●短編 #0477の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
不知火さんと出会ったのは、小学校五年に上がったときだった。 それまで自分はクラスのクイズ王として名を馳せていた。クイズ王と言っても答える 方ではなく、出題する方だ。問題のタイプも知識を問うクイズは少なめで、とんちの効 いたなぞなぞやパズルがほとんどだった。実際そういう、人をだまして引っ掛ける要素 のある問題の方が受けがよかったのだ。クラスメートや先生に問題を出しては困らせ、 面白がらせていた。 たとえば。 <問題。テーブルの上に紅茶がいっぱいに入った器があります。近くでおやつの用意を していたお母さんが突然叫びました。 『あっ、あなたにもらった指輪、紅茶の中に落っことしちゃった』 それはトルコ石の指輪で、トルコ石は水に濡らすと染みになります。 お父さんは慌てず騒がず言いました。 『大丈夫だ。こうすれば何の問題もない』 お父さんはスプーンを使って指輪を紅茶の中からすくい上げました。トルコ石を調べ てみるとどこも濡れていません。何故でしょう?> この問題は担任の益子先生以外は誰も正解しなかった。 答を教えて欲しい? そう言わずにちょっとは考えてみてよ。考えてもらっている間 に、不知火さんとの馴れ初めを書いてみるから。 不知火さんは五年生のときに転校してきたので、当初、どういう子なのかは誰も知ら なかった。口数が少なく、本をよく読んでおり、勉強もできるらしいのはすぐに分かっ たけれど。 真面目そうで本を読んでるからって、勉強ができるかどうかは分からないだろうっ て? そりゃそうだ。言葉が足りなかったね。不知火さんとは教室で席が隣同士になっ たんだ。四月の下旬に小テストが何科目かであってさ。小テストの採点は、隣同士で答 案用紙を交換して、先生の説明を聞きながらするんだ。彼女の点数はどの科目も九十五 点を切ることはなく、というか国語を除いて全部百点だった。 国語のマイナス五点も、漢字を書く問題で一問、迷っている内にタイムアップになっ ただけ。その迷った理由が面白い。何でこんな簡単な漢字を書けなかったの的なことを 言うと、 「だって前の出題文に、その漢字がずばり使われているから。他の漢字があるのかなと 思って」 との返事。言われてみればなるほどその通りだった。 このときの不知火さんみたいに考えすぎるほど考える人、自分は嫌いじゃない。パズ ルを出す相手としてやりがいがあるから。ということでそれまでにため込んできたパズ ルやなぞなぞを、彼女にどんどん出してみた。 さっきの紅茶の問題も出したよ。 不知火さんはあっという間に正解した。 「紅茶は紅茶でも、茶葉だったんではないでしょうか」 「せ、正解。凄いね」 初めて同級生に正解された動揺を押し隠し、賛辞と拍手を送った。 不知火さんは謙遜する風に「いえそんな」と応じ、続けて「それにしてもトルコ石の 性質なんてよく知っていますね。水に弱いという点は扱いづらいですが、ユニークだ わ」と褒めてくれた。と同時に、彼女自身はそのことをメモに取った。 「そんなことメモって、何にするの?」 「特に決めてはいませんが、何かに使えると思ったので」 知識欲の強さの表れだった。 紅茶の問題を解かれたあとは、躍起になって出題するようになった。不知火さんには いつも正解され、彼女にも答えられない問題を出して参ったと言わせたいから――では ない。彼女だって連戦連勝ではなく、答えに窮することは幾度かあった。ただし、誤答 は一度もない。徹底的に考えて、自分自身納得のいく答を見付けるまでは答えようとし ないのだ。 もっといえば、不知火さんはつまらない答の問題ほどよく間違えた。 例を挙げると、これはオリジナルではなく、出典が分からないくらいに有名な問題な んだけど。 <問題。二十回連続でじゃんけんであいこになるにはどうすればいいか> <答。鏡に映った自分自身とじゃんけんすればよい> この問題には不知火さん、不機嫌になってしまった。だよねー、自分も何てできの悪 い問題なんだと思いつつ、こういうのはどうかなと思って出したから。 別の日に、ロジカルでパラドキシカルなのを出してみた。あ、小学生のときにロジカ ルとかパラドキシカルなんて言葉知らなかったし、意識してなかったよ、念のため。 <問題。おとぎ話の世界でのこと。母と子、二匹のウサギが散歩をしていました。突然 現れたライオンが子ウサギを捕らえ、人質ならぬうさぎ質にして母ウサギに言いまし た。『これから俺がこの子をどうするつもりなのか言ってみろ。もし言い当てることが できたなら、おまえも子供も見逃してやる。もし不正解だったら親子揃って食ってしま うぞ』 母ウサギはどう答えれば、子ウサギともども助かるでしょうか> <答。『ライオンさんはうちの子を食べるつもりでしょう』と答える。ライオンが子ウ サギを食べようとしたら、母ウサギはライオンの行動を言い当てたことになり、ライオ ンは子ウサギを食べられない。ではライオンが子ウサギを食べようとしなかったら? 母ウサギはライオンの行動を言い当てられなかったことになり、ライオンには子ウサギ を食べる権利が生じる。でもいざ食べようとすると、母ウサギはライオンの行動を言い 当てたことになり、やはり食べるのは中止にせざるを得ない> この問題に対する不知火さんの感想がふるっていた。 「矛盾をはらんでいて面白いです。けれども、それ以前に問題が不自然ではありません か。いくらおとぎ話の世界とは言え、どうしてライオンは条件なんて付けたんでしょ う? 肉体では相手を圧倒するでしょうから、四の五の言わせずに母子いっぺんにウサ ギを食べてしまえばいいんです」 「えっと、そ、それは。二匹同時に追うのは難しいから、一匹ずつ仕留めようと考えた んじゃないかな。二兎を追う者は一兎をも得ずと言うし」 「なるほど。そういえばあなたはウサギを一匹二匹と数えるんですね」 「あ、ああ」 「慌てないで。一羽二羽じゃなきゃいけないと言ってるんじゃありませんから。一兎二 兎というのも数える単位なんでしょうか」 そんなの知らないよ。首を横に振るしかなかった。 その翌日、初めて不知火さんの方から出題してきた。 「パズルと言っても、昨日出してくれたあの問題をこねくりまわしただけなんですけど ね。あの問題の状況で、ライオンはどうすればウサギの母子をおなかに収めることがで きたか、というだけ」 「えっと、子ウサギを一撃で気絶させ、素早く母ウサギに飛びかかる?」 「違います。もっと文章の意味の解釈にこだわってください」 休み時間に出されたんだけど、時間内に答えられなかった。しょうがないので、次の 体育の授業中に考え、さらに教室に戻ってきて着替えている間も考えていた。でも結局 分からず、白旗を掲げる羽目に。 「だめだ、分かんない。降参だ〜。答、教えてください」 クラスメートから逆に出題されることは今までにあったけれども、そのすべてに正解 してきた。答えられないのは初めての屈辱だ。でもまあ不知火さんが相手なら仕方がな いかなとあきらめもつく。 「あら。私の考え付いた答にきっと辿り着くと思ってたのですが……かなりブラック よ」 前置きして彼女が説明したライオンの取るべき行動とは。 「ライオンは母ウサギの答を聞くと、にやりと笑って子ウサギをジューサーに放り入れ ました。ジョッキを用意し、スイッチを入れると――」 「うわー、やめてくれよー」 「ね、ブラックと言ったでしょう」 「ブラックって言うより、スプラッタかホラー」 ライオンは子ウサギを食べてはいない、飲んだのだと強弁されても困るなあ。 こんな感じで、不知火さんが出題し、こっちが答えるという攻守交代パターンはその 後段々増えてきた。最初の頃は、不知火さんがこれから問題を出しますよと警戒を喚起 してくれることもあって、クイズ王の面目を保てていたんだけれども、徐々に不正解で 終わるケースが多くなっていった。 中でも一番やられた!と感じたのが次のパズル。 「こういう問題はどうでしょう」 そう切り出してから不知火さんはノートに図形を描き始めた。 まずコンパスを使って円を描き、続いて中心Oを通る線を二本、直角に交わるように 引く。それぞれの線が円周上に達する点をABCDとした。こちらから見てAが一番上 の点になる。要するに中心をOとする円に直線ABとCDによる十字が内接した図形 だ。 Aから三センチ下ということを表す書き込みをして線上に点Eを取り、線分AOに対 して直角をなす線を右方向へ円周まで引く。その点をFとし、今度はFから直線を真下 にODと交わるまで垂らし、そこをGとする。正方形EFGOが描かれた訳だ。 不知火さんは最後にEとGを直線で結び、EGが七センチであることを示す書き込み を加えた。換言すると正方形EFGOに対角線EGを引き、EG=7cmってことにな る。 「ふう、やっと描けました。さあ、問題です。この円の直径はいくらになるでしょう か? この図は実際の長さは反映していないことを念のためにお断りしておきます」 一生懸命描いてくれた不知火さんには悪いけれども、内心、苦笑してしまっていた。 だって、この問題知ってる、と思ったから。それも彼女が図を描き始めてすぐの頃 に。 ややこしい計算が必要っぽく思えるけれども、さにあらず。正方形EFGOの対角線 の内、OFは円Oの半径と等しい。そして正方形の対角線二本は等しい長さを持つ。つ まりOFイコールEGだ。EGは七センチなのだから円の半径も七センチ。問われてい るの直径なので、半径を倍にすればいい。 「ごめん、インチキはよくないから、最初に言っとく。この問題、知ってる」 「え、そうでしたか。でも一応、答を聞かせてください」 「いいよ。十四センチでしょ」 「残念」 え? 声も出ず、目を見開き、口をぽかんとさせていた。 「図形をよく見てくださいね」 不知火さんは目の前にノートの図形を持って来た。紙に穴よあけとばかりに凝視する と、やがて気付けた。 「……! これ、7cmって書いてあると思ったのに、7mになってる!」 「はい。ですから答は十四メートルになります」 物凄く疲れた。 実際に長さの比率が3対700になるように描いたら、どんな図形になるんだろう? 問題を出し合う内にどんどん親しく、仲よくなって。 不知火さんのことを好きになっていた。恋愛という意味で。 早いとは思ったけれども、彼女を誰にも取られない内にと焦る気持ちにブレーキは掛 けられなかった。だから卒業式のあと、彼女に告白した……んだけど。 「ごめんなさい。未来のことは分かりませんが、今の私はまだまだ色んな人を知りたい 気持ちで一杯ですから、応えられません」 あっさり断れた。 それでも将来受け入れてくれる可能性を否定されたんじゃなかったので、ほっとし た。 二人の友達関係はずっと続いた。 中学、高校と同じデザインのセーラー服に袖を通してからも、問題を出したり解いた り降参したり。 おわり
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