AWC love fool 01 つきかげ


        
#434/598 ●長編
★タイトル (CWM     )  13/11/22  00:18  ( 76)
love fool 01     つきかげ
★内容
第一幕

其の一

ここは、真白な世界だ。
彼女は、そう思った。
彼女の名は、ジュリエットという。
ジュリエットは、乗っていた白いリムジンから降りると、一歩踏み出す。
彼女の踏み出した場所は、象牙のように真っ白な橋の上だ。
その、月の光で染め上げたような白い橋の上を、赤い絵の具を含ませた筆を走らせ
たかのように、深紅の筋が走っている。
彼女は、赤い小さな川が流れているようなその先を、見た。
ひとりのおとこが、倒れている。
多分、その赤は、おとこが流した血だ。
赤いものは、その血以外に、もうひとつある。
おとこの傍らに、深紅のバイクが倒れていた。
ジュリエットは、おとこに向かって歩き始める。
この世界には、白と赤以外の音がないばかりか。
音も、途絶えている。
しんとした、張りつめた空気が、あたりを支配していた。
彼女は、塩のように白い橋の上を歩いてゆき、おとこの傍らに立つ。
おとこは、白い服を身に付けている。
白いジャケットに、白いシャツ、白いトラウザース。
ただ、そのベルトのバックルだけに、赤い心臓と骸骨のエンブレムがつけられてい
た。
おとこは、仰向けに倒れている。
おそらく、背中に傷があるらしく、赤い血は背中から白い橋へと流されていた。
ジュリエットもまた、白いワンピースを身に付けている。
ただ、その胸元には、血の滴をたらしたようなルビーのネックレスがあった。
色のない、音のない世界で、ただ赤だけが存在を主張している。
ジュリエットは、おとこの側に膝をつく。
おとこは生きているらしく、その胸が静かに上下していた。
そしておとこの瞳は、真っ直ぐ空を見据えている。
彼女は、その視線を追うように、空を見上げた。
輝く空は、蒼いはずであったのに、見上げたその瞬間あまりの眩しさに全てが白く
染まる。
その瞬間、音も色も完全に消えたその空間に、ジュリエットとおとこの二人きりに
なった。
彼女は、永遠にも似た時が過ぎ去ったような、気になる。
ジュリエットは、自分の中の勇気を振り絞り、おとこに声をかけることにした。
「あの」
すこし掠れた小さな声で、彼女は語りかける。
「あの、大丈夫ですか」
おとこは、夢見るように微笑んだ。
そのあまりの美しさに、ジュリエットのこころが震える。
「どうやらおれは、天国に来てしまったか?」
おとこはその瞳で、ジュリエットを見つめる。
彼女は、こころを剣で貫かれたような、気持ちになった。
「天使がおれを、覗き込んでるじゃないか」
ジュリエットの頬が、朝焼けの空のように、薔薇色に染まった。
突然、静寂が破られる。
バイクのエンジン音が、獣の咆哮がごとく轟いた。
黒いバイクに跨がったおとこが、叫ぶ。
「おい、おいロミオ! いつまで寝ている」
ロミオと呼ばれたおとこは、獲物をみつけた豹のような動作で跳ね起きる。
深紅のボディを持つバイクを起こすと、一挙動でエンジンをかけた。
赤いバイクは、待ち構えていたかのように、獣の唸りのようなエンジン音をあげる。
ロミオは、笑みをジュリエットに投げ掛けると、バイクで走り出す。
走りながら、ロミオは背中から大きな銃を抜く。
ツーハンデットソードのように、大きな銃を、橋の欄干にぶつかり止まっているセ
ダンに向かって撃った。
ジュリエットは、雷が落ちてきたような爆音と衝撃で、骨まで揺さぶられる。
白いワンピースを着た身体が、一瞬宙に浮いたような気がした。
銃弾に貫かれたセダンは、地獄の業火がごとき焔に包まれている。
世界に、色と音が戻ってきた。
それは、塞き止められていたダムが開かれ、水が濁流となったような様である。
悲鳴があがり、怒号が飛び交う。
緊急車両のサイレンが、猟犬の吠え声のように響き渡る。
色彩と騒音が、洪水となってジュリエットの回りを、流れていた。
ジュリエットは、それでもこころの奥底に残った、しんとした場所で考える。
自分が出会ったのは何か、自分に起こったのはなにか。
彼女は、考えた。
そう、きっと、自分は奥深い秘密にされた場所から、ようやくのことで見いだされ
たのだ。
彼女は、そんなことを思うと。
ゆっくり踵を返し、リムジンに向かって歩いていった。




 続き #435 love fool 02 つきかげ
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