AWC 裏返ったパッチワーク<後>   永山


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#473/514 ●長編    *** コメント #472 ***
★タイトル (AZA     )  15/07/31  01:53  (279)
裏返ったパッチワーク<後>   永山
★内容                                         16/01/07 17:48 修正 第4版
 一ヶ月後、ミステリ評論家殺人事件は、まだ解決を見ていなかった。
 管轄内では、別の殺人が何件か発生し、捜査員の再編成を行わざるを得なく
なった。
「そういう訳で、主婦殺しの班に回されましたんで、お伝えに」
 天田の事務所に立ち寄った刑事は、軽い調子で用件を述べた。
「君が担当を外れたから、南北砕郎殺しは解かなくていいと? 私が難事件か
ら解放されて、ああよかったと安堵するとでも?」
「そんなことは言っちゃいませんよ。事実を伝えたまででして。ほんと、面倒
臭い質なんだから」
「私は名探偵・天田才蔵だ。名と誇りにかけて、解いてみせる。評論家殺しも、
その主婦殺しとやらもだ」
「まあ、元気になったようで何よりです」
「話してくれ」
「ミステリ評論家殺しなら、有村の奴、お気に入りの赤いシャツをなくしたと
かで、奥さんに当たり散らしていたとの報告が上がってましたね。それが、私
の知った情報の最後です」
「違う。今は先に、主婦殺しだ」
「え、主婦殺しの件ですか。確かに、天田さん好みの事件ではあるんだが、今
はミステリ評論家の方に集中してもらいたいのが、本音でして。あれには皆、
手こずっている」
「ならば、なおさら、私が努力せねばならないな。だが、その前に主婦殺しだ。
ウォーミングアップだ」
 主張が支離滅裂になってきた。刑事は密かに嘆息し、話すことに決めた。
「亡くなったのは、渡部愛(わたべあい)。二十歳で結婚し、今年で二年目。
第一発見者の夫・太一(たいち)との仲は良好。結婚生活序盤なんだから、そ
れが普通ですがね。事件が起きたのは日曜の日中、被害者宅にて。押し入った
形跡はなし。死因は絞殺で、死亡推定時刻は午前八時から十時までの二時間。
夫は会社の同僚と、朝早くからゴルフに出掛けていた。ゴルフのあとも同僚と
食事などをして、帰宅は午後六時三十分頃。そして、ここからが特徴的で……」
 言い淀む刑事に対し、天田は手を振って急かした。刑事は声を低め、しかし
親しげな口ぶりになって、続きを話す。
「現時点で全く公にされていないので、絶対に内密に願いますよ。実は、被害
者は絞め殺されたあと、鋸で切断されてた。頭や腕、足といった六つのの部分
に。ここまでなら、必要に応じて聞き込み時に漏らしてもよいとされてるんで
すが、さらに犯人は手を加えていた。遺体のパーツを利用して、机のような形
を作ったんです」
「机?」
 天田は眼前のテーブルに視線を落とし、次いで、自ら愛用のデスクを振り返
った。
「どんな形なのか、詳しく知りたいねえ」
「写真は見せられないので、言葉で説明しますと……家庭用の脚を折りたため
るテーブル、あれの脚の代わりに、切断した手足を宛がって、無理にバランス
を取ったような具合でした。頭部と胴体は、そのまま浴槽に放置されていた」
「そんな作業をやり遂げるのに、どのくらいの時間が掛かるんだろう?」
「ええっと、人体の構造を知る者が手際よくやれば一時間、そうでなくても二
時間あればできるだろうとの見立てが出てる」
「有力容疑者はもう? これだけ猟奇的な特徴があれば、絞り込むのは早そう
だ」
「それがまだでして。押し入った形跡がないからと言って、顔見知りの犯行と
は限らないようで。被害者と面識のない異常者が、善人面してうまく上がり込
んだんだとしたら、突き止めるのに時間が掛かります」
「……時間が掛かると聞いて思い付いたんだが、机にされた手足は当然、死後
硬直が進んでいたんだろう? 柔らかいままだと、机を支えられまい」
「ええ。家の中の気温がどのように変化したのかが特定できないので、完全に
正確だとは言えませんが、どんなに短くても死後十時間の経過は確実だと」
「犯罪者の心理として、おかしいんじゃないか。殺害後、十時間も現場に留ま
るなんて」
「なるほど、確かに。八時に殺されたとしても、十時間後と言えば午後六時。
夫の帰宅はその三十分後だから、きわどいタイミングです。犯人の逃走がちょ
っとでも遅れていたら、鉢合わせだ」
「いや、むしろ、夫が犯人とは考えられないか?」
「それはあり得ない。渡部太一のアリバイは完璧です。誰かを雇って代わりに
殺させた、なんて言わんでくださいよ。殺し屋がわざわざ遺体をばらばらにし
て、テーブルをこさえる意味なんてあるはずがない」
「うむ。しかし、それならば……渡部太一の犯歴や病歴、特に精神疾患の有無
を調べるべきだ」
「どういう狙いで?」
「太一が人間の死体を弄ぶ性癖の持ち主だとしたら、どうかな。これまでは空
想するだけだったが、事件の日はゴルフから帰宅して、思いも掛けず、妻の他
殺体と遭遇した。彼はすぐさま、己の妄想の実現に走った。遺体を鋸で分解し、
机をこしらえたあと、警察に通報した……。時間的に成り立ちそうなら、是非
とも調べるべきだ」
「待ってくださいよ、今当たりますから。――夫・太一の帰宅は、本人は六時
半を回った頃と証言しているが、他にそれを証明する者はなし。同僚らと別れ
た時刻から計算すると、小一時間ほど早く帰宅できる。太一自身は、書店で立
ち読みして時間を取ったと言っているが、確証はない。それから、通報があっ
たのは午後七時十分。六時半に帰宅したのが事実なら、四十分も後ですが、こ
のタイムラグについて、太一は『死んだ妻を見て、呆然としていた』と述べて
います。一応の筋は通っているものの、疑おうと思えば疑える」
「そら見ろ。帰宅が仮に五時四十分だとしたら、一時間半も使える。夫が妻の
遺体を分解し、机を作る時間はあったと言えるだろう」
 得意満面に語る天田。すっかり自信を取り戻したようだ。刑事も感心したよ
うに首を何度か縦に振り、「進言してみます」と答えた。
「でも、遺体で机をこしらえたのが夫だとして、殺したのは誰かという謎は残
る訳で」
「そっちの方は、まだ分からん。猟奇性のない、単なる絞殺だとしたら、交友
関係をまた一から調べ直す必要が出て来るんだろ? 私が推理能力を発揮する
のは、その調べた結果が出てからだ。いやー、それにしても久々に気分がよい」
 天田は声を上げて笑った。自信だけでなく、警察を自分の手駒のように思っ
ている、かつての尊大さも戻って来ていた。

 一週間後、刑事はまたまた天田の事務所を訪れていた。主婦殺しの容疑者が
絞り込めたのだ。
「まだ話を聴いたばかりで、内容を精査していません。部外者である天田さん
にお聞かせできる範囲で、録音データを持って来ましたから、一緒に聞いてく
ださい。データのコピーや貸し出しは不可なので、あしからず」
 刑事はレコーダーを取り出し、テーブルに置いた。
「容疑者リストに上がったのは三名。いずれも、渡部愛と同じ高校に通ってい
た同学年で、親しい間柄です。一人目は江浦阿左美(えうらあざみ)、大学生。
被害者とは小学校から同じで、クラスも一緒になることが多かった。ライバル
意識もあったが、進学先のレベルを競うはずが、渡部愛の方が結婚してしまっ
て、江浦に言わせれば拍子抜けしたとのこと。反面、羨ましくも思ったと。明
確な殺意は窺えないものの、長年に渡り、何かと競い合っていた二人だし、高
校卒業後もたまに会っていたという事実も鑑み、容疑者リストに入れてある次
第です」
 人物についてざっと説明すると、刑事は再生ボタンを押した。
『前に言いましたように、渡部さんと最後にあったのは、彼女が亡くなる八日
前です。ええ、土曜日。私の通う大学はとうに夏期休暇に入っていましたし、
私は就職活動をしていないので、いつでもよかったんですが、渡部さんの都合
のよい日がその土曜だったんです。特段、変わったところはなかったように見
えました。もちろん、誰かにつけられているとか、変な電話がかかってくると
いった話も聞いていません。訪問の理由を詳しく、ですか。旧交を温める、で
はいけません? 私は彼女の結婚生活に多少の興味はありましたけど、羨まし
いとか嫉妬とかではなく、今後の参考になると考えて、観察している気分でし
た。旦那さん? 彼女の夫とはあまり顔を合わせる機会はなかったですね。会
っても、挨拶程度で、すぐに自室に引っ込まれてしまう。暗い感じはなく、い
かにも公務員っていう印象。そう、感情を表に出さないところはある気がする。
ああいう夫なら、妻もやりやすいかもしれないけれど、他人の目のあるところ
とないところとでは違うでしょうし』
 話が脱線しつつある。刑事は少し早送りした。
『渡部さんが殺された日の行動、ですか。アリバイを聞くなんて、随分とスト
レートなんですね。かまいません。その日は、課題を片付けるために、大学の
友達と集まって、資料集めに走り回ってました。前日から集まって、泊まり掛
けでやりましたから、証人は大勢います』
 停止ボタンを押した刑事は、「江浦のアリバイは確かです。ただ、厳密を期
せば、資料調べのために図書館にいたときは、単独行動を取った時間が多かっ
たそうですから、すぐさま抜け出して、被害者宅に行き、犯行後飛んで帰れば、
間に合わなくはない。遺体を使った工作が殺人犯によるものでないなら、可能
です。問題は、江浦が車を運転できない事実。タクシーを利用したなら、犯行
の間、タクシーを被害者宅のすぐ近くに待たせておく必要が生じます」
「机上の空論に近いようだ。そんな慌ただしい行動を取れば、タクシー運転手
の印象にも強く残るだろう」
「捜査本部も同じ見方が大勢を占めています。まあ、江浦は念のためというこ
とで。次、二人目は新沼祥子(にいぬましょうこ)、やはり大学生。彼女は被
害者とは最近会っていなかったと言っています。中学が同じで、つるんで悪さ
をしたことがある、その程度のつながりです。悪さと言っても噂レベルで不明
確な点が多いんですが、当時同級生だった女生徒の自殺に、二人が絡んでいる
という……。ここからは噂をそのまま話しますよ。渡部と新沼の二人で、その
女生徒を泥棒に仕立て上げたっていうんです。動機は好きな男子に抜け駆けし
たとかなんとか、そういう類で。疑われた女生徒は大人しくてあまり弁の立つ
タイプじゃなかったからか、否定するばかりできちんとした反論ができずに、
追い詰められたようです。そして自宅のあるマンションの最上階から、飛び降
り自殺を」
「噂が事実だとして、新沼は渡部を殺す動機になるかなあ? 疑うのなら、そ
の自殺した生徒の親族や知り合いでは」
「女生徒の家族は事件後、北海道に引っ越してまして、今回の事件のアリバイ
も調べてはみましたが、皆、成立しました。新沼は就職活動中で、過去の悪い
噂を蒸し返されると、明らかにマイナスです。その口封じで、渡部を殺したの
ではないとの理屈ですよ」
 押された再生ボタンの乾いた音が、事務所内に小さく響いた。
『だから、会ってもいないし、愛から脅されてもいないから。スマホとかパソ
コンとか、全部調べたんでしょ? 全然、連絡を取り合ってないのが分かった
はずだけど? 脅されるかもしれないから、そうなる前に殺したんだろう、な
んてばかな話は言い出さないでよね。一度目んとき、あんなに丁寧に答えたの
に、何でまた疑うかなあ。私、こんなことしてる暇なんてないんですよ、本当
に。え? そりゃあ、中学のときのことは言わなかったけど、あれだって噂だ
けよ。私も愛も、クラスメートに濡れ衣を着せるなんて真似、やってません。
噂を信じたどこかの誰かが、正義感に駆られて愛を殺した、っていうんだった
らあるかもしれないわ。そうだとしたら、警察は私を警護すべきよ。次に狙わ
れるのは、私に違いなんだから』
 刑事は「このあと、しばらくはずっとこんな調子です」と言って、早送りし
た。
『アリバイはないわよ。前も言ったでしょ。あの日は身体を休めるために、一
人でマンションに籠もってたって。防犯カメラの映像で、出掛けてないことは
証明できないの?』
 ここで刑事が早口で付け足す。
「新沼の部屋があるマンションは、防犯カメラが何台か設置されているが、主
目的は、住人や訪問者の出入りの監視ではなく、公共スペースで何かトラブル
が起きたときの記録であるため、こっそり抜け出し、また戻ってくることは可
能でした」
『そもそも、私が彼女を殺すとして、何でそんな切断なんてすると思う訳? 
昔の友人を、切り刻んで、あんな風にするなんて、よほどの恨みがないとやん
ないわ。しんどいばっかりじゃない。口封じなら殺すだけで充分じゃないの。
血が飛び散るだろうから、着替えも持って行かなきゃならないし、体力使って、
お腹も空くかもしれない。ああ、食欲は減退するだろうから、問題ないか』
 刑事はレコーダーを停止した。
「こんな具合で、怪しいには怪しいが、殺人犯とするにはあっけらかんとして
いるというか、突き放した物の見方ができているというか」
「ふむ……まあ、最後の容疑者の分を聞いてみようじゃないか」
 刑事は促され、思わずボタンを押しそうになった。が、その前に、人物の説
明がある。
「最後は鶴川萌由(つるかわもゆ)。高校卒業と同時に、服屋に勤め始めてい
ます。私、行ってきたんですが、古着屋とオリジナル商品の販売を合わせたよ
うな店でした。鶴川は中学高校の頃から服飾に興味を持っていて、当時の趣味
というか特技は、パッチワーク。布の端切れで一つの布製品を作るんです。な
かなかの腕前らしく、鶴川の影響で、渡部愛もパッチワークをやるようになっ
たと。高校を出てからも、二人はたまに会っており、そのときの話題はだいた
いがパッチワークのことだったそうです。動機の方ですが、鶴川は店のオーナ
ーから出資を持ち掛けられて、お金を工面しようとしていた。最近、渡部愛に
もいくらかまとまった額を貸してくれるよう頼んだが、すげなく断られたとい
う経緯がありまして。現場から現金がなくなったかどうかは、夫の太一が金の
管理にほとんど噛んでいないこともあり、曖昧なんですが、もし金が持ち去ら
れていたとしても、大きな額じゃない。鶴川が求めていた額には及ばない」
「動機は弱いようだが、念のため、聞いておこうという訳か」
「その通りで」
 再生スタート。これまでの二人に比べると、子供っぽい声が流れてきた。
『仰る通り、あたしは渡部愛さんからお金を借りようとしました。けれども、
彼女は乗り気じゃなく、丁重にお断りになって、それでおしまい。お金のめど
はつかなくて、結局時間切れ。次の機会を待つことになったのよ。渡部愛さん
がなくなったときは、もう手遅れだったの。だから、あたしがあの人を殺して、
お金を奪っても、何の意味もないの。分かるでしょう、ねえ、刑事さん。それ
にさあ、最初に聞き込みに来られた刑事さんから聞いたけれども、バラバラ殺
人だったんでしょう? もしもあたしがお金のことで渡部愛さんを恨んだとし
ても、ばらばらにするなんて、絶対にない。無理、できないんだもの。自分が
怪我をして大量出血したのを見て、悲鳴を上げて倒れそうになったことがある
くらい。ばらばらな物なんて、パッチワークの端切れだけで充分よ。そうそう、
パッチワークで思い出したわ。渡部愛さんの応接間というのか、リビングかし
らないけれど、壁際の棚にあった作りさしのパッチワークが、見当たらなくな
ってた気がする。ひょっとしたら、犯人が盗んだのかも』
 刑事が、「パッチワークが欲しくて殺人というのは、ありそうにない」と苦
笑交じりにこぼした。
『事件のあった日曜日は、あたし、お店に出ていた。って、前にも言ったのに。
九時からだけど。九時より前は、一人だったし、知っている人とは出会わなか
ったわ。一時間あれば、距離的には間に合うっていうのも、前に聞かされた。
繰り返してどうしようっていうの? あたしはやっていない。自分の家から店
に向かっていた、そうとしか言えない』
 刑事は再生を停めると、機械をとりあえず手元に引き寄せた。
「鶴川はアリバイがないが、動機は弱いし、殺人をやってのけるには精神的に
幼い。犯人像に重ならないのではないかというのが、捜査本部の主流です。要
するに、我々の本命は新沼なんですが、決定打を欠くし、どこか違和感がある。
天田さんはどう思いますか」
「答える前に、もう一度、聞きたい箇所がある。貸してくれないか」
「いいですよ」
 レコーダーを渡す刑事。受け取った天田は、慣れた手つきで聞きたい箇所を
探し出した。
「――よし、ここだ。新沼祥子の発言に、こうある。『昔の友人を、切り刻ん
で、あんな風にするなんて』――これ、少しおかしいと思わないか? 遺体の
パーツが机にされていたって話、警察の外には漏れていないんだろ。なのに新
沼のこの発言は、殺されてばらばらにされたばかりか、それ以上のことをされ
たと解釈できる。違う? ばらばらに切断されたとしか知らないのであれば、
きっとこうなるはず。『昔の友人を、あんな風に切り刻むなんて』と」
「言われてみると……」
 刑事は急いで手帳を開き、今の天田の話を書き取った。

「天田さん、またです。またもや雲行きが怪しい」
 刑事が入ってくるなり、その苦虫を噛み潰したような表情が確認できた。
「まただと? またとはどういう意味だ」
「だから、あなたの推理はまたも外れていたみたいだってこと。遺体をばらば
らに切断後、机に仕立てたのは旦那の太一だったが、そこ以外は大外れ」
 天田のみならず、刑事も苛立ちが募っているのか、言葉のやり取りにとげと
粗暴さが色濃い。
「どこが違うのか、教えてもらおうじゃないか)
「単純も単純。あの一文で犯人と決め付けるには、弱い。新沼祥子に、『そん
な意味で言ったんじゃないわ』と否定されては、そこから先、攻め手を欠く。
それにね、天田さん。こんな意見が捜査員から出たんでさ。鶴川の発言『ばら
ばらな物なんて、パッチワークの端切れだけで充分』ていうのは、死体がばら
ばらなことだけでなく、そのパーツを使って別の物を作ることを示唆してるん
じゃないかと。パッチワークは、ばらばらの端切れをつなげ、再構築してでき
あがるんだから」
「牽強付会だっ」
「それを言うなら、天田さんの推理も、似たり寄ったりのそしりは免れない」
 刑事と探偵は、しばらく言い合いを続けた。無論、事件の捜査は全く進展し
なかった。

           *           *

 それからさらに一ヶ月後。事件は急転直下、解決を見た。
 犯人として逮捕されたのは、有村吉男だった。
 そう、南北砕郎を殺したのは彼で、事件当夜の行動は、天田らが推測したも
のと、大きな違いはなかった。
 そしてもう一人、有村吉男は渡部愛をも殺害していた。
 何故か?
 警察の調べにより、有村吉男の妻と、渡部愛とは面識があった。親しい仲で、
有村の妻は不要になった服を渡部にそっくりそのままあげるほどだった。
 有村自身は渡部とは一面識もなかったのだが、妻がある服を渡部愛に譲った
と知って、大いに慌てた。南北砕郎を殺害したときに着ていた、お気に入りの
赤シャツだ。そのシャツは目立たぬ程度に、南北の返り血を浴びていた。洗濯
したぐらいでは落ちないと思った有村は、シャツを処分するつもりで、ごみの
袋に放り込んだ。ところがそれを見付けた妻は、もったいないと考え、渡部愛
に譲ることにしたのだ。
 有村の妻は、南北砕郎が殺された晩、夫が怪しげな行動を取ったのを承知の
上で、警察には偽証したが、まさか本当に夫が殺人犯だとは思いも寄らなかっ
た。
 その話を事後、妻から聞いた有村は内心、慌てたに違いない。何かの拍子に
赤シャツが警察の目にとまったら、危ない。たとえそうならなくても、渡部が
気付く可能性はかなり高そうだ。どうすればいい――緊急事態に、ない知恵を
絞った結果、有村吉男が選んだのは、二度目の殺人だったのである。

――終わり




元文書 #472 裏返ったパッチワーク<前>   永山
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