AWC 目の中に居ても痛くない!2−1   永山


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#478/514 ●長編    *** コメント #414 ***
★タイトル (AZA     )  16/01/30  22:00  (426)
目の中に居ても痛くない!2−1   永山
★内容                                         16/05/08 03:01 修正 第2版
第二話「エナライト」

 我が家の食卓で、魔法少女が食事を摂っている。
 魔法少女と言っても、ほうきに跨がっている訳ではないし、鍔広の黒いとんがり帽を
被ってもいない。纏っている服は暗色系で、赤毛が映える。顔立ちを地球の人種に当て
はめるのなら……日本とインドとブラジルとギリシャ辺りを混ぜた感じかな。
 彼女の名はリボラボ。学生――こちらでの高校生ぐらいだが、保安師という職にも就
いているらしい。逃亡者を追って僕らの世界に来たのだが、ひょんなことから、僕の目
に飛び込んでしまい、その結果、リボラボと僕・真霜光の間には縁が生じた。
 そして今現在、彼女は元の世界に戻れなくなっている。
 ついさっき、隣に住む同級生の蘇我美月に、リボラボの姿を見られてしまった。普
段、リボラボは域と呼ぶ結界みたいなものを張って、僕以外の人間を遠ざけることがで
きるそうなんだけど、最前は元の世界に戻れないと慌てていたため、域の発動を忘れて
いたのだ。
 だから当然、ごまかさねばならなかった。「やあ、美月。いきなり庭から入ってくる
のはマナー違反だと前から言っているが、今そのことを問うまい。それよりも、紹介さ
せてもらうよ。彼女はリボラボと言って、お袋の知り合いなんだ」と、僕が口から出任
せを言うのへ、美月は「光のお父さんとお母さんは、今、海外でしょ?」と乗ってき
た。
「そうなんだ、だいぶ前に外国で知り合ったという話を聞いてたんだけど、まさか、い
きなり来るとは知らなくって、慌てていたところ。何せ、朝っぱらに突然、呼び鈴を鳴
らされてさ。玄関を開けたら、赤毛の外国人の女の子が立っていて、でも流暢な日本語
を喋ってくれたから、とりあえずほっとして。それから訳を聞いて……お袋達に連絡を
取ろうとしたんだけど、時間がうまく合わない感じだったから、どうしようかと」
 こんな具合に言い繕った結果、美月は何とか信じてくれた。納得・安心できたせいか
しらん、美月こそ朝わざわざやって来たというのに、用事を果たすことなく、自宅に戻
ったのだから、間の抜けた同級生である。
「それで、リボラボ。学校に行かなければならない時間なんだけれど、君はどうする
の?」
「その前に……美味しい食事をありがとう。ごちそうさまでした」
 いつ覚えたのか知らないが、日本式に合掌して、軽く頭を下げる仕種をした。
「大げさだなあ。ご飯に味噌汁、漬け物に焼き海苔なんて、ありふれた朝食だよ」
「これがありふれているとは、素晴らしい。日本食、和食なるものの存在は知識として
知っていたのだが、食したことはなかった。最初、勝手が分からず、恐る恐る口に運ん
だが、私好みの味だ。特に、この」
 と、彼女は胡桃小女子の佃煮を手で示す。
「小魚と胡桃の甘辛い物が気に入った。もし可能であれば、お土産に――」
「リボラボ、ごめん、時間があんまりないんだ」
「ああ、すまない。このあとのことだったね。君の許可を得る必要があるのだが、でき
れば、この家屋内で、帰るための方法を色々と試したい」
「もちろん、かまわない。あ、でも、家の中の物を壊さないように」
「努力する」
 努力だけでは困る。
「いや、私としても確約したいのだが、現状、帰る方法が分からないのだから、断言は
できない。帰る方法が見付かったはよいが、この家が吹き飛ぶなんて事態も、絶対ない
とは言い切れない。無論、極端な例を挙げたまでだが」
「……じゃあ、なるべく、穏便な方法で」
「了解した。それともう一つ、例の青いレンズを貸してもらいたい」
「そっか、そうだね。あ、そういえば、まだ親父達に連絡していない。このレンズは何
なんだと問い詰めないと」
 レンズを渡しながら、独りごちる。封筒であのレンズが送られてきてから結構時間が
あったのに、連絡できていないのは、何だかんだと色々なことがいっぺんに起きたせい
だ。学校から帰ったあと、やってみるとしよう。いつもは時差を気にするのだが、今は
そうも言ってられない。だいたい、どこにいるのか分からないし。
「あと、リボラボは昼の食事、どうする?」
「携帯食がまだある」
「ならいいけど、もし足りないのなら、インスタント食品を食べていいから。インスタ
ント食品て分かる?」
「知識としてなら」
 だったら一度食べてみなよと、作り方を教えておこうと思ったのだが、いよいよ時間
がないと気付いた。リボラボは日本語を読めるようだけれど、キッチンの使い方は分か
っているのだろうか。
「興味はあるが、気持ちだけで充分だ。主の不在時に、その家の物を飲み食いするのは
礼儀にかなっていない。君がいるとき、機会があればありがたくいただこう。現時点で
は、これが最優先」
 レンズをぎゅっと握ったリボラボ。
「頑張って。それじゃ、行ってくる。あー、帰る方法が見付かったとして、できれば、
勝手に帰らないでほしいんだけど」
「もちろん、心得ている。万が一、自分の意志に反して、自動的に戻れたとしても、す
ぐに引き返してくると約束しよう」
 リボラボは胸を叩いた。ふわっとした服のせいで、胸囲のサイズは判然としない。
 それにしても彼女の言葉の端々には、あり得る可能性をできる限り想定しておこうと
いう癖が感じられる。保安師なる職業――リボラボ曰く、警察プラス探偵プラス賞金稼
ぎ、だそうだ――と関係しているのかもしれない。
 ともかく。
 来客があっても居留守を使うこと、電話も出なくていい等々、諸注意を与えてから、
僕は学校に向かった。

 学校の休み時間に、美月から不意に問われた。
「リボラボさんて、いつまでいるの?」
 考えもしていなかった質問に、咄嗟に返答できない。
「リボラボ酸? 新しいサプリメントか?」
 会話を聞きつけた六島が、首を突っ込んでくる。僕がリボラボのことを話そうかどう
しようか迷っている内に、美月が説明してしまった。
「――親父さん達が、招いたんじゃないのか?」
 説明を聞き終わった六島は、少し考えたあと言った。なかなか突飛な意見を出してく
れるじゃないか。いや、美月の説明を聞いただけなら、そう考えるのもおかしくはない
か。何にせよ、返事は熟慮と早さ、相反する二つを満たさなくては。
「多分ね。でも、まだ両親から詳しい訳を聞く暇がなくて。リボラボさんの日本語は中
途半端に達者で、いまいち話が見えないし。そんな具合だから、いつまでいるのかも分
からない」
 急いで捻り出したにしては、及第点じゃないかな。実際、二人は納得したようだ。
「歳は?」
「聞いてないけど、同じぐらいだと思う」
「そんなに若いのか。大丈夫か」
 リボラボをまだ見たことのない六島が、大げさかつわざとらしく驚いた。
「その人、どこに寝泊まりしてんだ?」
「それもまだ聞いてない。えっと、お袋から、信用できる子だから家に上げてやってく
れとは言われた。だから、今も家にいるはず」
 話す内に、多少不安になってきた。初対面の他人を一人、自宅に残し、留守にしてい
る構図だ。僕はリボラボを信用しているから気にしていなかったけど、客観的にはこれ
って、随分と不用心な行為に映るだろう。
 だが、聞き手二人はそのような感想は持たなかったようだ。
「いっぺん、会っておきたいなあ。今日は用事で無理だけど、明日か明後日、家に行っ
ていいか?」
 六島が言う。金髪女性にあこがれている節があるのは当人も認めているところなのだ
が、どうやら少し違うようだ。赤毛のリボラボを一目見ておきたいとは、西洋人女性な
ら何でもござれなのかもしれない。
「それまで滞在していたら、別にいいんじゃないか。美月は今日また来る?」
「暇があれば行くかも。この頃、宿題が多くてさ〜。解けないことはなくても、時間が
足りないっていうか。あ、英語だけでもリボラボさんに教えてもらえたら、早く終わる
かな」
 勝手なことを言う。果たして、リボラボは英語ができるのだろうか? 日本語に対応
してるくらいだから、できる可能性は高いと見るが。
 と、こんな具合にリボラボを話題にしたせいか、家のことが心配になってきた。放課
後になったら、可能な限り早く帰ろう。

「お帰り」
 部の起ち上げに協力を頼まれている城ノ内史華に掴まりかけたが、どうにか振り切っ
て帰宅すると、リボラボが当たり前のように迎えてくれた。とりあえず、何事もなく、
無事に過ごせたようだ。
 しかし、リボラボの表情は明るくない。恐らく、戻るための試行錯誤が捗っていない
に違いない。察しは付いたが、尋ねない訳にもいかない。着替えを済ませ、ダイニング
に移動してから、率直に聞いた。
「どう? その、色々と試してみた結果は?」
「考え付いたことを、順にこなしていた」
 そう言って、何やら箇条書きにしてある紙を示した。十ぐらい項目がある。
「現時点では、具体的な成果は上がっていない。が、分かったこともある。たとえば、
他の生物への出入りは自由にできるようだ。その辺を歩いていた野良猫と蝶々で試した
だけなんだが、問題なかったよ。これで、私自身の能力が失われた訳ではないとしてい
いだろう」
「そういえば今朝、君が出て来て以降、戻っていないね。人間に出入りできるか、試さ
なくていい? そもそも、例のレンズを通して入ったのは、僕が初めてだった訳だし」
「大丈夫だと考えている。というのも、猫に対し、青のレンズを通した場合も試してみ
たんだ。いつも以上に目に吸い込まれる感触はあったが、大差はない。出るときも同様
だった。まあ、真霜に対してはいつでも試せるから、後回しにしよう」
「うん、いいよ」
 まだしばらくいる気なのだと分かり、何故だかほっとする。リボラボは、こちらの気
持ちを知っているのかどうか、かまわずに話を続けた。
「他に判明した重要事項としては、レンズを通して、ある生物に入った場合、その個体
にしか出入りできなくなるようなのだ」
「へ? でもさっき、猫や蝶に入ったって言わなかった?」
「一種類に一個体と言えばいいのかな。世の中の猫がAからZまで二十六匹だけだとし
て、その中のAに対し、青のレンズを通して入ったとする。それ以降、私は猫B〜Zに
は入れなくなる。つまり、人間では、真霜にしか入れないはずだ」
「ふうん」
「能力が限定されたことになり、これはレンズが原因に違いない。私が帰れないのも、
レンズに原因があると考えられる。どちらかが解決すれば、もう一方も解決する可能性
が高い。そう見なすのが妥当だろう」
「ていうことは、ちょっぴり光明が見えた感じ?」
「そうなるのかな。喜ぶほどではない。――あ、そうだ。今の内に注意をお願いしてお
こう」
「何?」
「小さな生物、たとえば昆虫類に入っているとき、その昆虫が叩き潰されたとしたら、
その衝撃を私はまともに受けることになる。だから、小さな生物に入るときは、前もっ
て知らせることにする。真霜の方でも気を付けて欲しい」
「小さな生物って、蚊とか? 手で叩いて殺してしまわないようにと」
「まあ、蚊に入ることはないと思うが、青のレンズの効果で、偶然、強制的に入ってし
まうことは起き得る。すぐに出られない場合、なきにしもあらずなんだ」
「分かった、気を付ける。蚊取り線香の類も、やめといた方がいいね」
「蚊取り線香というと、蚊に効果のある毒のような物か? だとしたら、心配ない。入
っているときにその生物が死ねば、私は出て来るまで。問題になるのは、飽くまで、物
理的な衝撃を受けることなんだ」
「ふーん。理解した」
「それから、さっき触れた、青のレンズが偶然働いてしまうことをなるべく避けようと
思い、布を巻いてみた。すると、ある程度の厚みがある布でくるめば、レンズは機能し
なくなるようだ」
 僕は、レンズが封筒越しに機能したことを思い出した。あのとき、封筒が分厚かった
ら、リボラボと会えなかったかもしれない訳か。
「そこでなんだが……真霜は、裁縫が得意か?」
「裁縫? 得意と言えるかどうか分からないけれど、家庭科の授業で習った程度ならこ
なせる」
「私は苦手なんだ。レンズを入れておける袋、巾着袋のような物を作ってもらいたいの
だが、どうだろう。礼はする。できる範囲で」
 畳み掛けるように言われ、圧倒された。懇願するような目で見られてる。
「巾着袋ぐらいかまわないけど……リボラボは、英語はできる?」
「英語とは――ああ、前に何度か使ったことがある。だが、今は無理かもしれない」
「どういう意味?」
 妙な返事に、こっちは思わず首を傾げた。
 リボラボは一つ咳払いをして、そういえば話していなかったなと独りごちた。
「私が今、真霜と日本語で会話できるのは、一時的なものなんだ。換言するなら、日本
語を理解して習得したのではなく、私がここに降り立った時点で、日本語を喋れるよう
になる。そしてここを離れ、元の世界に戻る頃には、日本語を使えなくなっている」
「何それ。必要に応じて、自動的に喋れるようになるってこと?」
「その通り。私のいる世界の人なら当然持っている言語能力なんだ。身体に備わったア
ンテナのような感覚で、降り立った世界の生活圏を把握し、数ある言語の中で通用する
言語が選択的に使えるようになる。その一般的な常識や知識なども頭に入ってくる。だ
から、今の日本でどれほど英語が日常的に用いられているか、その程度によって、私が
話せる英語のレベルが決まる」
「そっか。宿題の英語を教えてもらおうと思ったんだけど」
「勉強としての英語か? 一応言っておくと、仮に今の私が英語を話せたとして、教え
ることができるかどうかは、未確認なんだ。喋れるようになるだけだから」
「うーん、分かったような分からないような。便利そうで不便というか」
「できる限りのことはする。でも、巾着袋作成の礼には、別のことの方がよいと思うが
……」
「考えとく。とにかく今は、袋がすぐにでも必要なんだから、さっさと作るよ。あり合
わせの材料でいいんだよね?」
「すまない。もちろん、袋の体をなしていれば、何でもかまわない。ああ、透明は困る
が」
 リクエストを聞き取り、さらに必要な厚みを知らせてもらってから、僕は巾着袋作り
に取り掛かった。

「ところで」
 できあがった巾着袋は、厚手のタオルとフェルト地を貼り合わせたような、とっても
独創的な代物になったが、リボラボは気に入ってくれた。持ち運びに便利な、丈夫な袋
になったと、我ながら思う。
「リボラボはまだ帰れそうにない訳だけど、今晩、どうするのさ」
「それは……」
 言葉を濁し、こっちを見てくる。心配しているようなので、僕はすぐさま両手を振っ
た。
「寝泊まりするのは、一向にかまわないんだ。食料がね」
「食費の問題か……逗留が長引くようであれば、稼ぐことを考えなければいけないかも
しれない」
「いや、食費も当面は大丈夫。うちの親はテレビに出たり、世界を飛び回ったりで、あ
りがたいことにそれなりに稼いでいて、当人達が好き勝手してる負い目からか、割と自
由に使わせてくれる」
「それはそれで申し訳ない気がするが」
「いいんだよ。今、問題にしているのは、全部が全部、口に合うかどうか分からないっ
てこと。好き嫌い以前に、リボラボが知らない料理、たくさんあるんじゃない?」
「そりゃあ……いや、でも、好き嫌いを言える立場でも状況でもない」
「あー、もう、面倒くさい! 買い物に行こう。今日のところは、リボラボが見て、美
味しそうと思った物を買ってきて、食べよう! いいね?」
 押しを強くして僕が言うと、リボラボは一瞬呆気に取られたようだ。口を僅かに開き
っぱなしにして、まじまじと見返してくる。何だかかわいらしい。だが、すぐに口を結
ぶと、こくこくと頷いた。
「そうなると今度は着る物がいるね」
 僕は彼女の胸元辺りを指差した。

「一度は着てみたいと思ったことがあるが……」
 足を止めたリボラボは、ショーウィンドウのガラスに映った彼女自身の姿を、頭から
つま先までを視線でゆっくりとなぞった。
「似合っているのだろうか」
「似合っていると思うよ」
 本心から言った。
 今のリボラボの格好は、上は白がメインのセーラールック、下は真新しいブルージー
ンズ。紺に白のラインが入ったマリンキャップを被っているから、赤みがかった髪もあ
んまり目立たない。全て、家にある物を貸したんだけれども、靴は合う物がなくて、彼
女が履いてきた赤い靴をそのまま使ってる。そこだけが、やや調和を乱している気がし
た。
「食べ物は後回しにして、先に靴を買おう。スニーカーがいいんじゃない。あ、着替え
もいる?」
「嬉しい話だが、長居を予感させて縁起が悪い。恩を返せる宛てもない」
「気にしない気にしない。記念品だと思って、持って帰っていいからさ。それとも、ま
たこっちの世界に来ることがあるのなら、預かっておくし」
「……楽観的だなあ、真霜は」
「来られたんだから、帰れるはず。そう信じるしかないでしょ」
 あとから考えると、この頃にはもう、僕はリボラボに親しみと好意を抱いていた。文
字通り異なる世界の人に興味を持っていたし、ある事件の犯人を見つけ出した彼女の洞
察力に感心してもいたと思う。そういうことどもが綯い交ぜになって、彼女の力になり
たいという気持ちを強くさせていた。
「帰れると思うか」
「思う」
「君にとって、理外の話だろうに、何故そう信じられる?」
「信じるっていう行為は理屈じゃないと思ってるんだけど。敢えて言うなら……リボラ
ボが退治したあの怪物みたいなのは、リボラボと同じように青のレンズを通ったのに、
元の世界に戻ったんだよね? だったら、戻れるんじゃないかな。こっちとそっちとの
つながりは切れていないのは間違いない」
「……ふむ。なるほど」
 一本取られた、あるいは迂闊であったと言わんばかりに、額に片手をやるリボラボ。
それから、不意に笑い始めた。僕は目で何事かと問い返す。
「あははは。いやあ、他人の意見は聞いてみるものだなってね。どうせこちらの世界の
人には分からないと、端から決め付けてしまっていた。我ながら情けない」
「異常事態に動転していたんだよ、きっと。仕方がない。気が付いたんだから、いいん
じゃないかな」
「ああ」
 そう応じたあとも、まだ笑っている。僕は一緒に笑おうとしたが、声が大きくなって
いたことにはたと気付き、辺りを見回した。幸い、他の人から注目されている様子はな
い。
「声、落とそう」
「うむ」
 それから僕らは、留学生とそのホームステイ先の友人のような態度で、買い物を楽し
んだ。

「こっちの世界の料理を食べるのは、以前にもあったけれども」
 洗い物を手伝ってくれながら、リボラボは料理の感想を述べていた。
「日本食は、私の口に合うようだ」
 僕は苦笑いを浮かべていたと思う。だって、彼女がスーパーマーケットで選んだ出来
合いのおかずは、コロッケとポテトサラダと大学芋だったのだ。日本食と呼んでいいの
かどうか、どれも微妙な線だ。というか、芋好きだなあ。
「味噌汁もいい。これまでに経験したことのない味だ」
「ありがとう。よかったら、作り方を教えるけど?」
 市販の味噌を使ったとは言え、僕の手作りだ。誉められると嬉しい。
「機会があれば、だな。今はやはり、帰る方法を探すことに集中したい」
「そうだね」
 洗い物を終え、僕は手を拭くと、両親を掴まえようと電話を試みようと思い立った。
帰宅してから何度かトライしたのだが、一体どんな僻地にいるのやら、成功しないでい
る。通じたとして、リボラボのことを話すかどうかは決めていないが、送りつけてきた
レンズについての情報を聞き出さないといけない。同封されていた手紙?の内容も。
 あ、その前にメールの着信確認をしなくちゃ。レンズのことを尋ねるメールも、両親
それぞれに宛てて送っておいた。もしかしたら、返信が来ているかも。期待せずに受信
箱を開くと、意外にも親父からのメールが届いていた。タイトルに「レンズに関して手
短に」とある。
<光、久しぶり。連絡が間遠になってすまん。早速だが、おまえが青いレンズと呼んで
いる物体について、話せることを書いておく。その鉱物に正式な名称はまだないが、便
宜上、エナライトもしくはエナライトレンズと呼んでいる。アフリカ大陸の赤道近く、
モベンバという土地で大量に見付かった。人工物か自然物かは、まだ判断できない。稀
ではあるが、塊が自然にレンズ状に割れることがあるようだからね。高硬度だが、靱性
もかなりある。頑丈さと柔軟さをテストする意味も込めて、エナライトレンズの一つを
簡易な包装で私の友人宅に送った。割れなかった場合はそのまま、私の自宅、つまりお
まえの元に送るよう頼んでおいた。そのまま記念品として持っていればいい。希少価値
は恐らくないが、勝手に処分するのはだめだぞ>
 文章はこのあとも続いていた。タイトルに反して、僕のことを心配する風な言葉や信
頼している風な持ち上げが長々と並んでいたが、まあ今はどうでもいい。向こうは向こ
うで、お袋共々元気にやっているのが分かったから、ほっとした。
「それにしても」
 思わず、言葉が声に出た。このメールでもたらされた情報は、レンズの来歴や特性の
一部についてのみで、リボラボに与えた影響や元に戻す方法に関しては、さっぱりじゃ
ないか。予想はしていたが、リボラボのような異なる世界の人が存在することも、親父
は把握していないに違いない。
 もしかすると、エナライトレンズとリボラボは無関係で、たまたま、変な影響を受け
たというのか? なさそうな考え方だけど、完全には排除できない。少なくとも、現段
階ではまだ。
「真霜。父君から連絡があったみたいだが、何か分かったのか?」
 僕が画面から顔を上げるのを待っていたらしい。リボラボは関心と期待を顔に出して
聞いてきた。
「うん、メールが来たには来たけれども……あ、君は日本語を読める?」
「読める。完璧ではないかもしれないが、日常生活を送る分には大丈夫なはずだ」
「それじゃあ、自分で読んでみてよ」
「いいのかい? 君達家族の個人的なことにも触れているのでは」
 僕は黙ってメールを見せた。リボラボは若干顎を引き、わずかな躊躇の後、目を通し
たようだった。
「――理解した」
 彼女は読み終えると、すぐにこちらに振り返った。
「エナライトレンズの正体を知ることが私の目的ではないが、今のまま帰れぬ状態が続
くようであれば、モベンバなる地に出向く必要が生じるかもしれないな」
「遠いけど行けるの? その、こちらの常識的な交通手段を使わずに、君の能力で」
「いや。元の世界に戻れるのなら、改めてモベンバに狙いを定めて降りればよいだけだ
が、日本にいたままだと、こちらの世界の移動手段に頼ることになる」
「そうなんだ」
 少しがっかり、少し安堵する。もし簡単に行けるのなら着いて行きたい気がするが、
リボラボが行ったきりになってしまう気もする……そんな思いが頭をよぎった。
「父君は、エナライトが何に役立つかを研究しているのかな?」
「多分違う。親父は考古学者で、遺跡や遺物、古文書なんかを対象に研究している。エ
ナライトっていう鉱物を僕は知らないけれど、特性を調べるとかは鉱物学者がやるんじ
ゃないか」
「なるほど。文面から、新しい鉱物なのは間違いないが、希少性は高くないとは、よほ
ど大量に発見されたか……。それに割れやすいようには見えない。レンズ状になること
で、硬さを増す性質なのかもしれない」
 思考を独り言に乗せながら、リボラボはその場で小さな円を描いて歩き出した。これ
では、デザートを出すタイミングが掴めない。お風呂に入る習慣があるのなら、入って
もらおうとも思うし。
「リボラボ、ふと思ったんだけど、君の世界の人に連絡する手段はないのかな」
「連絡とは、先程のメールや電話みたいな?」
 リボラボは足を止めた。僕は壁時計をちらと見てから、続けた。
「メールや電話じゃなくても、とにかく、君がこちらの世界に居ながらにして、向こう
の世界の人達に意志を伝える方法があるのかどうか」
「あればとうに使っている。残念ながらない。私が仕事に出たことは事務が把握してお
り、また私はすでに対象者を送還し終えた。換言すると、私が仕事を終えたと分かって
いるはずだから、私が戻らなければ、誰かが私を探しにいずれ派遣されて来るかもしれ
ない」
「へえー。それって何日後ぐらいになりそう?」
「分からない。正確な居所を掴んではいないだろうからね。だからこそ、自力で何とか
しないと」
「そのための鋭気を養う必要があるよね? お風呂は入る?」
「風呂……入浴はあまりしないが、入れるものならありがたい」
「用意しておいたから、いつでも入れるよ」
「そうなのか?」
 大声を出し、あからさまに驚いたリボラボ。目をぱちくりさせている。
「風呂の準備にはとても時間が掛かると思っていたのだが」
「ほぼ自動で、お湯を張れるシステムがあるんだよね。お湯の温度も保たれるようにな
っていてさ」
「ほほう。興味深い。ぜひ入りたくなったが、主を差し置いては入れない」
「いやいや。僕は君の部屋を整えておかなきゃ。だから、お先にどうぞ」
「そうか……。しかし、私一人では不安だ。使い方が分からないかもしれない。下手に
いじって壊すことのないようにするには、一緒に入るのが一番だろうけれど……」
「うーん」
 僕は苦笑いをしていた。
「必要になるとしたら多分、湯温の調節ぐらいか。まず、湯船に手を入れてみて、風呂
の温度が気に入らなかったら言って」
「分かった」
 僕は脱衣所と続きになっている浴室へ、彼女を導いた。(言うまでもないが服を着た
まま)浴槽の蓋を開け、中の湯に手を付けるよう促す。
 ところがリボラボは、浴室そのものに興味津々らしくて、「これは、凄いな!」とあ
っちこっちに視線を飛ばすのに忙しいようだ。暇に任せてしょっちゅう掃除しているか
ら、少なくとも見える範囲は白くてピカピカだ。
「王侯貴族が入っていそうだ」
「こっちの世界、というか日本では、これくらいは珍しくないよ」
 そして湯気越しに、さあ早くと、再度促した。リボラボは腕まくりをしたが、今は半
袖の服を着ていることを思い出したか、恥ずかしげにその仕種をやめた。改めて、指先
を付ける。ちょっと、おっかなびっくりに。
「――少しだけ熱い気がするが、このまま入ってみたい」
「いいよ。もし我慢できないときは、ここを回せば、水が出るから」
 リボラボの反応を目の当たりにして何だか心配になった僕は、結局、シャワーだの追
い炊きだの、あるいはシャンプーだのコンディショナーだの、さらにはドライヤーや肌
の補水液まで、風呂場についてのほぼ全てを説明した。

 風呂上がりのリボラボは、髪の赤さが落ち着いて、何となく大人びて見えた。張り詰
めた物が表情からなくなり、リラックスしているのが見て取れる。
「非常に気持ちよかった。可能であれば、持ち歩きたいくらいだ」
「ははは。さすがに携帯風呂は聞いたことがないなあ」
 ダイニングの椅子に着くよう言って、デザートを勧める。アイスクリームにカットフ
ルーツを添えただけの代物だが、リボラボはこれも美味しそうに食べた。
「ごちそうさまでした。――食事情は、こちらの世界の方が遙かに上だな」
「うーん、ま、全ての国々がこういう訳じゃない。日本だって、自給率はお粗末なもの
だし、均せば豊ってことになるだろうけれど、それでも食べ物が原因でたまに事件が起
きるし」
「事件で思い出したが」
 リボラボはそう言うと、左手を向いた。そちらの方向には、テレビが置いてある。
「昼間にテレビを見させてもらったのだが」
「そっちの世界には、テレビ、あるの?」
「こういう形ではなく、原理も恐らく異なるのだろうが、機能はほぼ同様の物がある。
それで、ニュースを見ていたのだが、平和そうな割に、この国では犯罪が多いように感
じた。今日、偶々そうだったのかもしれないが、殺人や詐欺が目立つ」
「国全体の豊かさの割には、多いと言えるのかもしれないね。あ、そうか。リボラボは
保安師だから、正義の血が騒ぐとか」
 半分冗談のつもりで言ったが、リボラボの反応は大まじめだった。
「それはあるが、私の権限の及ぶところではない。無論、緊急事態ならば相応の対応を
取るが」
「じゃあさ、万が一にもこっちに長居せざるを得なくなったときは、私立探偵でもやれ
ばいいんじゃない? 確か、免許や資格はいらないはず」
 これも冗談のつもりだったけれど、相手はまたも大まじめに受け取った。
「よい考えかもしれない。真霜に恩返しするためにも、前向きに検討しようかな」
 そこまで言うと、彼女はすっくと立ち上がった。
「だが、今はまだ、戻る方法を探すのに意識を傾注したい」
「当然だよ」
 僕は大きく頷き、同意を示した。
 もし仮に彼女が探偵を始めたとしても、思っているような重大事件の依頼が舞い込む
とは、まずあるまい。僕らの日常で、殺人だの強盗だのがそうそう起きるはずがない。
僕とリボラボが出会った日の事件は、異例中の異例だ。
 ならば、他の穏やかな案件はどうだろうか。逃げたペット探しなんかは、リボラボの
能力――生物の瞳から入り込める――が役立ちそうな気がしないでもないが、そういっ
た仕事をリボラボが果たして望むのか。探偵業を勧めたのは、まずかったかも。
 と、このときは多少の後悔を抱いていたのだけれども。


――続く




元文書 #414 目の中に居ても痛くない!1−2   永山
 続き #479 目の中に居ても痛くない!2−2   永山
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