●長編 #0533の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
六 スカイプだから鮮明ではないのだが、斉木の頬はこけて無精ひげが生えていて、 心なしか頭髪も薄くなっている気もする。 伸びきったタンクトップの胸のあたりには肋骨が透けている。 逃避行で疲れたか、糖尿病でも患ったか。 斉木は机の上の皿からスプーンですくってピラフの様なものを食べ出した。 その様子は、キッドナッパーに誘拐された商社の駐在員といった感じ。 そこへ、さっき皿を運んできたノースリーブの女性が登場した。 最初の内は、斉木が女に向かって、ファックだのビッチだの声を荒げていたが、 その内、プリーズとか言って、拝むように手を合わせていた。 女が「カモン」とドア方向に向かって言った。 機敏な動きの男二人が入ってきて、 椅子に座っている斉木の肩を両方からフルネルソンで固めると、 そのまま、部屋の外に引きずっていった。 それからワンピースの女がカメラを覗いた。 「アディオース、アスタ、ラ、ビスタ」とこっちに言う。 そしてぷちんとスカイプが落ちた。 「なんだ、何か向こうで騒ぎが起こっているようですが」と主任管理員。 「彼女らも売春をさせられていたんだから、 恨んでいて男を呼んできたのかも知れない」と私。 「これから彼がどうなるのか、というのもミステリーやな。 まだまだミステリーは続くってことや」中川は全く他人事の様に言うと、 お茶をすすった。「腹へったなあ。そろそろめしでも食いに行かへんか。 このお菓子が呼び水になって、すごい空腹感やで」 「だったら今日は海鮮丼がおすすめですよ。 新鮮なイクラとかハマチとか乗っていましたから」 「じゃあ、それ、行こう」 私と中川とでホテル側のレストランに向かって歩いていたら 明子さんに出くわした。 「あら、これからお食事ですか?」 「そうなんですよ。美味しい海鮮丼があると教えてもらって。 …そうだ、明子さんも一緒にどうですか? ご馳走しますよ。 色々ごたごたがあったし」 「そうですか? じゃあお相伴に与ろうかしら」 我々三人は、レストランで、 日本海の海の幸満載の海鮮丼、お吸い物つき、お酒つきに舌鼓を打った。 「イクラがぷちぷちと口の中で弾けるところにお酒を含むと絶妙やな」 「磯の香りが広がりますね」 「お吸い物もグーですよ」 「魚介類と吸い物は合うよな。味噌汁はそうでもない。 魚には白ワインは合うというのに似ているのかな」 など、食レポをしながら寿司を食った。 「そういえば、斉木さんってその後どうなったんですか?」 「そうそう、それを報告したかったんですけれども。 さっき斉木から電話がかかってきたんですよ」 「え? 携帯に?」 「いや、スカイプで」 「あの人、まだ日本に居るんですか? てか、生きているんですか?」 「ええ。なんでもフィリピンに居ると言ってましたよ。 なんか、牛山さんの間男みたいな真似しているみたいですが、 結構揉め事が多いらしいですよ」 「へー、いやらしい。そういえば、私カミールにあったんですよ、 牛山さんに書類を届けに行った日、先生たちに社用車を貸した日ですけれども。 あの晩牛山さんが亡くなって、そうしたらカミールも来たんですよ。 カミールは、フィリピンに帰るけど、 牛山さんと一緒じゃないのが残念だ、って言ってましたね。 でも、フィリピンはすごい危険だから牛山さんは行けなくてよかった とも言ってましたね。 なんでも左翼ゲリラがあちこちにいて誘拐されるとバラバラにされて 臓器売買に使われちゃうんですって。 心臓とか目とか。 もしかしたら斉木さんも危ない目に遭っているかも知れませんね」 「じゃあ、さっきの騒ぎも何かその手のトラブルかなぁ」 「え、何かあったんですか?」 「いやいやいや、想像ですよ。 つーか、斉木は死んでも死なない奴だから何があっても平気でしょう。 ねえ、中川さん」 「さあ、どうだろう。あの常夏のフィリピンと このスキー場とじゃあ何千キロも離れているからなあ。想像でけへん」 中川はイクラを口に入れると、お酒を含んだ。窓の外の雪山を遠目に眺める。 私もつられて窓の外を眺めた。 ゲレンデにはしんしんと雪が降っていた。 雪が防音材になって、 人間の起こすもろもろの騒々しさを吸い取るかのように思われた。 この静かな斑尾とあの騒々しいフィリピンが 海底ケーブルで結ばれていると思うと変な気持ちがする。 しかし数日したら又スカイプで電話をしてみようと私は思った。 斉木和夫が二度死ぬかどうかを確かめる為に。 【完】
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