AWC 雪密室ゲーム<上>   永山


        
#474/512 ●長編
★タイトル (AZA     )  15/11/30  22:01  (215)
雪密室ゲーム<上>   永山
★内容
 私の通う**大学の推理小説研究会では毎冬、三年生以下の有志を募っての自主合宿
を行うのが慣例となっている。時季がクリスマスシーズンと重なるだけに、参加は強制
されない。しかし実際のところ、冬合宿が行われるようになって以来、参加率はほぼ一
〇〇パーセントである。
 その理由の半分は想像に任せるとして、もう半分は合宿の行われる場所に因ろう。遙
か昔のOBに推理作家になった内藤隆信(ないとうたかのぶ)という人がいて、大きな
成功を収めた。彼が、自分を育ててくれた推理小説研究会に少しでも恩返しをしたい
と、所有する別荘の開放を提案してきたことで、冬合宿は始まったと言える。
 この別荘が北国の人里離れた山にあり、十二月中旬には確実に雪に見舞われるという
シチュエーションが、推理小説の好事家を惹き付けるのだ。加えて、交通費の一部まで
援助してもらえるとなれば、たとえ極端な寒がりでも、推理小説好きなら参加してみた
くなるものだろう。
「交通費に関しては太っ腹だが、別荘の開放は、冬場、南半球に出掛けるのが恒例にな
ったんで、遊ばせとくのが勿体ないというのが実情らしいぜ」
 四津上(よつがみ)先輩が、サングラス越しに、残り少なくなったウーロンハイのグ
ラスを透かし見ながら言った。取りようによってはOB推理作家の悪口に聞こえるが、
他の部員達を見ると、誰も気にしてないらしい。
「できることなら、料理の面でサポートが欲しい」
 柿谷(かきたに)先輩が、両手をこすり合わせつつ言った。巨漢故か、額に汗を浮か
べている。にもかかわらず、暖炉を模したファンヒーターの前から、ほとんど離れな
い。
「毎回、イブが焼き肉、クリスマスが鍋。男しかいないからしょうがないとは言え、ワ
ンパターンに過ぎる」
「まだ二回目のおまえが言うか」
 前部長の力丸(りきまる)先輩が、苦笑を浮かべる。うちの大学では通常、部やサー
クルの役員は、三年の上期で交代する。三年になる四月に切り替わる部もあれば、学園
祭まで引っ張る部もある。
「過去の記録を見ていたら、そうなってたもんだから、来年のことを想像すると、つ
い」
 頭を掻く柿谷先輩。その横を通り、力丸先輩が私の方を振り向いた。特別に大柄とい
う訳でもないが、その存在感故か、風が起こったような気がした。
「志賀(しが)、殿蔵(とのくら)の様子を見てきてくれないか」
 反応して席を立とうとしたのだが、先に動いた者がいた。同学年の浅田(あさだ)
だ。
「それなら自分が行きます。ついでがあるんで」
 元から立っていた浅田は眼鏡のずれを直すと、リビングの中央を横切り、出て行っ
た。
 殿蔵先輩は、今回の合宿の犯人当て担当だった。部員が犯人当て短編を自作し、合宿
などの場で皆を前に問題編を朗読、質疑応答の後、シンキングタイムを挟んで、各人は
解答を用紙にまとめる。提出された回答を出題者がチェックし、最優秀者を決めるとい
う、推理小説研究会によくあるイベントの一つだ。
 殿蔵先輩は、犯人当ての案はできていたのだが、一時的な体調不良により執筆が若干
遅れ、別荘到着後の今も、部屋に籠もって書いている。もう四時間が経とうとしてい
た。
「まるで売れっ子作家だ」
 四津上先輩はグラスを完全に干すと、台所に立った。三度の食事を除いて、自分で使
った食器類は自分で洗うのがルールだ。
「何か持って行ってやった方がいいかね? あいつは気遣い無用と言っていたが」
「どうかな。責任を感じてのことだろうし」
 前部長と前副部長のやり取りに、意識を集中する。食べ物や飲み物を持って行くとな
ったら、今度こそ私の出番だ。
「そういうことなら、差し入れはドアの外に置くべきかな。犯人当ての公平性を保つ意
味で」
 冗談めかした声に、リビングにいた全員が一斉に振り向く。そして一斉に、驚いた。
参加する予定じゃなかった折沢(おりさわ)先輩がいたのだから。細くて背の高い身体
に黒のコートを纏った今の姿は、なかなか迫力がある
 両肩や頭にまだ残る雪を右手で払いながら、折沢先輩がファンヒーターのそばに寄
る。垣谷先輩が場所を空けた。
「どうしたんですか、急に」
「予定が変わった。ふられた」
 依然として冗談めかした口調だから、本当なのかどうか分からない。私達の質問を前
もってシャットアウトするかのように、左手に持った買い物袋を少し掲げた。
「あ、これ、食料の追加」
 四津上先輩がそれを受け取り、冷蔵庫に仕舞った。
「それから、内藤さんから伝言があってね」
「伝言?」
「部の共有アドレスにメールを送ったんだが、もしどんちゃん騒ぎして見てないとつま
らないので、確認するよう言ってくれ、だってさ。それなら直接、言ってくれたら話が
早いのに」
 確かに、内藤さんが折沢先輩と会うなり電話したりしたのなら、そのときメールの内
容を直に伝えればいいとは思う。
 力丸先輩が時計を一瞥する。
「どんちゃん騒ぎをする時間帯でもないが、わざわざ部のメールを確認しようとはしな
いもんな。クローズドサークルの雰囲気を味わうために、ここにいるようなもんだし」
「それじゃ、全員でメールを見るとしますか。缶詰してる殿蔵センセーも、内藤さんか
らのメールと聞けば、中断するはず」
 ネット接続できる機械は、別荘内には一つしかない。書斎のパソコンだけだ。その他
のツールは、部のルールとして持ち込まないようにしている。
 ちょうど戻って来た浅田に事情を説明し、さらに殿蔵先輩にも同じことを伝えて、全
員で書斎に向かった。

 内藤さんからのメールは、次のようなものだった。
<**大推理研の諸君、今年も冬合宿を満喫しているだろうか? ――クリスマスソン
グの流れる中。
 今年は少し彩りを添えてあげようと思い、君達にプレゼントを贈ることに決めた。そ
う、クリスマスプレゼントだ。
 別荘に離れがあるのは知っているね? その中に用意しておいた。いずれもミステリ
に関連のある物を揃えてある。たとえば、初版本や絶版本、ミステリ映画に使われた小
道具等々。数は人数分あるが、お宝度は――個々人の趣味嗜好によるとは言え――それ
ぞれ差がある。
 誰がどれを受け取ってくれても構わないが、推理研のメンバーなら、ゲームをして順
位を決め、それに従って分けてもらいたい。
 私が提案するゲームのは、名付けて雪密室ゲームだ。
 天気予報を見るに、そちらはちょうど雪が降り積もった頃だと思う。止んだかどうか
までは知らないが、十センチほど積もったあと、雪が降り止んだものと仮定する。
 本館から離れまで、雪に足跡を付けることなく、行き来して、お宝を持ち出す方法を
考えてみたまえ。
 以下、注釈だ。
・使える道具や機械の類は、現在別荘や周辺にある物に限る。
・思考ゲームだからと言って、解答が現実離れしていてはいけない。超能力や幽霊の類
は御法度。

 一応、私・内藤隆信の答を用意してはあるが、これを絶対の正解とするつもりはな
い。私の答は後日、離れの鍵の在処とともにメールで教える予定だ。
 皆それぞれ解答し、君達の間で議論・検討の上、順位を付ければよい。時間制限や一
人当たりの解答可能数、優劣の判定方法等、細かなルールは君達に任せる。

 それでは、よき聖夜を送られんことを。
                                   内藤隆信
>

「面白そうじゃないですか」
 浅田が真っ先に反応した。私も同意する。犯人当ての完成が遅れていることでもある
し、このイベントで盛り上がりたい。
「殿蔵は? とりあえず、犯人当てはできたのか」
「推敲はまだですけど。朗読の際は、適宜読み替えすることで対応は可能だと思ってい
ます」
「それなら、もう少し時間をやってもいいってことだ。裏を返せば、今日はこの雪密室
ゲームに興じても大丈夫だな」
 鶴の一声という訳ではないが、力丸先輩の発言で、方向は決まった。リビングに戻る
や、早速、ルール作りに取り組む。
「差し当たって、期限と解答数、解答方法を決めるとするか」
「期限は今日中ってことでいいでしょう。明日は犯人当てがある」
「解答を受け付ける期限が、今日いっぱいってことでいいな。即座に開票――開票って
言っていいのか? とにかく解答をチェックし、審査はゆっくりやればいい。解答数は
一人につき……三つまで?」
「三つだと、最大で7×3の21通りの答が出される訳か。ちょっと多くない? 被り
も出て来て、判定が煩わしくなりそうだ」
「解答方法を決めていないから、被りが生じるかどうかはまだ分からないが、確かに雪
上に痕跡を残さずに行き来する方法が、二十一もあるとは思えん」
「え? 雪の密室トリックなら、二十一ぐらい軽くあるような気がしますけど」
 これは浅田。思ったことを、反射的に口に出したようだ。
「君が言うのはあくまでも雪の密室トリックであって、足跡を付けないで行き来する方
法じゃないだろう?」
「……同じでは……ありませんね、なるほど」
 今、様々な作例が、浅田の脳裏を往来しているに違いない。
「三つが多いなら、二つにするか」
「いや、いっそ一つに」
 前部長の言を、前副部長が打ち消す。四津上先輩はさらに続けた。
「男らしく、と言うより、名探偵らしく、だな。探偵が謎解きの場面で、第一の候補、
第二の候補なんて推理を披露するのなんて、見たくない」
「まあ、納得できる意見だ。一つで行こうか」
 力丸先輩が場を見渡す。折沢先輩は声に出して「いいね」と応じ、二年生の二方は黙
って頷いた。私や浅田に異論があるはずもなく。
「となると、次なる問題は解答方法だが、当然、フリーに発言する形式は無理か」
「無理ってことはないでしょうが、何だか早い者勝ちみたいになりそうな予感がしない
でもないですねえ」
 と、お腹に手を当て小首を傾げる柿谷先輩。この人の癖だ。
「早く解決するというのは、判定において重要な要素だと思うけどね」
 折沢先輩が、今の主題から外れるようなことを言う。力丸先輩は“脱線”を咎めるこ
となく、話を受け継いだ。
「そうだな。早い者ほど評価されるという物差しも必要だ。それじゃあ……解答は、記
名して文書の形で提出する。同じ解答・似たような解答があった場合は、早く提出され
た方をより優秀と見なす。これでどうだろう?」
 解答方法と、判定基準の一部が決まった。
「他に基準はどうしましょう?」
「オリジナリティを評価するのか否か、とか」
「推理小説のトリックじゃないんだから、過去に同じトリックがあるかとか、類例があ
るかなんて、気にしなくていいんじゃないのか」
「でも、僕らは推理研であって」
 しばらくの間、侃々諤々の議論が繰り広げられたが、最終的には力丸先輩の判断で決
められた。
「話し合って、一番面白いと感じられたものが最優秀。内藤さんの答に一番近いもの、
近いと言えるものがあれば、それを二位とする。一位と二位が同じ解答になることもあ
る」
 推理小説研究会の看板にかけて、つまらない解答を一位にはできない、という次第
だ。
「あのー、早さを考慮するというのは、どうなるのかと」
「似たような答があったときに適用、ってことでいいだろう」
 こうしてルールが決められ、この瞬間からゲームスタートと相成った。

 本館から離れまで、直線距離にして最短でおよそ八メートル。実際には、両建物の玄
関を、小道が弧を描いて結んでいる。その正規ルートを行くのなら、十メートルほどに
なろうか。
 本館が二階建てであるのに対し、離れ平屋。中を見せてもらったことが一度あるが、
内藤さんの趣味の部屋だった。当人は喫煙者ではないのに、大小様々なパイプが所狭し
と棚に並べられ、どこの物ともしれぬ仮面や杖や人形、木製の武器といった民芸品が、
壁やショーケースを飾っていた。
「見に行ってもいいのかな。どう思う?」
「見に行く?」
 浅田に声を掛けられ、私はおうむ返しをした。
「実地検証っていうかさ。離れの中や周りを見れば、思い付くことがあるかもしれない
だろ」
「一理あるけれど、多分、中は見られないよ。前、見せてもらったときも、厳重に施錠
されてた。あれは内藤さんが居合わせたから、見ることができたんだと思う」
「そっか、そうだったな。じゃあ、周囲をぶらつくぐらいは」
「さあ……ルールで決めてないけど、先輩に聞いてみないことには分からない」
 時計を見ると、食事の準備を始める頃合いだった。そのついでに聞いてみることにし
た。
「離れを見るのはOKかって?」
 力丸先輩はこちらの質問にそう反応すると、ホットプレートを箱から出す作業を終了
させた。それから、一番近くの窓から外に目を向けた。
「もう勝手に行った奴、いるかもしれないな。でもまあ、俺達は何度もここを訪れてる
訳で、今さら行っても仕方ない。頭に入ってるから。行きたければ、行けばいい。もち
ろん、上がり込むのは無理だが」
 何とも拍子抜けしてしまう。とにもかくにも、了解は得た。
「見に行くのなら、すぐに行った方がいいだろ。今でさえ結構暗いのに、晩飯のあとだ
と、お話にならない」
「準備は……」
「気にするな。明日、穴埋めしてもらう」
 それならと二人して行こうと思ったが、私は途中で足を止めた。
「何だよ、志賀。穴埋めで働かされるのが嫌とかか?」
「そんなんじゃなくて、先輩達が見ないのなら、自分も見ない方がフェアかなと思っ
た」
「そうかなあ? さっき力丸部長、じゃなくて前部長が言ってたように、最初からハン
デがあるんだから、それを埋めてこそフェアと言えるんじゃ?」
「もう一つ、理由がある。見てしまうことで、発想が縛られてしまわないかって」
「何も見なければ自由に思い付くが、現場を見ちまったら発想の枠が狭まるってこと
か。まあ、分からんではない」
 腕組みをし、ひとしきり考える様子の浅田。じきに腕組みを解くと、
「好きにやるとしようぜ。俺は見る、おまえは見ない。それでいいや」
 と言い残し、玄関へ向かって行った。


――続く




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