先輩を交互に見ながら言った。中河内は考えながらの返事なのか、口
ぶりがややゆっくりになった。
「まだ確定とは言えませんが……警察に通報するべきかと」
「それには賛成。ただ、この辺りでもコネが利くかな?」
 クライムクラブはその活動において、警察署の一日署長を務めたことが何度かある。
加えて、かつての強盗犯逮捕に協力した実績のおかげもあって、警察にはそこそこ顔が
利く。ただ、それは東京や横浜方面であって、S県ではどうなのか、自分達でも分から
ない。顔見知りの警察関係者がいないことだけは確かだ。
「和井(わい)警部に連絡して、間を取り持ってもらうのはどう?」
 大葉は一番親しい警部の名を挙げ、提案した。だが、中河内は首を傾げた。
「各都道府県の警察は縄張り意識が強く、外からの鑑賞を嫌うと聞くからなあ。刺激す
るのはやめておいた方が、現段階ではよいでしょう」
「じゃあ……正攻法、正面突破だね。いきさつをちゃんと話して、来てもらおう」
 大葉が決めると、中河内は江差に目配せした。彼女が警察に電話することになった。

――続く




 続き #485 アイドル探偵CC <後>  永山
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