AWC 目の中に居ても痛くない!2−2   永山


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#479/512 ●長編    *** コメント #478 ***
★タイトル (AZA     )  16/01/31  01:32  (439)
目の中に居ても痛くない!2−2   永山
★内容                                         16/11/24 09:48 修正 第3版
 たいていの事件は突然起きるものだ。
 頭ではそう理解していても、いざ現実に近所で起きると、戸惑い、混乱してしまう。
 ましてや、それが推理小説にあるような事件だったら、尚更だろう。
「密室殺人とダイイングメッセージ?」
 事件は僕の家の二軒隣で起きた。間にあるのが蘇我家、つまり美月の家だ。そして、
事件発生のニュースを僕にもたらしてくれたのは、美月である。
「うん。そうみたい」
「そうみたいって……」
 ここは学校。休み時間中の教室だ。まだ午後の一コマ目が終わったばかりで、当然、
クラスメートが大勢いる。僕は声を潜めた。
「まず、何でそんなことを知ってる? 僕の家からは、パトカーの音が聞こえたり、捜
査員がどやどやと入っていく気配が感じられたりはしなかったんですが」
「昼休みに、お母さんからメールがあった」
 ご多分に漏れず、我が校でも携帯端末の仕様は校内では原則禁止であるが、授業中や
行事中でなければお咎めなしが暗黙の了解となっていた。
「朝の十時前に騒がしくなって、事件が起きたと分かったって。逃走経路を調べるため
なのかな、足跡などの形跡がないか、うちの庭をざっと見られたとぶーぶー言ってた」
「美月の家の隣って、確か……辺見さんだっけ。亡くなったのも辺見さん?」
「そう。離婚して、旦那さんというか元旦那さんの一人暮らしだった。でも、幸いなこ
とに、亡くなってから間もないみたい」
「発見が早かろうが遅かろうが、あんまり想像したくない」
 おまけに夏だし。
「見付けたのは娘さん。二十歳の学生で、離婚時には母親に引き取られたんだけど、大
学入学を機に、割と頻繁に父親宅を訪ねてた」
 この辺の話は警察情報というよりも、ご近所さんとして把握していたようだ。現に、
僕もその人を見掛けたことがある。以前は大人しい雰囲気だったのが、大学に入ってか
らは、化粧をして結構派手に着飾っていたっけ。
「母さんの話だと、今朝の九時三十五分頃に、その娘さんが訪ねてきたんだって。『辺
見の娘ですが、父はどこかへ出掛けると言っていませんでしたか』というようなことを
聞かれたが、何も知らなかったので正直に答えたと。それから逆に訳を問うと、『朝九
時十五分頃に会う約束を取り付けていたのに、チャイムを鳴らしても返事がなく、玄関
には鍵が掛かっている。他の出入り口も同じみたい。電話にも出ない。中で倒れている
んじゃないか、心配だ』という風な話だったって」
 そこそこシリアスな話題のはずなのに、美月が喋ると、軽く聞こえるの何故だろう。
僕はとりあえず、脳裏に浮かんだ次の展開を口にしてみた。
「まさか、庭に回って、ガラスを割るのを手伝ったとか?」
「手伝いはしてないけど、立ち会ったみたい。玄関や勝手口、窓が施錠されてることを
一緒に確かめたとか。要は、娘と言っても一応、家人ではないから、何かあったときは
緊急事態であることをあとで証言してもらいたいから、立ち会いを頼まれたってさ」
「じゃ、君のお母さんもほぼ第一発見者か」
「上がり込んだ訳じゃないし、遺体が見つかったあとは、面倒に巻き込まれないよう、
庭の外、道端から塀越しに見守っていたことにしたって」
 それはいいのだろうか。
「そのあとは当然、警察に通報して――」
 チャイムが鳴った。おしゃべりはここまで。
 僕は椅子に座り直し、教材の用意を急いだ。が、そのときはっと気になることが浮か
んだ。
 リボラボは事件発生に気付いているのだろうか。

 今日も城ノ内さんの誘いを振り切って、急いで下校した。昨日と違うのは美月が一緒
だということ。美月もまた、家にいる母親が気になっていた。途中で分かれて、それぞ
れの家に入る。幸いと言っていいのか、殺人現場周辺にマスコミはあまりいなかった。
最初の波は去ったといったところか。
 玄関ドアをぴたりと閉じ、鍵をしっかり掛けた上に、ドアチェーンまでしてから、僕
はリボラボに「おーい、いる?」と呼び掛けた。小さな生物に入り込んでいるタイミン
グだと、注意しなくちゃならない。
「いる」
 書斎から廊下に現れたリボラボは、目元に隈を作っていた。寝不足と言うより、憔悴
している感じだ。
「誰か訪ねてこなかった?」
「警察が来た。事件が起きたからな。前もって言われていた通り、居留守を使ったが、
本当によかったのか」
「殺人が起きたことは聞いた。出ても、応対に困るだろうから、しょうがないよ」
「はからずも昨晩言ったように、私はこういった犯罪を前にすると、血が騒ぐところが
あるようだ。どうも落ち着かない」
 エナライトの解析や帰る方法の検討は、捗らなかったらしい。
「だから、先に片付けてやれと思った」
「ん? どういう意味?」
「解決してやろうと考えたんだ。それには情報が不可欠」
「ちょ、ちょっと待って。解決する? 殺人事件を? 依頼された訳でもないのに?」
「ああ。気になって集中できない。実際、解決を見るまで、この一帯はざわざわするだ
ろうに違いない」
「仮に真相が分かったとして、そのあとどうするのさ。警察に話す?」
「そのつもりだが、私が表に立つとまずいようであれば、真霜、君にお願いすることに
なる」
「ええ? 無理無理。一介の高校生が警察に具申するなんて」
「機会はあるはずだよ。多分、このあと刑事が改めて話を聞きにやって来るだろう。そ
の際に、刑事と親しくなるんだ。折を見て、推理を語ってやるとよい」
「簡単に言うなあ」
「推理を話すのが大変だというのなら、力になろう。今の私は、他の人間には入れない
が、唯一、君の中には入れる。入れば、話すべき推理を随時、囁くように教えることが
できるんだ」
 リボラボが腹話術師で、こっちは腹話術の人形か。そういう芸当が可能なら、いっそ
のこと、刑事とのやり取り全部をリボラボに任せたいくらい。
「と、とにかく、警察に推理を話すも何も、全ては真相を突き止めなければ無理だよ。
どうやって突き止める?」
「実は、すでに行動を起こしている。刑事らの聞き込みに同行してみたんだ」
「同行って」
 一瞬、リボラボがこの家を出て、刑事につきまとったのかと想像したが、すぐに打ち
消した。
「そうか。小さな生物に入り込んで、こっそりついて回ったんだ?」
「その通り。行動を操れる生物は極わずかに限られるのだが、何の生物かは聞かないで
ほしい。何種類か移り変わったし、あまり思い出したくない」
 それはぜひ聞きたい、なんて意地悪なことを思い付いたが、今はやめておく。
「聞き込みの内容を知るだけで、解けるとは思えないな」
「捜査会議も覗いてみるつもりだ。いつ開かれるのが分からないから、本当なら、一人
の刑事にずっとくっついていたかったんだけれど、真霜を出迎えようと思ったので、切
り上げた」
 そんなところに気を回すとは。しょうがない。
「協力するよ」
 僕がそう言い、リボラボが安堵したような笑みを浮かべたところで、家のチャイムが
鳴った。刑事の訪問だった。

 うちが高校生の一人暮らしだという情報を得ていたのか、現れた刑事はソフトな印象
の優しげな二人組だった。やや年上の方が生真面目そうな男、もう片方は小柄だががっ
しりした体付きの女性という組み合わせ。
「お食事前にすみません。真霜光さんですね?」
 つり目かつ細目の女性が聞き役らしい。男性の方は名乗ったあと、一歩下がって、玄
関や廊下を遠慮無く見回している。
「はい」
「昼間、伺ったときはお留守だったものですから、こうして再訪させてもらったんです
が、事件が起きたことは知ってますか」
「ええ、お隣から」
「お隣というのは、蘇我さんですね。そうでしたか。亡くなった辺見さんとは、どのく
らいのご近所付き合いをされていました?」
「外ですれ違ったら会釈するくらいです。せいぜい、自治会の行事で会えば、短く会話
する程度でしょうか」
「家を行き来するようなことは」
「ありません。あ、蘇我さんが長期の旅行に出ているときに、回覧板を、一軒飛ばして
辺見さんの家に持って行ったことならありましたが、そのときも郵便受けに入れただけ
で」
「失礼ですが、ご両親はどちらに」
 僕は二人とも海外で仕事に従事していること、正確な居場所は分からないことを伝え
た。すると女性刑事は、「ふうん、大変そう」と形ばかりの同情を見せた。
「ご両親のどちらかが、辺見さんと親しかったなんてことは、なかったでしょうか」
「記憶してる範囲では、ありません」
「今日の午前一時頃から今朝九時頃にかけて、どちらにいました?」
 おっと、いきなりだ。その唐突さに戸惑いが僕の顔を覆ったのだろう、刑事はすぐに
付け足してきた。
「これはアリバイ調べじゃありません。事件が起きたと思われる時間帯に、何か怪しい
人物を目撃したり、物音を聞いたりしていないか、証言を集めるのが目的よ。緊張した
り警戒したりする必要は全然ないから」
 にっこりと精一杯の笑み(だと思う)を作る女性刑事。高校生相手に、ここまでしな
くてもと感じなくもない。
「午前一時には、この家でもう寝ていました。六時二十分くらいに目が覚めるまで、一
度も起きなかったな、確か。それで、学校に向かったのが八時ですけど、特にこれと言
って怪しい人を見掛けたり、妙な音を聞いたりはしなかったと思います」
 この返答に、刑事二人はがっかりする様子もなく、淡々と受け流したように見えた。
と、ここで初めて、男の方が質問を口にする。
「念のために聞くが、今の話を保証してくれる人はいないかな。電話で誰か知り合いと
話したというだけでもいいんだ」
 僕が一人暮らしだからと知っているせいか、期待しない口ぶり。
 リボラボの名を出してもよかったけど、万が一にも、警察が彼女の身元を調べたら、
きっとややこしい事態になる。ここは一人だったことにする。ひょっとしたら、美月が
刑事に、「真霜さんところにはリボラボという外国人が来ている」なんて話をしている
可能性もゼロではない。そのときは、もう帰ったと言おう。
 僕が一人だったと答えると、刑事達はこれまた落胆する気配なしに、互いに頷き合っ
た。
「最後に逸見さんを見たのは、いつだったか覚えているかい?」
「さあ……十日ほど前? 庭木の手入れをしていた記憶が。ああ、でも、姿は見てませ
ん。塀の上に、高枝切り鋏の先が見えただけでした」
「なるほどね。今まで聞いたこと以外に、おかしいなとか変だなっていう出来事はなか
った? ここ数日から一週間ぐらいで」
 男性刑事から女性刑事へ、質問役のバトンをが再び渡った。
「えっと、関係ないと思うんですが、いつもと違ったていう出来事なら。二日前の登校
中に、出会い頭に車とぶつかりそうになって。そのときの運転手達が」
「ああ、その件なら聞いているわ。大丈夫、あれは今度の事件とは無関係よ」
 知っていて当然か。言わなくてもかまわなかっただろうけれど、こっちはこれから情
報を引き出すつもりでいる。警察に全面協力しますよというよい印象を与えなくては。
「そうなんですか。でも、立て続けに近所で事件が起きて、凄く不安に感じてます。今
日の事件は、もう目処が立っているんでしょうか」
「――さすがにそこまではね」
 ほんの一瞬、ためらいが見えたが、女性刑事は気安い調子で答えてくれた。思い切っ
て、もう少し踏み込んでみよう。
「あの、蘇我さんから聞いたのですが、現場が密室だったとか、文字が書き残されてい
たとかって」
「あら。あの人がそんなことまで喋ったの」
 困り顔を作る女性刑事。後ろに立つ男の刑事は、これぞ苦虫を噛み潰した顔の見本!
と言えそうな、渋い表情をなしていた。
「そのことはもう誰にも喋らないでね」
「あ、はい。けれども、密室殺人だなんて、滅多にないから、なかなか犯人捕まえるの
が大変じゃないかって、自分なんかは思ってしまって……正直言って、怖いです」
「密室と言っても、大した問題じゃないんだ」
 辛抱しきれんとばかり、男の刑事が前に出た。
「たいていは、合鍵が作られていた、で決着する。今度の事件だって、スペアを持って
いた人物の存在が確認されつつある。いつまでに逮捕するとは断言できないにしても、
捜査は着々と進んでいるし、あなたが犯行を目撃したとかいうのでなければ、犯人から
狙われることもないでしょう。安心していいですよ」
「強盗とかじゃないんですね?」
「あ? ああ、そうだが。いやいや、まだ決め付けるには早いんだが、逸見さん宅は荒
らされていなかったから、強盗や泥棒の居直りとは考えにくい」
 意外と男の刑事の方が口が軽そうだ。喋るまいと意識すればするほど、つい口が滑っ
てしまうタイプか。
「居直りと言われるからには、逸見さんはずっと家にいたと分かってるんですね」
「そうだよ」
 男の刑事はこう答えたところで、女性刑事から脇に肘鉄を食らった。女性刑事はそれ
から僕へ笑顔を向けた。
「興味津々ね。考えてみれば、車の一件ではあなたが鋭い推理をしてくれたおかげで、
ことが公になったみたいなもののようだし」
 あれはリボラボの手柄だけれども、当然、言わないでおく。
「その分だと、もうダイイングメッセージについても聞いてるのかな?」
「いえ、そこまでは」
「どうせ聞くんでしょうから、私から言ってあげる」
「え?」
「その代わり、これ以上この噂が広まるようだったら、公務執行妨害の適応を考えなく
ちゃならなくなるかも。喋らないと約束できるかしら。もちろん、ネットに書き込むの
もだめ」
「……約束します」
 何だかどきどきする。罠を張られている気がしないでもない。けど、情報を得られる
チャンスを逃す手はない。
 女性刑事は、男性刑事の「いいんですか」という言葉を無視して、「三秒だけ見せる
から、頑張って覚えてみなさい」と、自身の懐に手をやった。
 こちらは心の準備をする間もなく、彼女の手の動きを追う。取り出されたのは一枚の
写真で、ダイイングメッセージを真上から撮った物らしかった。
 それは血文字だった。グレイのカーペットを染めるどす黒い赤に、心身ともに腰が引
けてしまう。それでも目に焼き付けようと努力した。
「――サービス終了」
 恐らく三秒きっかりに、写真は仕舞い込まれた。僕は唇を噛み、見たことを脳に刻み
つけた。と、そんな僕を、女性刑事が面白そうに見ていると気付いた。
「あ、ありがとうございます。出過ぎた真似をして、ごめんなさい。決して警察の人達
を信頼してないんじゃなくて、僅かでも力になりたいって思うから、その……」
「分かったわ。こちらとしては、これ以上情報が漏れなければ御の字。今から蘇我さん
のところに行って、他言無用を徹底してもらわないといけない。――では、失礼をしま
す。ご協力に感謝します。戸締まりを忘れずに」
 女性刑事はそう言うと、さっと踵を返した。男性刑事の横をすり抜けるようにしてド
アを押し開け、出て行く。相棒は、僕に一礼するや、慌てて着いて行った。
 僕は深くため息をついていた。玄関ドアをロックすると、キッチンに入る。食事の準
備をしなくちゃ。
 だが、突然の声に遮られる。
「面白い捜査官でよかった」
 僕の目からすっと出て来たリボラボが、ステンレスの台に腰掛け、満足げに言った。
「そこ、座るとこじゃないんだけど」

「血文字の写真は、私がしっかりと記録したから、心配しなくていい」
 ハンバーグをメインディッシュにした食事を摂りつつ、リボラボは得意げに言った。
 必死に覚えようとした努力は何だったのかとがっくり来る。だが、彼女の用いた表現
にふと引っ掛かりを覚えた。
「記憶じゃなくて、記録?」
「そうとも。保安師の力の一つ。元々は、対象者の顔や姿をしっかり脳裏に刻み、掴ん
でおくためのものなのだけれど」
 リボラボは皿に残るソースを一本の箸先に付けると、さらさらと手を動かした。空い
ているスペースに、あっという間に絵が描かれる。模式的だが、さっきの血文字を表現
しているのは分かった。
「この通り、いつでも細かく再現可能だ。ところで、これは何と読める? 私がぱっと
見て飲み込めないということは、普通の日本語ではないことになるはずだが」
「強いて言えば……AZXかな。縦書きにしたアルファベット」
 私は見たままの印象で答えた。実際には、Aは頂点が完全には引っ付いていないよう
だし、Zは全体にグニャグニャしていて捉えにくい。Xは比較的ましで、少なくとも×
印なのは誰が見ても一致するところだろう。
「ああ、アルファベットか。AZXでいったいどんな意味になるのだろう」
 思い当たる物がないので、すぐさま検索機能で調べてみた。だが、関係のなさそうな
企業名ぐらいしかヒットしない。もちろん、辺見さんとのつながりの有無なんて、僕ら
には分からないけれども。
 ついでに、この事件がどこまでニュースになっているかも調べてみた。
 場所と発見日時と発見した人物、それに被害者の簡単なプロフィールが、ざっと出て
いる。僕らにとって目新しい項目は、死因が刺殺で、凶器は現場にあった千枚通しだと
いう二点。千枚通しが辺見さん宅にあった物か、持ち込まれた物かの言及はない。
「いつ亡くなったのかも、まだみたいだなあ。これが分かれば、取っ掛かりができて絞
り込めるのに」
「犯人候補がいない内に言っても、詮無きことだ」
 リボラボは食べ終えて合掌すると、食器を流しへ運び始めた。随分早い。というか、
急いでいるようだ。
「どうしたの?」
「これから警察に行く」
「えっ、今から?」
「捜査会議が開かれる頃合いじゃないかと思う。たとえそれに間に合わなくても、集ま
った情報をまとめて得られる好機。ああ、捜査本部が置かれる署は分かっているから、
一人で大丈夫だ。真霜は自分のことに専念されよ」
 濡れた手を拭くと、出掛ける準備を整えるリボラボ。といっても、服装はそのまま。
ハンドサイズの魔法のランプみたいな物を取り出し、何やら確認しただけで、また仕舞
い込んだ。
「気を付けなよ、リボラボの見た目は目立つんだから」
「心得ている。制御できる小動物に入って行く」
 人間が野生の馬に乗るみたいなものか。いやいや、それはそれで凄いことだ。
「何に乗るの? じゃなくて入るの」
「暗くなりつつあるからな、コウモリだ。念のために確認するが、こちらの世界でもコ
ウモリは、夜行性なのであろう?」
「多分」
「よかった。では行ってくる」
 コウモリで警察署に侵入できるんだろうか。見付かったら、駆除されるのでは。そん
な心配が頭の中にわき上がった。
「待って。着いて行くよ。君は目立つから、僕の中に入っていればいい」
「その必要は」
「あるんじゃないの? ほら、向こうでもしコウモリから一旦出たとしたら、帰りのコ
ウモリを見付けられるかどうか、心許ないんじゃないかと」
「かもしれぬが、どうとでもなる」
「何事もなく帰って来られる可能性が一番高いのは、僕が同行することだよね」
「それはそうだが。真霜は、警察署までどうやって行く。距離が結構あるんだ」
 不思議がるリボラボを目の当たりにして、僕は少々自慢げに答えた。
「知らないかな。この世にはタクシーって物がある」

 警察署の正面入口から、ひらひらと飛んで出て来た蛾は、僕の眼前まで吸い寄せられ
るように接近し、ついで、リボラボが姿を現した。
「会議の始まりには間に合わなかったが、なかなかよい情報を得られたと思う。凶器の
千枚通しは、被害者自身の物だと分かったし、家屋内から検出された指紋は、被害者自
身の他、別れた妻や娘のものしかなかった。現場はエアコンによる暖房が行われていた
らしく、死亡推定時刻はまだ判明していないようだった。最大の収穫は、密室の状況を
掴めたことだ」
 彼女が言うには、まず、家全体が密室状態だったが、これ自体は問題ではない。家主
である被害者が持っているはずの鍵が消えていたからだ。問題なのは、遺体のあった書
斎の鍵が、内側から掛けられていたこと。
「玄関や勝手口は正規の鍵が使われ、書斎はトリックが用いられた。犯人がそうしなけ
ればならなかった、何らかの差があるはず。玄関と勝手口の鍵はシリンダー錠、これに
対し、書斎のドアの鍵は、内側からしか掛けられない、ノブのつまみを横に倒すタイプ
だった。それから、辺見家の間取りを見たが、書斎は庭に面した大きなガラス窓が特徴
と言える。玄関や勝手口は、はめ殺しの小さな窓があるものの、ほぼ壁に囲われてい
る。この差異が、書斎の密室作りに関連しているはず。そこで思い付いたのが、磁力の
利用だ」
 リボラボは、早々と解決策を思い付いているようだ。
「まだ確認していないが、見取り図とその注釈が正確なら、玄関や勝手口のドアは分厚
く、磁力を通しそうにないが、書斎の窓ガラスは外から内部へ磁力が伝わる。そして注
目すべきは、書斎のドアと窓の位置関係。ドアのある壁と大きなガラス窓は直角をなし
ている。庭に立つと、右手にドアが見える。適切な長さの細くて丈夫な糸を用意し、一
方の端をノブのつまみに結わえる。このとき重要なのは、糸の動きがノブに伝わり、連
動するように固定することだ。そして糸の他端には磁石でコントロールできるよう、鉄
などの適当な金属を結び付ける。そうした準備の上で、ノブから窓ガラスまで、糸をぴ
んと張り、ガラス越しに強力な磁石を宛がって固定する。磁石の高さは、ノブと同じ。
ほぼ真横と言っていいだろうが、ノブとつまみの形状やサイズによっては、若干の調節
が必要かもしれない。糸の緊張を保ったまま、磁石を上もしくは下方向にずらせば、つ
まみが回転し、施錠できる可能性がある。磁石は、ネオジムなら充分すぎるくらいだろ
うが、外れなくなるかもしれない。ここは電磁石の方がありそうだ」
 リボラボの解説をゆっくりと咀嚼し、イメージはできた。実際にできるかどうかは別
問題だけれど、一つの仮説として充分だろう。ただし、疑問もある。
「そのやり方だと、糸や金属が書斎内に残るんじゃあ……」
「もちろん残る。部屋に通風口の類があれば、外から回収できるかもしれないが、見取
り図にはなかった。だから、犯人は第一発見者として、誰よりも早く現場に踏み込まね
ばなるまい。入ってすぐに、糸と金属を懐に仕舞うんだ」
「え? ていうことは……」
「犯人は、被害者の娘だと思う」
「な、何で。動機がないんじゃないかなあ。両親が離婚して母方に引き取られたといっ
ても、こうして行き来はあったんだし、険悪な関係ではなかったはず」
「動機は関知しない。私は誰が犯人かを突き止めたいだけだ」
 平然と、当たり前のように言う。もしも容疑者が目の前にいても、変わらぬ調子で告
げるのだろうか、リボラボは。もしそうだとしたら、今後(そんなときが来るかどうか
分からないが)は気を付けるよう注意しないと。
「じゃあ、動機は棚上げする。ダイイングメッセージはどうなるのさ」
「分からない。そもそも、死者の伝言なんて、答合わせのしようがないからな。被害者
が書いたかどうかすら、確定しづらい。我々残された者達が、あれやこれやと推測して
も、結局は推測の域を出ないんだよ」
 ご尤もな見方だが、AZXと娘を結び付ける可能性を示さないといけないのでは。
 そういう意味のことを僕が求めると、リボラボは顎を少しさすって、そうだなと呟い
た。
「実を言うと、AZXを見たときから、あることが頭に浮かんでいた。どうせ証拠にな
らないから、後回しにして、君にも言わなかったのだが……AZXは娘を片仮名表記し
たのではないかな」
「えっと、ム・ス・メ?」
 僕は脳裏に三文字ずつ、並べて書いていた。ムがA、スがZ、メがX。形は似ている
と言える。娘に刺された逸見さんが、必死の思いで書き残したムスメ……。
 僕が唖然としているのにかまわず、リボラボは推理語りを続ける。
「誰が犯人にせよ、現場を密室状態にする理由がいる。よくあるのは、他殺を自殺に見
せ掛けるか、発見を遅らせるかだ。後者は、庭に面して大きなガラス窓を持つ書斎に、
無造作に遺体が置かれていたことから推して、まずない。前者なら、凶器が現場に残さ
れていたことから、可能性はある。ここで、自殺に見せ掛けた他殺を意図したものだと
仮定し、何が起きたか、そしてそれが犯人にどう映ったかを考えてみる。犯人は自殺に
見せ掛けるつもりだったのに、被害者がダイイングメッセージを書いてしまった。消し
てる余裕はないし、元通りに見えるようきれいに消すのは至難の業だろう。血文字の書
かれた絨毯を切り取って、持ち去るのも不自然だ」
「それなら犯人はどうしたのさ」
「犯人はあきらめた」
「は?」
「自殺に見せ掛けるのをあきらめた。だけど、折角用意した密室トリックを使わない手
はない。明白な他殺でも密室の謎が解けなければ、警察は犯人逮捕に動けないのではな
いか。そのような淡い期待から、密室殺人を決行したのではないかと思う」
「全てに納得できた訳じゃないけど、それなりに説得力のある推理だとは思う。でも、
これを警察に進言するとして、どうやって?」
 リボラボの推理を話す役は僕だとしても、警察しか知らない情報をいかにして得て推
理を組み立てられたんだ、となる。これはまずい。
「一度に喋って喉が渇いた。お茶をもらうよ」
 リボラボは久方ぶりに彼女自身のティーセットを出した。ティーセットにせよ魔法の
ランプにせよ、どこに仕舞ってあるのか分からない。
「お茶なら、帰ってから僕が入れる」
 さっきタクシーを呼んだのだが、まだ来ない。
「それよりも、推理を伝える方法だよ。警察へ手紙でも書く?」
「すでに手を打った。確実ではないが」
 リボラボが笑みを見せると同時に、タクシーと思しき灯火が近付いてきた。話の途中
だったが、リボラボには急いで僕の目に飛び込んでもらった。

 帰宅し、紅茶を入れて上げたところで、ようやく話の続きが聞ける。
「私の推理につながる文言を、メモ書きして、廊下に落としておいた。こう、ひらりと
ね」
 ウィンクするリボラボは、なかなかかわいく、幼く映った。
「推理につながる文言て、どんな」
「ヒントだ。磁石や糸、ガラス越しとか。念には念を入れ、書斎のドアノブと窓ガラス
を糸で結ぶ略図も書いておいた。拾われさえすれば、捜査本部の人の手に渡るんじゃな
いかな」
 担当捜査員の誰かがメモしたと思うに違いない、という狙いか。
「推理を採用するか否かは、彼ら任せだけれどね」
「それだけヒントを書けば、察しが付く。当たりか外れかぐらいの確認は、きっと取る
だろうね」
 悪くないアイディアだ。第一、僕が警察への代弁者にならなくて済むのがいい。
「私もひとまず、落ち着ける。この推理が外れていたら、また再び気になってしまうだ
ろうが、しばらくは帰る方法探しに専念できる」
「今の話を、美月に言ったらだめかな。早めに安心させてやりたいんだけど」
「それこそ、間違っていたら目も当てられない。待つのが賢明だろう。でも、もしも被
害者の娘が現れて、蘇我家の人物に接触を図るようなら、要注意だと思う。そうなった
場合は、臨機応変に対処する。これがよい」
 てきぱきと判断を下すと、紅茶を一口飲んだリボラボ。香りと味を楽しむように、目
を閉じていた。

 リボラボの推理が的中していたと知るのは、五日後のことだった。新聞やテレビのニ
ュースで、辺見さんの娘が重要参考人として捜査本部のある署に呼ばれ、その後に殺人
容疑で逮捕された、とやっていた。
 まだ犯人と決まった訳ではないが、ひとまず安心できる日常が戻って来た。
 安堵すると同時に、リボラボの能力に改めて感心もする。推理する手掛かりを得てか
らほとんど間を開けずに、真相に辿り着いたことになるのだから。
 僕が「凄いね」と称賛を送ると、彼女はしかし「たまたまさ」と首を横に振った。
「最初の閃きが運よく的中しただけで、実際の探偵捜査とは、こんなものではない。労
苦と不運の重なりだよ。今回幸運が廻って来たのは、多分、私が帰れなくて困り果てて
いるから、運命がちょっと気を利かせたに違いない」
「だとしたら、帰る方法を見付ける方で、幸運が働いて欲しいよね」
「それもそうだ」
 夕方のニュースをやっていたテレビを消すと、リボラボは僕に目を向けてきた。
「帰る方法の発見に直結するか否か分からないが、エナライトレンズについて、すぐに
でも試したいことがあるんだ。まず、君に尋ねたい。こちらの世界で、生物の命に関わ
る実験は禁忌とされているのかどうか」
「え、何?」
 一発では飲み込めず、話を繰り返してもらった。そうして、動物実験的なことを言っ
ているのだと理解した。
「まあ、いくらでも行われているはずだよ。反対する人もいるに違いないけど、タブー
って訳じゃない。試したいことって、生き物を殺す必要があるとか?」
「うむ……以前、レンズを使ってある生物に入ると、その特定の個体にしか出入りでき
なくなると言ったね?」
「うん。覚えてる」
「特定の個体にしか出入りできなくなる、という制限を解除できたとき、それはエナラ
イトの影響を受けなくなったと言えるんじゃないか。そう考える内に、一つの状況を思
い付いた」
 リボラボは言葉を句切り、僕を見つめてきた。僕は僕で話の成り行きをよく考え、あ
る結論を出した。
「ひょっとして……エナライトレンズを通して入った特定の個体が死亡すれば、レンズ
の影響が消え、他の個体全てに自由に入れるようになるかもしれないと」
「うむ。これまでに、猫にエナライトレンズで入ったが、この世界では猫は愛玩動物と
されるケースが多いようだから、踏ん切りがつかなくてな。何か他に、忌み嫌われてい
る生物、日常的に殺傷されている生物がいるなら、そちらで試したい。無論、目が明確
に存在する生物でなければ行けないが」
「……」
 適当な生物なら、すぐに思い浮かんだ。蚊やゴキブリ、蚤にドブネズミ辺りが該当す
るだろう。
 それよりも、僕をしばし無口にさせたのは。
「リボラボ。つまり、その推測が当たっていたら……」
「……考えたくない事態だ。が、もし当たっていても、何もしない。私は保安師だ。罪
人でもない者を、誰も、何も傷付けたりするものか」
 僕は彼女を信じた。帰るために僕の命を奪うつもりが微塵でもあるのなら、タブー
云々の質問を僕に聞かずに、内緒で試せばいい。そして仮説が正しいと実証されたな
ら、僕を殺せば話が早いだろう。そうしなかったのは、リボラボにそんな気はないとい
う証拠だ。
「分かった」
 僕は、蚊やゴキブリなら殺しても咎められることはないと伝えた。

――第二話終わり




元文書 #478 目の中に居ても痛くない!2−1   永山
 続き #492 目の中に居ても痛くない!3−1   永山
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