AWC love fool 15 つきかげ


        
#448/598 ●長編    *** コメント #447 ***
★タイトル (CWM     )  13/11/22  00:41  (128)
love fool 15     つきかげ
★内容
第四幕

其の一

昼間でもなお、深夜の闇を内に湛えたその密林を、漆黒のボディを持つドゥカティ
を駆ってそのおとこが村にたどりついた時には、既に夜が開けつつあった。
危険な夜の密林を夜通し駆け抜けるような豪胆さを持つおとこであったが、凄烈な
朝日に晒されたその村を見た瞬間ぞっとするものを感じる。
静かで、あった。
ドゥカティのエンジンを切ったとたん、耳が痺れるような静寂が降りてくる。
革のスーツに身を包んだ若い獣のようなおとこは、深夜のように静まりかえった村
の中へと足を踏み入れた。
原色の緑が支配した密林から村へ入ると、そこの建物の白さや砂利の敷き詰められ
た街路の白さが、目に突き刺さってくる。
そして、その白さを貫くように赤い河が流れていた。
いや。
おとこは、整った顔に少し困惑したような表情を浮かべ、眉をよせる。
その赤い河に流れているのは、血であった。
おそらく何百ものひとが流した血が街路へと流れ込み、血の河となっているのだ。
おとこは死の匂いが濃厚にたちこめている村の奥へと、足を踏み出す。
白い石作りの建物が作り上げた村の中を、深紅の河が赤い蛇のようにその身をくね
らせながら、流れている。
おとこは、その赤い河を遡ってゆく。
あまりに濃厚な死の気配に毒気をあてられたせいで、無意識の内に腰に吊るしたコ
ルト・パイソンの銃把に手をあてていたが。
その村の中には、まったく動くものの気配を感じない。
一切の生あるものの気配を、おとこが感じることはなかった。
ただじりじりと昇りつつある太陽の下で、次第に濃くなってゆく死の匂いがおとこ
のこころを掻き乱す。
村の中心へと、向かうにつれ。
死体が道端に転がっているのを、見ることとなった。
おとこの死体。
おんなの死体。
子供の死体。
老人の死体。
そして、若者の死体。
死体の数は、どんどん増えてゆく。
そこで行われた虐殺が、全くの無差別に行われたであろうことは、たやすく想像で
きた。
あらゆる年齢の死体があり、おとこもおんなも同じくらいに、殺されている。
死体の様子を見ると、おそらく拳銃弾を何発も撃ち込まれて死んだようだ。
多分、マシンガンを無差別に乱射したのだろう。
やがて村の中心にある、教会が見えてきた。
高い塔を持ったその教会もまた、白い石で作られているため、それは大きな墓標の
ようにも見える。
深紅の河は、その雪を固めたように白い教会から、流れているようだ。
その教会の回りには、少し種類の違う死体が転がっている。
それらは、武装したおとこたちの死体であった。
迷彩服を身に付け、マシンガンを手にしたまま死んでいる。
そのまわりには、金色に光る薬筴が撒き散らされていた。
武装したおとこたちは、そこでマシンガンを乱射して虐殺をおこなったのであろう
が。
おとこたちもまた、その場で撃ち殺されていた。
それも、とても無惨な死に様をさらしている。
それを見たおとこは、その整った顔を、少し嫌悪に歪めた。
腕が契れ、胴が内蔵を撒き散らし、吹き飛ばされた足が転がる。
おそらく、猛獣狩り用の大口径マグナムライフルの銃弾が使われたのであろう。
武装したおとこたちは、地獄に堕ちた亡者のように、苦悶の表情を浮かべながら死
んでいる。
こんな無惨な殺し方をするものに、おとこはひとりこころあたりがあった。
そして、教会の入り口近くに深紅のボディと黄金色のホイールを持つ、獰猛な獣の
ようなバイクを見いだし、自分の求めたおとこがそこに居ることを確信する。
そのバイクは、MVアグスタ・ブルターレ・セリエオーロであり、彼の友が乗るも
のと同じ車種であった。
おとこは、ホルスターに納めたままのリボルバーに手をかけて、大きな教会の扉を
開く。
洞窟のように薄暗い教会もまた、死の静寂に満ちていた。
いたるところに、破壊された死体がある。
マシンガンを構えた、おとこたちがその身体を大口径マグナムの銃弾に破壊され、
苦悶の末死んでいた。
薄闇の中でも、壁にぶちまけられた赤い血は、はっきりと見える。
そしてその教会の最奥には、白く輝く十字架があった。
それはあたかも、巨人の骸骨のように、真白く聳えている。
塔の上部にある天窓から、金色の糸のような朝日が白い十字架へ向かって、降りて
きていた。
そしてその十字架の下、金色の朝日が降りてきたその場所に、そのおとこは横たわ
っている。
そのおとこが死んでいないことは、砂漠の色をしたポンチョの胸が微かに上下して
いることで判った。
その顔は半ばをテンガロンハットで隠されていたが、花びらのような唇は吐息を吐
いているのが判る。
パイソンを腰に吊るしたおとこは、横たわったおとこへ声をかけた。
「おい、ロミオ。いつまで寝ているつもりだ」
ロミオはその声に、テンガロンハットの下から鬼火のような輝きを放つ瞳を覗かせ、
ポンチョの隙間から巨大なリボルビングオートマチックを突きだすと、地の底から
響くような声で応える。
「おれはもう十分殺したぞ。この上、まだ死体を重ねさせようと言うのか」
「おいおい」
苦笑しながら、おとこが応える。
「おれだ、ロミオ。ベンヴォーリオだ」
その声に、ロミオは立ち上がる。
「何事だ、友よ。地獄へ半歩足を踏み入れたこのおれに、わざわざ会いに来るとは」
ベンヴォーリオは、暗い笑いを見せる。
「半歩だと。もう、手が届かぬほど深く沈んでいるようにしか、おれには見えんが。
まあいい。ロミオ、よくない知らせを持ってきた」
ロミオはおんなであれば、だれであろうとこころを蕩けさせるような美貌に笑みを
浮かべた。
「地獄に沈んでなお、よくない知らせを聞くはめになるとはな」
「まあ、聞け。おまえのおんな、ジュリエットがな。結婚することになった」
一瞬、ベンヴォーリオは目の前で焔が燃え盛ったような気を感じたが、それは極寒
の冷気に転じロミオの昏い瞳に封じられた。
ロミオは、仮面のような無表情になり、蒼ざめた唇に煙草をくわえ火を点ける。
その火の光を受け、テンガロンハットの下で瞳が明けの明星のように輝いた。
「で、おれの妻は誰と結婚するんだ」
「パリスだよ」
ベンヴォーリオは、ロミオの瞳が一瞬だけ稲光のような光を放つのをみたような気
がしたが、ロミオは落ち着いたふうに煙草の煙を吐く。
「やつこそ、アウトローカンパニーのエージェントじゃあないか。キャピュレット
は度しがたい馬鹿だな」
「やつらは完全に、ステーツへ身売りする気だ」
ロミオは、ホルスターへソード社製リボルビングオートマチックを納めると、足早
に歩き出す。
ベンヴォーリオは、その後を追った。
「おい、ロミオ」
「戻るぞ」
「どこへだよ」
「決まってる、ヴェローナ・ビーチへだ」
「おい、しかし」
ロミオは振り向くと、傷をおった野獣のように獰猛な笑みを浮かべた。
「必要であれば、エスカラスのやつを血祭りにあげる。愚か者には愚か者が死をく
れてやる」
ベンヴォーリオは、眉間に皺をよせる。
ロミオは愛という鎖で、縛られていたはずだった。
けれど今、その鎖が切れようとしている。
「とばせば日が暮れる前に、ヴェローナ・ビーチへ戻れるな」
ロミオは、歩きながら呟く。
ベンヴォーリオは、この村に入った時以上に、背中を冷たいものが這っていくのを
感じた。




元文書 #447 love fool 14 つきかげ
 続き #449 love fool 16 つきかげ
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