AWC 土と士 <下>   永山


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#464/598 ●長編    *** コメント #463 ***
★タイトル (AZA     )  14/09/29  01:11  (123)
土と士 <下>   永山
★内容                                         16/12/07 04:30 修正 第3版
「な……何を云い出すんですか、先輩? 僕は僕ですよ。百田充です」
「確かに、僕の知っている百田君とよく似ている。だが、微妙な差異を感じて
いたのだよ。それでも気のせいかと、百田君の自宅に電話をして確認したかっ
たんだが、ちょうど家族が旅行中だという話を思い出した。そこで、僕は一計
を案じ、君が百田君であるかどうかを判断した。少し前にその答えは出ていた
んだ。君は百田充ではない」
「莫迦々々しい。僕は百田です。どんな根拠があって、そんな言い掛かりを?」
「君が百田君なら、今日この部屋に来た瞬間に、おかしなことに気付かなけれ
ばならない」
「……おかしいって、部屋の模様替えでもしたんですか。そんなの、気付かな
くたって不思議じゃありませんし、いちいち指摘するほどでもないでしょう」
 僕の力ない反論。名探偵はとどめを刺した。
「君は彼女を誰だと思っているんだい?」
 十文字先輩は身体の前で両腕を開き、この部屋の主を示した。だれって、彼
女は一ノ瀬和葉……。
「まさか――あの人は、一ノ瀬和葉ではない?」
 やっと。やっと分かった。そうか。いや、しかし。
「そうだよ。知り合いに代理を頼んだんだ」
「だ、だけど、彼女は同じクラスにいた。写真も確かめた」
「写真? もしかすると、百田君になりすますために、彼と親しい人物に関す
る個人情報を得るべく、学校のサーバーに不正アクセスしたのかな。それなら
思惑通りだ」
 勝ち誇る高校生探偵。口調は変わっていないはずなのに、“上から目線”を
感じる。
「一ノ瀬君の写真は、一ノ瀬君自身の茶目っ気で、他人の写真とすり替えてあ
るんだ。複数回クリックすれば、当人の写真が表れるように細工してあるそう
だが、実際の仕掛けはまだ見たことがないから分からない」
「で、でも、彼女は」
 と、一ノ瀬和葉だと思っていた女生徒を指差す。彼女は椅子から腰を上げ、
手には何やら長い物を握りしめていた。
「金曜の一日だけだが、クラスに潜り込んだとき、いた。確か、一ノ瀬と名乗
っていた……気がする」
「違う」
 くだんの女生徒が声を発した。さっき、訪問時に出迎えてくれたときの声と
は全く異なり、酷く冷たく響く。
「それは貴様の思い込みに過ぎない。あの時点で、一ノ瀬さんになりすます訳
がないであろう。十文字さんが貴様に違和感を覚えたのは、あの日の放課後、
会ってからなんだからな」
「……十文字探偵に今、協力しているからには、百田充ともかなり親しいはず。
なのに、事前に調べたときは分からなかった。誰なんです?」
「――十文字さん、答える必要がありますか?」
「別に答えなくていい。逆に、僕らがこいつを問い質さなければならない。口
を割らないようなら、手荒な真似をしてもかまわない。任せるよ」
 十文字先輩は僕の真正面に立ったまま、プレッシャーを掛けてきた。こっち
は腰を上げられない。
「聞きたいことはたくさんあるが、何をおいても最初はこれだ。百田充君をど
こへやった? 無事でないのならただじゃおかない」

           *           *

 あとから聞いたところによると、無理矢理摂取させられた眠り薬とアルコー
ルが身体から抜け切るまで、丸二日ほどかかったそうだ。
 実際にはもう少し早い段階で、意識ははっきりしていたつもりなのだけれど、
所々で記憶が飛んでいる。大小ままざまな穴が開いたボードで、向こうの景色
を見ようとするのに似ているかも。
「とにかく無事でよかった。何よりだな、百田君」
 十文字先輩は退院の日に合わせて来てくれた。僕自身が密かに期待していた
音無の姿はなく、代わりに一ノ瀬を連れていた。
「命に別状はなかったという意味で無事ですけど、小さい怪我ならしたんです
よ。それに加えて、両親から大目玉を食らいそうですし」
「うん? 何故だ? 君のご両親は心配こそすれ、怒ることはないだろう。探
偵の手伝いなんてやめろとでも?」
「いや、事件に関してはごまかせるかもしれません。まだ伝わっていませんか
ら。伝わってないからこそ、のんきに旅行日程を最後まで消化してるんです。
ただ、僕は自宅を長い間留守にしていて、そのことを親は知ってるんですよ。
家の電話に出なかったから」
「そこは正直に話すべきだ。隠しておいて、あとで真実が伝わったら、それこ
そ探偵活動はお預けになりかねないぞ。そうなったら、とりあえず僕が困る」
「……考えておきます。もし旗色が悪くなりそうだったら、先輩、助け船をお
願いしますよ」
 十文字先輩は笑いながら快諾した。
「ところで、僕を騙っていた奴、結局は何者だったんですか」
「あ、それがあったな。幸い、正体がばれたあとは素直な奴で、積極的に供述
しているよ。細部に不明な点はいくつか残るが、おおよそ判明した。まず……
あいつは僕の中学時代の同学年で、同じパズル研究会に入っていた。入会は僕
の方が先だったし、僕にとって彼はライバルには値しないと判断したから、あ
まり記憶に残っていない。その上、君そっくりに整形していたせいで、すぐに
は見抜けなかったよ」
「全く……。そいつ、何て名前です?」
「千房有敏(ちぼうありとし)という。僕は全く認識してなかったんだが、千
房は僕を打ち負かしたいとずっと以前から考えていたらしい。だが、在学中に
は願い叶わず、中学卒業後、働きながら機会を窺っていたようだね。そして七
日市学園内で殺人事件が起きたと知るや、計画をまとめたようだ。僕に失敗さ
せる、ただそれだけのために、顔を変え、君になりすました」
 病的な執着を感じた僕は、思わず肌をさすった。薄気味悪い感覚を払拭しよ
うと、質問をした。
「失敗させようというのは、真犯人を知っていて、その真実から先輩の推理が
遠ざかるように誘導していたと?」
「いや、万丈目殺しや拓村殺しの真実を知っているというんじゃないらしい。
ただひたすら攪乱を狙ったと云っている。無論、裏付けが必要だが、例のコン
プレッサーの用途について全く知らないようであるし。
 引っ掛かるとすれば、千房の犯行自体が、遊戯的な匂いを纏っている点だな。
人を殺してこそいないが、タイプとしては瀧村や万丈目に近いと云えそうだ。
だから、千房こそが瀧村殺害犯である可能性は、ゼロとはしない。遊戯的犯罪
を好むグループが存在するとして、そのグループ内での粛正行為かもしれない
からね。一方で、千房の証言を信じるなら、万丈目殺しは千房の仕業ではなく
なる。この辺り、整合性の取れた説明が付くかどうか……今後の捜査待ちかな」
「もし万が一、目的を達していたら、千房って奴はどうしたんでしょう? 僕
を生かしていたのだから、また元に戻る気だったんでしょうけど、僕は襲われ
た記憶があるんだし、簡単にはいかないに決まってる」
「記憶喪失にでもするつもりだったのかねえ。まあ、詰めが甘いというか、行
き当たりばったりな面もある犯罪者だよ、あいつは。何せ、百田君になりすま
そうというのに、音無君の存在を全く察知していなかったんだから」
「……」
 僕が音無を好きだというデータは、学校の個人情報には記載されていまい。
「剣豪さんの名前が出たところで、思い出した!」
 珍しく静かにしていた一ノ瀬だったが、それを帳消しにするくらいの大声を
突然発した。
「充っち〜、もっと入院が長引けば、お見舞いとして渡すつもりだったお宝が
あるんだけど……見たい?」
 勿体ぶった云い回しで、明らかに楽しんでいる一ノ瀬。僕は手のひらを上に
向けて、右手をまっすぐ前に出した。
「くれ。お見舞いには間に合わなくても、退院祝いがある」
「分かったよん。でも持って来なかったから、あとで渡すね。映像と音声、楽
しめるはず」
「映像と音声? まずます気になるじゃないか」
 着替えを詰めたバッグを振り、不満をあらわにする。
 と、ここでも一ノ瀬は珍しい反応をした。どうした風の吹き回しか、教えて
くれたのだ。
「ふっふっふ。掛け値なしのお宝映像ですにゃん。何しろ、あの剣豪・音無さ
んが、語尾に『にゃん』と付けて喋ってるんだからっ」

――終




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