AWC 惑う弾丸 3   永山


        
#420/598 ●長編    *** コメント #419 ***
★タイトル (AZA     )  12/10/24  00:55  (476)
惑う弾丸 3   永山
★内容
「我々は、町に向かっていたバークの車が、オルウェイの車と接触事故を起こ
したと睨んでいます。当事者同士、車を降りて話し合う程度のです。恐らく、
場所は森の中か山道で、バークの車は使えなくなった。正体を見破られること
を恐れるバークですが、立ち往生も困る。そこでバークは、オルウェイの車で
移動を続けることを選ぶ。友好的か脅迫的かは分かりませんが、結果から推せ
ば、しまいにはライフルで脅して制圧したのでしょう。オルウェイも、相手の
正体が殺人犯だと気付いたかもしれません。恐怖のあまりの運転ミスか、窮地
から脱するための故意か、オルウェイは道路脇の大木に車をぶつける。だが、
不運にもオルウェイが重傷を負っただけで、バークは大した怪我もなかったん
でしょう。事故車から抜け出ると、ライフル等の荷物を持って、逃走を試みる。
ちょうどそこへ、ローラー刑事が通り掛かった」
「なるほどね。想像を逞しくすれば、ありそうな話に聞こえてきましたよ。事
実、それに近い形で殺人犯と悪徳刑事が出会ったのかもしれないな。いや、警
察のお仲間は、ローラー刑事がバークを助けたのは、あいつの正体を知らなか
ったからだとでも言うのでしょうか」
 メインの皮肉な口調に、トマスが鼻で大きく呼吸した。オルソンはやれやれ
と思いつつ、再度交代することにした。同僚には答えさせず、口を挟む。
「かばうつもりなんてありゃしない。ローラーはバークをよく知っていたから、
間違えようがない。バークが盗んだ金と宝石をもらう代わりに、見逃してやっ
たらしいんですよ。というのも、ローラー宅をそれこそひっくり返さんばかり
に家探ししたら、ビニールに包まれた宝石が、壁にこしらえた秘密のスペース
と、庭の片隅の土から出て来た。まぎれもない不祥事なんで、別の人物が隠し
た可能性がないか慎重に調べているが、いずれ確定し、発表されるでしょう」
「よかった。証拠は見つかっていたんですね」
 ホーリーが笑みを見せた。多分、初めて見る笑顔だ。
「宝石は盗まれた物と一致するようだし、ローラーとバークが通じていたのは
決まりです。だが、バークがローラーを殺したことの証明はまだだ」
「でも……バークは宝石や金が惜しくなって、取り返そうとして、ローラー刑
事を殺したのかも。動機になります」
「二年も経ってからというのが、些か腑に落ちない。その間、ローラーはバー
クが捕まらないよう、あれこれと世話を焼いてくれている。もちろん、バーク
が捕まったらローラーも窮地に立つからだが、バークにとって金や宝石を奪い
返すよりも、ローラーの助けの方が利が大だ」
「じゃあ……リクシーが原因じゃないかしら。ブレンダン・リクシー」
「ええ、そっちの方があり得る。ブレンダンは元々、ローラーの情報屋の一人
だったのは間違いない。ただ、こいつがいつ、ローラーがバークを匿っている
ことに気付いたのは分かっていません。ごく最近であれば、色んな筋書きが想
定できる。ブレンダンがローラーを裏切って、バークを警察もしくはあなた方
に突き出し、大金をせしめようと考えた挙げ句、ローラーを殺害。しかしバー
クには反撃され、逆に殺されたとかね。または、ブレンダンの話にローラーが
乗ったかもしれない。バークを殺してしまえば、死人に口なし、ローラーの悪
事は露見しない。それに、ブレンダンがバークを捕らえたことにしないと、懸
賞金が受け取れない。警察関係者が逃亡犯を捕らえるのは、当然の職務だ」
「その計画に気付いたバークの野郎が、ローラーとブレンダンを相次いで始末
したと。辻褄、合ってるんじゃないですか。何ら問題はない」
 メインが言った。時計を気にしている。早く研究に戻りたいようだ。
「しかしね、これだとバークが自殺する理由がない。たとえ他殺に見せ掛けた
自殺だとしても、自ら死を選ぶ状況じゃないでしょう。ローラーとブレンダン
を殺した罪を悔いるはずないし、ましてや、あなた方の両親殺害を今になって
後悔したとも考えられない」
 オルソンの話に、メインは一瞬だけ考え、「追い詰められた気になったんじ
ゃないかな」と述べた。
「実際の捜査がどこまで進んでいたかとは無関係に、バークは恐れていた。偶
然の産物だった密室の謎も解かれ、いよいよ危ないと感じた奴は、追い詰めら
れた気持ちになって、自殺を選んだ」
「他殺に見せ掛けたのは、どう説明しましょうか」
「それは、バークの見栄だろう。警察に追い詰められての自殺では、プライド
が許さない。ローラー刑事達を殺した犯行を認めたくもない。そこで第三者に
殺された風を装った」
「ふむ。感心させられますな。警察でも、そこまで見事な筋書きは、考えつい
ていなかった」
「では、この想像に沿って捜査をすれば、証拠が見つかるに違いない。頑張っ
てください」
 また時計に視線をやるメイン。早く終わらせたい様子がありありと窺える。
「言われずとも、鋭意努力を重ねてますよ。ところで、この研究所についてで
すが、今年になって一人、若い男性を入れましたね? 最初にお茶を運んでく
れた彼です」
「ジミーのことですか。それが何か」
「まず、彼の名字を教えてもらいましょう」
「……そんなこと、事件に関係ないだろう」
「あると判断したから、こうして聞いている。教えてもらいませんか」
「……刑事さん。そう言うからには、もう知っているんでしょうが。お調べの
通り、彼の名はオルウェイです。ジミー・オルウェイ」
「クリス・オルウェイの息子ですな」
「だそうですね。詳しくは知らない」
「ジミー君から、何か聞いていませんか。彼の父が事故死した際に、他者が関
与していることを示唆するメッセージを残していたとか……」
「私達は、たった今、クリス・オルウェイ氏の事故に、バークが関係している
かもしれないという話を聞いたばかり。ジミーに事故のことを、根掘り葉掘り
尋ねるはずがないでしょう」
 メインの声が、怒気を含んだものになっている。オルソンは黙って頷いた。
「仰る通りだ。だがね、警察は、何の下調べもなしにここまで来て、こんな話
をあなた方にしやしない。ある程度の裏付けを取って、行動している」
「というと?」
「さっきのジミー・オルウェイ君の態度、いつもと違う感じはなかったかね? 
先日、彼に話を聞いた。最初は黙して語らずだったが、説得を聞いてくれまし
たよ。メモがあったと」
「嘘だ」
「ほう。どうして嘘だなんて言えるのか、説明してもらいたいものだ」
 メインは言葉に詰まり、妹と顔を見合わせた。ホーリーの方は、その顔を背
け、目を瞑ると首を軽く横に振る。頭痛を覚えたかのように、額に右手の指先
を当てている。
「ジミーから聞いたな? バークが町に舞い戻り、ローラーが匿っていると」
 静寂を返してくるパターソン兄妹。オルソンはもう一押しすることにした。
彼らが犯行をやったかどうかは別として、重要な証言を得られる感触がある。
「お茶を置いていったジミーには、再度、警察にご足労願っている。今頃、彼
は素直に喋っているかもしれない」
「……ええ、ジミーから聞いていたわよ」
 ホーリーが認めた。彼女を兄は見開いた目つきで振り返る。ホーリーは任せ
てとばかり、しっかりと首肯した。
「あの子の方から話してくれました。ICレコーダーに、刑事と称する男とバ
ークの会話が記録されていたらしいわ」
「事故処理の書類には、そのような記載はなかったが、どこにあったのかな?」
「事故現場近くの側溝に落ちていたのを、偶然、見つけたって。警察が見落と
したのね。父親が導いてくれたに違いないと言っていたわ」
「うむ。ジミーの話と一致、と」
 はったりをかますオルソン。ジミーから聴取したのは本当だが、あの若者は
なかなか口が堅く、事故が単独ではなかったらしいことまでは仄めかしたが、
誰が関係していたかとなると、だんまりを決め込んで、手を焼かされた。
「いつ、それを知ったんです? 事故自体は二年前だが」
「去年、ジミーがここに入りたいと言ってきたときに。それまでも一人で何と
かしようと調べていたようよ。刑事が絡んでいるから警察は信じられないし、
バークの居場所は不明なままだし、どうしようもなくって、私達の元に来た」
「話を聞いて、どうしようと思った?」
「動揺はしたわ。でも、行動を起こす気になれなかった。刑事の名前が分かっ
ていれば、非難と抗議をしに行きましたけど、実際はそうじゃなかった」
「バークが近くにいる、少なくとも一度は近くに来たと分かって、恐怖感を覚
えたんじゃないか? あるいは逆に復讐心が高まっても不思議じゃない」
「そんな。復讐だなんて、私達は望まない。司法の手により、バークに裁きを
受けさせ、罰を与え、償わせることが願いですから。恐怖感はそんなには。そ
の時点で、もう一年ぐらい経っていたせいね、きっと」
「先日、ブレンダン・リクシーが現れたとき、関連を疑ったんじゃないか? 
それが普通と思うんだが」
「どうしてです? リクシーはバークを引き渡す意志があった。バークを助け
ている側とは正反対の立場だわ」
 ホーリーの発言を、オルソンは疑わしく感じた。しかし、これ以上追及する
手立てがない。
「なるほど。分かりました。今回はこの辺で引き上げます。ジミー・オルウェ
イを調べなきゃいかんし。協力をどうも」
 トマスとともに席を立ち、そのまま去ると見せ掛けて、ぴたりと足を止める
オルソン。振り向いて、パターソン兄妹に言う。
「いかん、忘れるところだった」
「まだ何か」
「エバンス・バークのことで、聞きたい点があったんだ。ホーリーさん、あや
つは手先が器用な方でしたかな?」
「さあ……記憶では、どちらかと言えば不器用だったかもしれません」
「妹にあいつのことを思い出させないでもらいたい」
 答えるホーリーの前に、メインが立ちふさがった。オルソンはまた前に向き
直りつつ、軽い調子で頷いた。
「いえ、今ので結構。それにしても弱ったな。また一つ、厄介ごとが増えまし
たよ」
「どういう……」
「不器用な男が、手製のビニールシートをこしらえるような面倒な真似を、果
たしてするだろうかと思えたもので」
 様子見のジャブを放ったオルソンだったが、相手は意外に強かだった。
「分かりませんわよ。文字通り、死ぬ気になれば、たいていのことはできるん
じゃありません?」

 オルソン達の報告を受け、エバンス・バークの死を自殺とする発表は、見送
られた。容疑者に急浮上したのがジミー・オルウェイだが、じきに解放せざる
を得なくなった。ローラー、ブレンダン、バーク各人が亡くなったと思しき時
間帯、ジミーには他人と会っていたというアリバイがあった。唯一、バークの
死亡推定時刻のみ完全ではなく、午後十一時を前にアリバイ証人と別れていた
が、それ以降、遺体発見現場である橋に向かっても間に合わないと分かった。
これにより、ジミーは犯人でない、少なくとも実行犯ではないとの結論に至る。
「こうなると、パターソン兄妹を改めて調べるしかあるまい」
 捜査を取り仕切るハイスミスとワイズマンの意見は一致をみた。警察が犯人
逃亡を許したが故に、殺人事件の被害者遺族を復讐という犯罪に走らせたとし
たら、それは刑事達にとって歓迎できない展開だが、仕方がない。過ちを重ね
ないことの方が、より重要である。
 早速、兄妹を今度は彼らの自宅に尋ねたオルソンとトマスは、手始めにバー
クの死亡推定時刻のアリバイを問い質した。すると、メインとホーリーは二人
一緒にいたといういつもの返答をしてきた。
「以前もお伝えしましたが、身内のアリバイ証言は信憑性が低いと見なされま
す。そこのところを承知しておいてください」
 トマスの注釈に、メインは不服げに唇を尖らせた。ホーリーは対照的に、微
笑さえ浮かべてお茶を振る舞う。
「私達に犯行は無理ですわ。銃を手に入れられませんもの」
「そう簡単に判断できればいいのですが、警察は色々と考えるのも仕事でして、
ローラー刑事の銃は当人から奪えばいいし、ライフルにしてもバークが持って
いた物を、奪ったと考えれば筋は通ります」
「どうすればやっていないと証明できるんでしょう? 今となっては、硝煙反
応を調べても遅いでしょうし……」
「あ、ちょっと」
 オルソンが割って入った。
「銃で思い出したが、研究所では銃を使わないのかな? 生物を生け捕りにす
るのに、麻酔銃の一つもあっておかしくない気がする」
「私達の研究は、昆虫相手であり、獣は対象外です」
 メインが応じる。専門分野の話題になり、機嫌が直ったようだ。
「ついでと言っちゃ何だが、どんな研究をされているんで? 医薬品の素にな
る成分を探すとか聞いたが」
「それが柱なのは確かだが、他にも香水や化粧水、あるいは食品に使える成分
も探している。前者はフェロモンが代表格で、後者は抗菌かな」
「なるほどね。薬品は生物の毒からも作られるそうだが、研究所でも当然、毒
を扱っているんでしょうな」
「ええ。非常に厳しく管理しているので、勝手な持ち出しは不可能ですよ」
 先回りしたかのようなメインの受け答え。オルソンはつい苦笑した。
「そんなに警戒せんでくださいよ。殺人に毒が使われた訳じゃないんだから、
疑ってなんかない」
「おや、そうですか。私はてっきり、こう続けるのかと思っていた。『でも、
昆虫を直接捕らえて来るのはメインさん、あなただ。研究書に持ち込む前に、
いくらでも抽出できるのでは』とね」
「面白い考えだ。仮に抽出できたとしても、それを使えば真っ先に疑われる。
研究者になるくらいの人は、そんな馬鹿はしないでしょうな」
「無論です」
 メインの返事を待ってから、オルソンは喉を鳴らしてお茶を飲んだ。
「さて、話を戻しますか。バークが二年前に、この町に戻ろうとしたのは確か
だ。目的は恐らく、ホーリーさんに接触するため。二年間、何ら行動を起こさ
なかったとは考えにくい。心当たりがないか、今一度思い返してもらいたい」
「そう言われましても」
「無言電話が増えたとか、歩いていると視線を感じるとか、家や研究所の建物
に、軽い損害が出たとか……」
「記憶にありません。あれば、絶対に通報しています。たとえ一人の刑事が裏
切り行為をしていたとしても、私達は警察を信じて、頼りますわ。警察でなけ
れば、バークを捕らえるのは困難だと理解していますもの」
「そうですか」
 応じながら、少し違和感を覚えたオルソン。仮に無言電話があったり視線を
感じたりしたら即、バークの仕業だと決め付けるかの言い種。普通、無言電話
の類を、いきなり警察に報せはしまい。
 やはり、あったのかもしれないな。オルソンはそう思った。

 パターソン兄妹に疑わしい点はあっても、逮捕に踏み切れる材料は揃ってい
ない。遺族だけあって、普段以上に慎重な対応が求められており、別件で引っ
張ることもできないでいた。
 もう一つ、捜査陣を悩ませたのは、バークの隠れ家が見つからないことであ
る。ローラーやブレンダンがサポートしていたのはほぼ明白だが、具体的な場
所となると、さっぱりだった。金だけ渡し、近隣の町、もしくは近隣の州の宿
を泊まり歩かせたのだろうか。それにしても、足取りが全く掴めないのはおか
しい。唯一つ判明したのは、バークが奪ったと思われる宝石のいくつかを、ロ
ーラーが金に換えていた事実だ。情報屋の一人が依頼されたことを白状した。
「ローラーがバークを助けてやったのは、金のため、それは分かる。じゃあブ
レンダンはどこにどう噛んでいるんだろう?」
 オルソンは検死局の廊下で、トマスに聞いた。二人は、バークの遺体の解剖
が終わったと聞き、詳細な結果報告書を受け取りに来たのだ。早すぎたため、
待たされている。
「ブレンダンはローラーの協力者なんですから、ローラーから分け前をもらっ
てたんじゃないでしょうか」
「それはあっただろう。だが、前に判明した金の動き、覚えてないか?」
「あ、ブレンダンからローラーに動いていたんでした。でもあれは、バークが
警察の動きを教えてもらう対価に、ローラーに渡した金という解釈に落ち着い
たのでは」
「バークの手元に現金は少なく、宝石類をローラーに換金してもらってたんだ
ろ? だったら、ローラーからバークに金を全額渡し、そこからまた駄賃を返
してもらわなくても、端から差っ引いておけばいいんじゃないのか」
「うーん。新しく入った特別な情報だから、報酬も新たに支払った、とか?」
「商売をやってる訳じゃあるまいし、そんな細かなやり取りをするかねえ。し
かも、立場で言えば、ローラーの方が圧倒的に上だぜ。バークが改心して警察
に駆け込まない限り、ローラーは安泰だ。お宝は全て、ローラーがひとまず預
かったと考える方が自然な気がするんだが」
 オルソンが首を捻ったところで、正面のドアが開いた。姿を現した白髪の検
死官が、開口一番に言った。
「死因が明白だったから、後回しにされていたが、もっと早くすべきだったか
もしれん」
「え、では、射殺ではなかった?」
「そうではない。死体の腕に、注射痕がいくつかあったのは知っておるだろう」
「ええ。大方、逃亡の身の精神状態を安んじるため、薬物をやったんでしょう」
「わしも同じ思い込みをしていた。違ったんだ。詳しくは書類を見れば分かる
が、注射した物質は様々な有機物で、そのあと覚醒剤を二、三度打っていた」
「有機物?」
「ほとんどが分解されておって、特定不能だった。言っておくが、分析はわし
の役目じゃないぞ。科学捜査班の誰かだ」
「承知してるよ」
「ほんの一部だけ、判明しておる。蚊の毒だ」
「蚊ですかあ?」
 オルソンの後ろに立つトマスが、頓狂な声を上げた。
「蚊なら、注射とは関係なしに、直接刺したものかもしれないのでは?」
「いいや。注射器によって入れられた物に間違いない」
「何のためにそんな奇怪な真似を、バークはしたんでしょう?」
「知らん。毒と言っても、神経を麻痺させて感覚を鈍らせる程度。分量から推
しても、死ぬようなことはない。だが、気持ちよくなることもあるまい」
 それを聞いて、オルソンは脳裏に閃くものがあった。
「……ひょっとすると、注射したのはバーク自身ではないのかもしれませんな」

 エバンス・バークの遺体から昆虫に関係する成分が検出されたとの報道がな
された翌日、メイン・パターソンが行方をくらませた。会議で、いよいよパタ
ーソン兄妹を警察署に呼んで事情聴取するとの方針が固まった矢先の異変に、
捜査関係者は大いに慌てさせられた。
 この日の朝、研究所と自宅を同時に訪ねた捜査員達だったが、パターソン兄
妹は両名とも不在であった。ホーリーとは携帯電話を通じてすぐに連絡が付き、
町のホテルで製薬会社の人間と会っていたと判明。警察車両を急行させ、車内
でメイン・パターソン捜索のための事情聴取に入った。
「自宅にも研究所にもいないのだとすれば、思い当たる節があります」
 ホーリーは捜査車両に乗った途端、言い出した。
「メイン兄さんは時折、夜中に虫を探しに行くことがあります。昨晩はその予
定はなかったんですが、思い付いて探しに行ったのではないかと」
「具体的に、どこに向かったか分かりますか?」
「いつも行くのは、研究所近くの森です。たまに、湖の方まで足を伸ばすこと
もあるので、あの辺りを探してやってください。お願いします」
「無論、そうするつもりだが、もう一つだけ。現在――九時だ。こんな時間ま
で戻って来ないことは、今まであったかどうかを教えてくれ」
「ありませんでした」
 捜索隊からの連絡があったのは、それからちょうど一時間半後。ホーリーが
口にした通り、メインは湖まで行っていた。その岸辺で彼は亡くなっていた。
「まただ」
 遺体を見たオルソンは鼻先を飛んでいった蛾を手で払いながら、、思わず吐
き捨てた。メインの右こめかみには、弾の射入口が視認できた。近くに銃は見
当たらない。昆虫研究の専門家だった彼の死を悼むか、それとも歓迎するかの
ように、その周辺には蛾が数匹、ひらひらと飛んでいる。
 オルソンは湖へ目を向けた。
「この中に、銃とビニールと重石がある……のか?」
 想像を口に出す。答は無論、調べてみないと分からない。思い込みは禁物だ。
 湖中の捜索と平行して、ホーリー・パターソンへの事情聴取が行われた。
 兄の死を聞かされた時点では取り乱した様子もなく、冷静に受け止めていた
彼女だったが、いざ遺体と対面すると顔を伏し、メインの横たわる台に倒れか
かるように泣き崩れた。落ち着きを取り戻したところで、聴取再開に至る。警
察側もメインの死に関しては材料が乏しく、手探り状態で始めざるを得ない。
女性同士の方がいいだろうと、リサ・メッツ刑事を投入した。
 ところが、ものの三十分と経たない内に中断。ホーリーが、話し慣れたオル
ソンかトマスとの交代を主張したためである。オルソンらは湖の辺で、周辺捜
索に加わっており、連絡を受けて引き返すまで時間を要した。
「メインの死が自他殺のどちらと思うかとの問いに、分からないと答え、自殺
だとすると理由に心当たりはあるかと聞くと、もし自殺なら両親の敵がこの世
からいなくなり張り合いを失ったせいかもしれないと答えたのか。分かった」
 署に戻るまでの車中で、携帯電話を通じて状況を掴んだ上で、オルソンは取
り調べの部屋に入った。
「わざわざの指名とは、何か重大な告白でもしてくれるのかなと期待して、急
ぎ戻って来ました。洗いざらい、言いたいことを言ってもらいましょうかね」
 入るなり話し掛け、相手を促す。
 対するホーリーは、オルソンが椅子に落ち着くのを待って、口を開いた。
「聞いたところでは、兄はエバンス・バークと同じ死に様だったそうですね」
「同じと言っていいかは保留だな。似ているのは間違いない」
「では、近くに銃などはなかったんですね」
「鋭意捜索中。このあと、出て来るかもしれない。なあ、ホーリーさん。あな
たはメインさんが、バークが死んで張り合いをなくしたように言ったそうだが、
その張り合いとはどんな意味だね」
「それは、言わなくても分かるでしょう」
「ある人物の存在が張り合いになるには、少なくとも二通りのケースが考えら
れる。その人のために尽くそうとする場合と、その人に負けまいとする場合だ。
メインさんのバークに対する張り合いは、前者ではあるまい。後者を突き詰め
た形、要するに復讐を考えていたのではないかと思うんだが」
「考えるだけなら、私も思い描いていました」
「では認めるのだな。メインさんがバークを殺そうと考えていたことは」
「実際に殺したかどうかは別です。私は知りません」
「あなた方も報道で知っていると思うが、バークの遺体からある生物の成分が
検出された。調べると、蚊の毒だった。これを足がかりに、昆虫に関係する物
質に絞って、より詳しい分析を行う予定でいる。このことについて、何か言い
たいことはないかね?」
「私達を疑っているのですか」
「虫のことだからな、当然だ」
「兄さんはその報道を見て、自殺したと仰りたい?」
「うむ……可能性の一つと言える」
 慎重な物言いを心掛けるオルソン。眼前の若い娘が、犯行に関与していない
とは限らない。何しろ、メインが主張したアリバイは、いずれの犯行時間帯で
も妹と一緒にいたというものだったのだから。
「このままだと、ご自宅と研究所を捜索することになる。今の内に――」
「何故ですの? 被害者の家や職場を調べるなんて、無意味じゃありませんか」
「被害者の遺族だ。そして今は容疑者でもある」
「メイン兄さんは殺されたんですわ」
 ホーリーが強い調子で、決め付けた。
「バーク達を殺した犯人によって。バークの死んだ状況を敢えて似せることで、
いかにも“他殺に偽装した自殺”をしたかのように見せ掛けているのよ。本当
は、“他殺に見せ掛けた自殺を装った他殺”だわ、きっと」
「……真犯人がいるとして、そんなややこしいことをする理由はない」
「捜査を誤った方向に導くためよ。現に今、警察は翻弄されているんじゃあり
ませんか」
 確かにそのきらいはある。内心、苦笑したオルソン。
「はっきりさせるために、あなたに話を聞いている」
「無関係です。兄の死が自殺と判明したならまだしも、そうでないなら、家と
研究所の捜査は回避してください」
「礼状が出れば、否も応もないのですがね」
 答えながら、オルソンは不安にもなっていた。メインが殺されたものと判断
されたら、礼状は出るだろうか。バーク殺害での注射痕及び蚊の毒を根拠に、
押し通せるかもしれないし、裁判官が世間の反応を気にすればそうならないか
もしれない。
「こちらの考えを言おう。あなた達はバークととうの昔に接触していた」
「何ですって?」
 悲鳴のような叫び声を上げたホーリー。オルソンはかまわなかった。
「ローラー刑事の手引きか、ブレンダンの手引きかは分からないが、多分、ブ
レンダンだろう。ローラーがバークを助けていることを知ったブレンダンは、
バークの宝石だけでは満足せず、パターソン一家からも金をいただこうと考え
た。金と引き替えに、憎き犯人の身柄を確保したあなた達兄妹は、密かに幽閉
した。恐らく、研究所の地下スペースに」
「何のために、そんな。私達があいつを匿う訳ない。もし身柄確保できていた
なら、警察に引き渡している。万が一そうしなかったとしても、とっとと殺し
て終わりにしていると思いません?」
「普通はそうだが、あなた達は違ったんじゃないか。バークへの復讐を兼ねて、
あいつの身体を実験に使ったと睨んでいる」
「――実験?」
 一瞬、表情が硬くなホーリー。顔色も白くなったような。だが、すぐさま赤
みを帯び、怒り口調で続ける。
「もしかして、昆虫の毒を使った人体実験?」
「そう解釈すれば、判明していること全ての辻褄が合ってくる。ブレンダン・
リクシーからローラーに渡った金は、新たに発生した儲けの分け前。ローラー
も結局はバークを切り捨てたんだろう。この二人は、バークを金を稼ぐための
カードぐらいにしか考えていなかったろうが、あなた達兄妹は違った。あくま
で、恨みの対象だ。期間は分からんが、人体実験で散々いたぶった後、殺すつ
もりでいた。だが、その前に事情を知る者を消さなければならない。ローラー
とブレンダンは、バークの逃亡を手助けした輩でもあるしな。特に、ローラー
は腐っても刑事だ。さっさと始末したかったはず」
「全て復讐のための殺人だったのなら、密室を作ったり自殺に見せ掛けたりな
んて、凝ったことをするかしら」
「密室は二つとも偶然の産物。バークを“他殺に見せ掛けた自殺”で殺したの
は、ローラーとブレンダン殺しをバークに擦り付けるため。おかしくはない」
「銃は?」
「ローラーは、あなた達を仲間だと認識していた。口先だけで銃を持ち出させ、
奪うことは可能だったんじゃないか」
 オルソンが答えると、ホーリーは、ふーっと深く息をついた。
「何を言っても、疑いを解いてくれそうにないんですね」
「具体的な反論があれば、ぜひ聞きたい。個人的な意見になるが……私はあな
た方の両親が犠牲になった事件の捜査に、直接は関わっていないが、責任は感
じている。警察の失態が被害者遺族の犯行につながってしまったのであれば、
可能な限り速やかに収束させたい。だがその一方で、これまで話した推測が間
違いであって欲しいと願う気持ちもある」
「証拠がありませんわ」
「研究所の地下スペースから、バークがいた証拠が出る」
「私達の研究は、異物が紛れることを極度に避けねばなりません。そのための
設備は整っています。防塵・清掃・浄化のシステムは完璧ということです」
「それでも人がいた痕跡は、どこかに残る。トイレのタンクを浚ってでも見つ
ける」
「――なるほど。では、別の角度から。兄の死をどうお思いですか。オルソン
刑事の個人的意見でかまいません」
「……自殺の線が濃い」
「復讐を果たしたが、注射痕の報道を目にして、自ら命を絶ったと? そんな
に追い詰められていたとは思えません。また、注射痕の報道は急でした。自殺
を決意したなら、それは発作的なもののはず。発作的に思い付いて、他殺を装
った自殺をするでしょうか」
「それは……」
「もし復讐殺人を遂げた人物が自殺を選ぶとしたら、復讐を果たしたことを遺
書にしたため、己の正義を高らかに訴えるものではありません? 遺書を残さ
ずに死ぬだけもおかしいし、その上、殺されたように装うなんて無意味だわ」
「……では、他殺だ。いや、共犯者に殺された、あるいは殺してもらったんじ
ゃないか?」
「共犯者とは、私を差しています? でしたら、違います。私には昨晩から今
朝にかけて、明確なアリバイがあります」
「アリバイって確か、製薬会社の男と会っていたんだったか。あれは朝だけな
んだろう?」
「刑事さん、勘違いしているわ。仕事で会ったんじゃないのよ。昨日の夜から、
ホテルに泊まっていたと言えば分かるでしょう?」
「……」
 恋人の証言だけでは弱い。そう釘を刺そうとしたオルソンだったが、ホテル
の従業員等もホーリーとその男を目撃しているに違いない、と思い直した。唇
を固く結び、とにもかくにも、アリバイ確認が先決だと判断した。

 ホーリー・パターソンのアリバイは、複数の人間による証言が得られ、成立
した。また、彼女の当日着ていた服から、硝煙反応は出なかった。
 メイン・パターソンの死は、やはり自殺か?
 それを裏付けるかのように、湖に少し入った地点で拳銃が見つかった。メイ
ンから摘出された弾は、見つかった拳銃により発砲された物と特定できた。
 さらに、銃には細い紐が結わえ付けられていた。が、それだけだった。バー
クのときのような重石はなし。ビニールシートのような硝煙を防ぐ覆いも見つ
からず。それでも身体や衣服から硝煙反応が出れば、自殺で片が付く……だが。
「硝煙は検出されず。メインは他殺だ」
 ワイズマンからその事実を聞かされ、オルソン達捜査員はどよめいた。捜査
の流れがそちらに傾いていたこともあったが、新しい事実を掴んでいたという
理由も大きい。
「他殺は考えられませんよ。メインが死んだ日、森や湖の一帯は深夜から雨が
しとしと降り、やんだのが午前四時前後。死亡推定時刻は朝の五時から七時で、
六時前後の可能性が高いそうです。現場に足跡は、我々のを除くと、メインの
ものしかありませんでした。そして地面が乾いたのが、当日の昼前でした」
「つまり、こういうことか。メインが殺されたなら、犯人は足跡を付けずに現
場から去ったことになると」
「はい」
「湖畔が現場なんだから、そこからゴムボートで、反対側の岸にでも漕ぎ着け、
上陸したんじゃないのか」
「それはなさそうなんです。というのも、現場の湖をご覧になれば一目瞭然で
すが、ボートを漕ぐな泳ぐなりして渡っても、人が上陸できる岸がないんです。
可能なのは、メインが倒れていた周辺だけでして。捜索の過程で岸をずっと見
回りましたが、足跡は皆無という有様」
「……参ったな」
 自殺としても他殺としてもおかしな点がある。奇妙な状況に、捜査は停滞を
余儀なくされた。

           *           *

「気付いたきっかけは、一枚の写真。正確には、その写真に映った蛾だった。
 あの森や湖周辺にはいくらでもいる、珍しくもない蛾だそうだが、死んだば
かりの人間に寄って来るという話は聞かない。考える内に閃いて、メインの着
ていた服を調べさせた。特に、利き腕である右袖を念入りにな。
 そうしたら、じきに出たよ。蛾を惹き付けるフェロモンと、蛾の嫌う微粒子
状の薬――忌避物質がね。恐らく、メイン・パターソンは蛾の力を借りて、他
殺を装った自殺を決行したんだろう。袖にフェロモン成分を含んだ液体を散布
することで、腕に大量の蛾を呼び寄せ、まとう形になる。
 一方、拳銃には発射後、蛾の忌避物質が飛び散るように細工しておく。さら
に、紐を結んでおく。紐のもう一端には、重石ではなく、浮きを結び付ける。
大きなゼリー状物質か氷がよい。
 このように準備した上で、自分自身に発砲すれば、硝煙は蛾にガードされて
残らない。直後に飛散した忌避物質により、蛾は腕から離れるだろう。銃は手
から力が抜けると、適度に荒れた波に引っ張られ、湖底に沈む。浮きは外れる
か溶けるかして、紐だけが残る訳だ。銃に忌避物質が残ったとしても、水に洗
い流される。銃声に驚いて蛾が飛び立つ心配はないようだが、念を入れるなら、
羽にある聴覚に該当する気管を潰しておけばよい。
 昆虫の専門家らしい偽装工作だと思うんだが、どうだろうか。今、この線に
沿って銃と遺体を調べ直している。そして今度こそ、研究所内を捜索して、文
句の付けようがない物証を見つけ出せると確信している」

――終




元文書 #419 惑う弾丸 2   永山
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