AWC お題>行楽>そばいる(後)   寺嶋公香


        
#466/598 ●長編    *** コメント #465 ***
★タイトル (AZA     )  14/10/18  00:03  (283)
お題>行楽>そばいる(後)   寺嶋公香
★内容

 温水プールは建物の中にあった。でも、天井がガラス張りなので、太陽の光
がどんどん降り注ぐ。室温は、外よりも暑くなっているかもしれない。事実、
今日の水温設定は温水レベルではないようだった。
「温泉地の温水プールだから、期待していなかったけどさ」
 勝馬が湯船に浸かり、基、プール槽に入ったところで言った。屋内施設を見
回しながら続ける。
「銭湯っぽいのに、滑り台があるのはミスマッチだけど、面白いかも」
 彼の言う通り、片隅には滑り台があった。無論、大きな物ではない。高さは
公園に設定されているのと同等ぐらいだろう。ただし、滑る長さは結構ある。
目算で、約十五メートル。それにしては傾斜が緩やかだが、表面を水が激しく
流れており、この水流に乗ればそこそこスピードが出そうだ。
「貸し切り状態だし、今の内にばかみたいに滑っておくか」
 早速、唐沢が滑り台に向かった。途端に、「お!?」と声を上げる。滑り台
の向こうに何か見付けたようだ。
「何かあった?」
「ボールをいっぱい浮かべたプールがある。――浅い。幼児用かな。おっ。こ
の滑り台、プラスチックかゴムみたいな感触だ」
「怪我防止だろうね」
 相羽はそう意見を述べると、意識的に呼吸して、胸を膨らませた。それから
少し息を吐き、五十メートルプールの端から、クロールでゆっくりと泳ぎ出す。
勝馬も平泳ぎで続いた。
「女子、遅いな〜」
 勝馬の呟きに、唐沢は「予想できたが確かに」と応えてから、滑り台使用第
一号になる。
「お、わ」
 意味のない言葉を残し、滑っていく。思った以上に速い。あっという間に飛
び出し口に達し、さらに水の中を流される。
「――はは、こりゃいい。意外と迫力あった。まるで花屋敷のジェットコース
ターだ」
「まじ? 俺もやる」
 途中で泳ぎをやめ、引き返す勝馬。相羽は五十メートルを泳ぎ切ってから、
滑り台の方を振り向いた。
 滑ってきた勝馬と、待ち構える唐沢がぶつかりそうなのを、どうにか回避し
ていた。それだけでも危うい感じがなくもないが、次に唐沢が、立ったまま滑
ろうとするのを見て、相羽はつい声を上げた。
「おまえら、怪我するなよっ」
「大丈夫だって。擦り傷ぐらいはあるかもだが、怪我の内に入らん」
「……言いたくないけど、招待されて来てることを忘れずに」
 相羽がことさら真面目な調子で注意すると、唐沢と勝馬は目を見合わせた。
「ふむ。涼原さんに迷惑を掛けることになるかもしれないってか」
「それは本意ではないな」
 急に大人しくなる二人を目の当たりにして、相羽は急いで付け足した。
「ほどよいところで頼むってこと。万が一、その滑り台を普通に使って事故が
起きやすいのなら、それを伝えた方がためになるだろうし」
 そうして、折り返しを泳ぎ始める。今度は全力でバタフライだ。
 元いた地点に着くと、唐沢の姿がない。勝馬に聞くと、「ボールを拾ってる」
という返事。
「幼児用プールのボール? どうする気なんだ」
 上がろうと、プールサイドに腕をついて力を入れる。水から下半身を引き抜
いた瞬間、頭に極々軽い衝撃が。
「あ」
 再び水中に没してしまった。水面を見上げると、赤や黄色のボールが浮かん
でいた。
「投げるの禁止――ってなってないか?」
 怒鳴ろうとして、途中でやめた。全然痛くなかったし、プール施設に使われ
ている物で、ボールが当たって壊れそうな物は見当たらない。ガラスも強化タ
イプだ。
「ええっと、あ、あった。こっちのプールだけでお使いください、だってさ」
「やっぱり、投げるなよ」
 ボール二つを拾って、改めてプールから上がる。幼児用プールにボールを戻
したところで、ドアの向こうより黄色い声が流れ込んできた。磨りガラス越し
なのではっきりとは見えないが、女子三人が来たのは間違いない。
「さっすが、涼原さん。悔しいけど負けるわ」
 白沼の声。珍しく、素直に純子を誉めている模様。さらに感想が続く。
「それにしても昔に比べて、随分大胆になったわねえ。芸能界にいると変わる
のかしら?」
 これに被せるようにして、町田の声が一際大きく聞こえた。
「ほんとほんと。まさか、純子が貝がらの水着だなんて! いやーびっくりだ
わ」
 え。
 ガラス戸のこちら側にいた男子三人は、耳を疑い、それから次に互いの顔を
見た。
 否、見合わせたのは相羽と勝馬だけ。唐沢はドアの方に走り出していた。滑
って転ばないように、よちよちとペンギンみたいな走りだが。
 今この瞬間の、男子三人それぞれの脳内を記してみると、次のようになるだ
ろう。
  何が何だか分からないけど想像してどぎまぎ――勝馬。
  想像してみて本当のところを察した――相羽。
  とにかく一刻も早く見てみたい――唐沢。
 本能のままに動いた唐沢が辿り着くよりも早く、ドアは横にスライドした。
思わず、バランスを崩しそうになる唐沢だったが、中腰でどうにか踏ん張った。
 そこへ、町田と白沼に押されるようにして、純子が銭湯で入ってくる。
「――あれ?」
 床に向いていた目線を起こした唐沢は、意味が理解できず、ぽかんとした。
 純子が着ていたのは、白地に何か細かなデザインを施したワンピースの水着
だった。
「……唐沢君」
 純子は口元を覆った。明らかに、笑いを堪えていた。
「あーあ、予想通りの行動取ってくれちゃって」
 あとから来た町田も、呆れつつも笑っている。彼女の水着は、遠目には黒に
見える、深緑のワンピース。ショルダーの小さなフリルがアクセントだ。
 その左隣に立つ白沼は腰に両手首を当て、これ見よがしに嘆息した。ちなみ
に水着はやはりワンピースで、斜めのラインで区切って水色とピンクを配して
いる。先の二人に比べると、胸元や背中のカットが大胆である。
「唐沢君、あなたが町田さんにどれだけ知られているかが、ようく分かったわ」
「えーと。いっぺんに色々言われても、こっちは何が何やらさっぱり。まずは
……すっずはらさん! その水着、どうしたのさ?」
「え、これ。この夏用に買ったんだけど、似合わない?」
「いや、似合うけど。じゃなくて、さっき、芙美のやつが貝殻って。――まさ
かおまえ、俺をだますために嘘を?」
 話す相手を町田に転じ、唐沢は声を荒げた。しかし、町田は涼しい顔だ。
「嘘なんてついてませんよーだ」
 舌先を覗かせ、きつく言い返す。唐沢がさらに言い返そうとしたところで、
相羽が助け船?を出した。
「唐沢の早とちりだよ。今回は負けをさっさと認めて、白旗を掲げないと。傷
口が広がる」
「ど、どういう意味だ?」
「町田さんは『貝がらの水着』とは言った。でも、『貝殻』じゃあないってこ
と」
「ん?」
 相羽の説明を音声で聞いても、一発で理解するのは難しい。
「純子ちゃんの水着をよく見れば分かる……あんまりじろじろ見てほしくない
が」
 後半は小声でぼそっと付け足す。
 ともかく、言われた通り、唐沢はじーっと目を細め、純子の水着をよく見た。
そして不意に声を上げた。
「あ! 貝の柄ってか!」
 手のひらを額に当て、絵に描いたような「やられた」ポーズを取った。と、
やおら、お腹を抱えて笑い出した。
「参った、参りました。よく考え付くな〜。まさか、このためだけに、涼原さ
んにこの水着を持ってこさせたんじゃないだろ?」
「ばかね、そこまで用意周到じゃないわよ。さっき見て、思い付いたの」
「だよな。それに引っ掛かるなんて、俺の立場が」
 頭を抱えてみせる唐沢に、白沼が追い打ちを掛けた。
「立場というより、性格でしょうね」
 さて、唐沢達のやり取りは放って、相羽は純子に歩み寄り、手をさしのべた。
 純子も手を出しつつ、「ど、どうかな、この水着」と聞いてみた。
「似合ってる。すぐにでも一緒に泳ぎたい」
「よかった」
 ほっとして、胸をなで下ろす。そのとき、相羽が「でもその前に」と言った。
「?」
「準備運動、付き合うよ」
 相羽は純子の手を引き、まだわいわいやっている町田や唐沢達から距離を取
った。

 心地よい疲労感がある。身を委ねると、そのまま眠ってしまいそう。
「いただきます」
 みんなのかけ声で、純子は睡魔の深淵から引き戻された。遅れて「いただき
ます」と唱え、箸と茶碗を手に取る。
 夕食の席は、高校生だけによる女五対男四で、長テーブルに着いた。一人欠
けたフィーリングカップル番組状態だ。杉本とガイドの保谷は、別のテーブル
で摂る。彼らはアルコール込みだ。
(うん、おいしい。でも眠いなぁ)
 仕事明けのせいか、疲れが溜まっている。あまり意識していなかったが、プ
ールで遊んだあと、今や明確な自覚があった。寝ていいよと言われたらいつで
もどこでも眠れる。食事は焼きしゃぶがメインディッシュで、自分で焼く必要
があるのだが、最初の一切れを焼いて口に運んだきりになっていた。他のおか
ずとご飯を、自動的めいた動作で交互に食べてる。
「もー、純ちゃん危ないよ。顔焼いちゃうよ」
 隣の席の富井が甲高い声で注意してくれて、目がぱっちり開く。顔を焼くは
さすがに大げさだが、熱を頬で感じた。
 反対の隣側からは、二本の腕が伸びてきている。見ると、井口が、万が一に
備えて支えようとしてくれていた。
「ご、ごめん。ありがとう。もう大丈夫」
 頭をぶるぶる振って、がんばって目を開ける。箸を持ったまま、ぎゅっと握
り拳を作った。
「さっきから、頭が揺れてたよ。無理しない方が」
 町田からも心配げな声を掛けられた。彼女の正面に座る唐沢が言葉をつなぐ。
「そうそう。眠たいなら、部屋できっちり寝ればいい。食事はあとでも食べら
れるだろ、多分」
「でもこのあと、余興が用意されてるって」
 ガイドの説明によると、パフォーマー二名を呼んでいるそうだ。ともに地元
縁の人だが、活動拠点は東京で、故に今日は余興のために来たことになる。
「――相羽君。この頑固な主賓さんには、あなたが言わないとだめみたいよ」
 白沼が唐突に相羽の名を呼んだ。目をしばたたかせ、暫時、戸惑った相羽だ
ったが、すぐに察した。音を立てて椅子から離れると、長テーブルをぐるりと
回って、純子のところへ来た。
「行こう。拒むのなら――お姫様だっこしてでも連れて行く」
「……うん」
 人の目がなければだっこもいいかも。そんな想いがよぎったのは内緒だ。純
子は立ち上がると、マネージャーの杉本に一言断ってから、相羽と一緒に食堂
を出た。

「眠気の他には、何もない? だるさや頭痛、のど痛とか」
「うん、平気」
 不思議なもので、部屋に戻り、布団に入って落ち着くと、眠気が和らいだよ
うだ。しっかり覚醒したとまでは行かなくても、このまま残されるのは寂しく
感じる。
「電気はどうしようか?」
 電灯のスイッチである紐に指を掛けた相羽。その顔を、純子は下から見つめ
る格好になる。
「点けたままで、しばらくいてほしい……」
「いていいの?」
「話し相手になってほしい。その内寝たら――ごめんなさい」
 口元を薄手の毛布で隠し、お願いをする純子。
「お安いご用。眠るところを見届けた方が、安心できるし」
「……私が寝たら、すぐに出て」
「はいはい」
 返事は素直だが、表情がわずかに笑っているように見えて、不安に駆られる。
だが、気にしてもどうしようもない。
「どんな話をご所望ですか、お姫様」
「だからお姫様じゃないってば。……みんな、楽しんでるかな?」
「と思うよ。プールはあの通りだったし、名所巡りの方も、満足していたみた
いだった。富井さんや井口さんだけじゃなく、鳥越も天文に関係のある史跡を
見ることができたとかで、喜んでいた」
「それなら……よかった」
「他人の反応を気にするの、ほどほどにしないと、精神的に疲れるでしょ」
「そんなことないと思ってたけど、今の状況じゃ言えないなぁ」
 毛布を被ったまま、純子は大きくのびをした。所々、こっている気がする。
「骨休めに来て、心配掛けて、ごめんね」
「謝ることじゃないからさ。一生懸命、骨休めしなよ。この機会を逃したら、
また忙しくなるんだろ」
「そうする」
「……僕がいない場でも、周りの人の言うことをよく聞いて、よく考えて判断
する。がんばりすぎない。いい?」
「……はい」
 かみしめるような返事になったのには、わけがある。思い出してしまったか
ら。この旅行の間くらい忘れていようと努めていたし、他のみんなも触れない
でいた。が、当の相羽からそれを示唆するような話をされては、思い起こさず
にいられない。
(留学、するんだよね、もうすぐ)
 旅行から帰れば、準備に追われる時期に入る。無理をして旅行に参加したの
は、相羽も同じかもしれない。
「あは」
 多少、努力して笑顔を作った純子。相羽が不思議そうに、どうかしたの?と
尋ねてくる。覗き込もうとする相手に、純子は笑みを保ったまま答えた。
「最後の言葉はそっくりそのまま、相羽君に言いたいわ。がんばりすぎないで」
「うん。じゃあ、がんばるとするよ」
 相羽も同じ笑みで返した。

 目が覚めると、午後七時四十五分だった。相羽とのおしゃべりを差し引いて、
多分一時間強、眠ったことになる。お腹の空き具合は微妙だったが、余興のこ
とを思い出し、食堂に向かう。近付くにつれ、にぎやかさが増す。歓声だ。ま
だ余興は終わっていないらしい。
 邪魔にならないよう、そろりそろりとドアを開け、途中で止める。様子を窺
うと、食堂の上手にちょっとしたステージがこしらえられ、そこで若そうだが
白髪だか銀髪をした男性が、マジックらしき出し物を演じているのが見えた。
かなり巧みなようで、みんな集中して見ている。
 どうしよう。一区切り着くまで、ここで待っていようか。そんなことを考え
ていると、
「――ほ?」
 いきなり目の前に現れたのはピエロ。クラウンと表現すべきか。「ほ」の発
音の口をしたまま、純子をじろじろ、オーバーなジェスチャーで上から下から
観察する。
 この人がもう一人のパフォーマーなんだとは見当がついたものの、どうして
いいのやら分からない。戸惑っていると、手を引かれた。赤い白粉で分厚い唇
を描いたクラウンは「しーしー」と発声して、マジシャンを含めたみんなを注
目させた。
「お。おはよう」
「早く見なよ。結構凄いから」
 友達はそう言うのだが、クラウンが手を離してくれない。あれよあれよと、
押し出されるようにして舞台へ。
「遅刻した罰として、お手伝いをお願いします」
 デリー飯富(いいとみ)と自己紹介したマジシャンは、ダンディな声で告げ
た。そこから三連続でカードマジックの手伝いをしたのだが、確かに凄いレベ
ルだった。トランプにした自分のサインが自在に動いて、こすり合わせた別の
カードに移る。サインしたカードをトランプの山に入れてどこにあるか分から
なくしても、一枚選べば必ずそのサインカードが出てくる。そして、サインし
たカードが消えたかと思うと、密閉したボトルの中に現れてフィニッシュ。
「お礼にそのボトルは差し上げます。あ、種が気になると思いますが、中身は
お酒なので、開けるのは大人になってからにしてください」
 両手に収まるサイズの角瓶と、マジシャンの顔を交互に見ながら、純子は礼
を述べた。
 これで解放されるかと思ったら、クラウンに制された。まだ緊張を解いては
いけないらしい。
 クラウンはジェスチャーで、腕時計を見る仕種を繰り返す。
 するとマジシャンの飯富が、ぽんと手を打ち、「忘れるところでした。杉本
さんからお借りしたままの腕時計をお返ししなければ」と言う。純子を除いた
観客は全員、状況を理解している。恐らく、杉本から腕時計を貸りて何らかの
マジックをやり、時計がどこかへ行ってしまっているのだ。それをこれから出
現させようということに違いない。
「どうやら、杉本さんの腕時計はマネージャーの魂が乗り移ったようですね。
タレントさんが心配で、部屋まで様子を見に行っていたようですよ」
 そんな口上から、飯富は純子からボトルを一旦預かると、左肩に手を乗せて
きた。
「すみませんが、腕をゆっくりと持ち上げてもらえますか。皆さんに、左手首
がよく見えるように」
「――えっ、これ」
 薄手のカーディガンの袖をまくると、腕時計が填めてあった。
「全然気付いてなかった?」
「は、はい」
「いいマネージャーさんですね。あなたのことを常に見守っている。あ、あな
たの年頃なら、彼氏さんの方がいいでしょうかね」
「それは……」
「ま、腕時計は杉本さんに返してあげてくださいね」
 促されて、腕時計を外す。すると。
「これ……シール?」
 文字盤の裏に、黄色地のシールが貼ってあり、そこには相羽の文字でこう書
いてあった。
<僕が一番近く、そばにいるから>

――おわり




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