●長編 #0516の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
自宅までの道を心持ち早足で歩いて行く。唐沢の入部騒動で、余計な時間を食ってし まった。誕生日プレゼントを持って来ていれば、学校でも渡せていたはずだが、包装に 皺が寄るのを嫌ったのと、周りから冷やかされるのを避けたかったのとで、家に置いて きたのだ。 「お待たせ!」 家まで来てもらって、上がる時間がない相羽を待たせる形になった。気が急いた分、 短い距離をほぼ全力疾走で往復してしまった。さすがに息は切れないが、足音で気付か れたようだ。相羽は苦笑する口元を手で隠しつつ、「そこまで急がなくても、大丈夫だ ったのに」と言った。 「この場で感想を聞きたいんだもの。誕生日、おめでとうっ」 相羽に紙袋を手渡しながら、純子。 「開けていいんだね。――スコアのノートと、これは……」 縦長の箱を取り出す。紙ではなく、立派なケース入り。 「万年筆だ。あ、音楽用の?」 万年筆のケース脇に音楽用を意味するMSと記してあるのに気付いた相羽は、少し意 外そうな反応を示した。小説を書くこともある彼のことだから、そちらの用途でプレゼ ントされたと思ったのかもしれない。 「そ、そう。前、作曲もするっていうのを聞いたから。手に馴染むかどうか分からない けれど、もし使いにくくても、お守りか何かみたいに思ってくれたら」 「――ありがとう」 相羽はプレゼントを持ったまま、純子をしっかり抱き寄せた。紙袋のかさかさという 音が聞こえたかと思うと、すぐにまた元の距離に戻ったけれど、純子をドキドキ支える には充分な時間だった。 「大切に使う」 「え、ええ。もう、逆に、壊れるくらいに一生懸命使ってもらってもいいわ。すぐにま た新しいのをプレゼントするから、なんてね、あははは……」 「うん。がんばるよ」 「……相羽君。やだなあ、目がうるうるしてる。これくらいのことでそこまで感激され ると、困っちゃうじゃない」 相手の顔に感情を見て取って、純子はわざと茶化すように言った。喜んでもらえるの は贈った方としても大変嬉しいのだが、普段にない反応をされると戸惑いが勝りそうに なる。 「嬉しいんだから、仕方ないだろ」 相羽も恐らくわざとだろう、ぶっきらぼうに返すと、受け取ったばかりのプレゼント を丁寧に元の状態にする。そして学生鞄の中にスペースを作り、これまた丁寧に仕舞っ た。 「さて。名残惜しいけど、もう帰らないと」 「おばさまにもよろしく言っておいてね。それに、えっと、親子で仲よくお祝いしてく ださいって」 「分かった。誕生日の当事者がそれを伝えるのは、何となくおかしな気もするけど」 「そうなのかな? とにかく、おめでとうございますってことよ」 「はは、了解」 別れ際には、いつもの相羽に戻っていた。 中間考査は、始まるまでに二度ほど友達同士で集まって勉強会をした成果か、無事に 乗り切れた。純子に限って言えば、一年時最後の成績と比べて点数の上下こそあれ、少 なくとも補習や追試を受けねばならない科目は、一つもなかった。 特に、大きかったのが白沼のサポート。そう、勉強会には白沼も参加したのだ。 「意外だったって? 今回は特別よ」 全部のテストの返却が終わったあと、感謝の意を告げた純子に対し、白沼は当然のよ うに答えた。 「もしも追試なんてことになったら、スケジュールが狂うでしょ、仕事の」 「あ、そういう……」 「もちろん、私が手助けしなくても、大丈夫だったとは思うけど。あなた、多忙な身の 割に、勉強もできるんだから」 「ううん、今回はいつも以上にピンチだった。白沼さんがポイントを教えてくれたか ら、凄く凄く助かった。あれがなかったら、睡眠時間削らなきゃいけなかったわ」 「それは何よりですこと。寝不足はお肌の大敵と言うし、たっぷりと寝て、鋭気を養っ てちょうだいね」 「……怒ってる?」 「いいえ。怒ってるように見える? だとしたら、あなたが何度もお礼を言ってくるか らね。無駄は省きましょ。それよりも――また、唐沢君が見当たらない」 クラス委員として何かあるのだろう、白沼は腕時計で時間を気にする仕種を見せた。 「知らないわよね」 「ええ。昼休みなら、屋上に行ってる可能性が高いんだけど」 伝わっているのかどうか心配になったので、天文部のことを白沼に話しておく。 「そうなの。……その合宿、あなた達も参加するのね?」 「達って?」 「決まってるでしょ、相羽君よ」 「う、うん。参加するつもり」 「スキャンダルはごめんだから、監視役で着いて行こうかしら」 視線を巡らせ唐沢を探すそぶりをしながら、白沼はさらりと言った。 (まさか、白沼さんまでここに来て入部?) 「し、白沼さん! そんなスキャンダルなんてないから!」 「着いて行ったって、ずっと貼り付けるわけないんだし」 「だから、何にもしないってば〜」 「あなたにその気がなくたって、健全な高校生男子が抑えきれるかどうか。夏だから、 涼原さんも薄着になるでしょうしね」 「――」 赤らんだであろう頬を、両手で隠す純子。白沼はまた腕時計を見やった。 「冗談よ。――もう、仕方がないわね。唐沢君の苦手な子って、やっぱり町田さんにな るのかしら」 「はい?」 急に友達の名前を出されて、戸惑った。おかげで気恥ずかしさは吹き飛んだけれど も、話の脈絡が掴めない。 「あなたからでもいいわ。町田さんに頼んで、唐沢君にきつく言ってもらえないかし ら。休み時間になっても教室を飛び出さず、少し待機しなさいって。それとも、学校が 違ったら、友達付き合いも疎遠になってる?」 「ううん。大丈夫だけど……芙美が言っても、効果があるかどうか」 「そうなの? じゃあ、あなたと町田さんとで、飴と鞭作戦」 絵を想像してしまった。唐沢がサーカスのライオンで、純子が給餌係。町田は猛獣使 いだ。思わず、笑った。 「ふふっ。それでもうまく行くか、分かんないけど、今言われたことは伝えておくわ」 「頼むわね。あ、そうだわ。唐沢君の弱みを知りたい」 「え?」 「弱みを握れば、私の言うことも多少は聞くようになるでしょう。町田さんなら、小さ い頃から唐沢君を知ってるみたいだし、何か恥ずかしいエピソードも知ってるんじゃな いかしら」 「あんまり気が進まないけど……一応、聞いてみる」 悪魔っぽい笑みを浮かべた白沼に、純子は不承不承、頷いた。 「――ていうわけなんだけど」 純子が話し終わると、町田は歯を覗かせ、呆れたように苦笑した。 「久方ぶりのお招きに、何事かと思って来てみたら、あいつの話とはねえ」 電話口で、ともに中間テストが終わって、時間に余裕がある内に会いたいねという風 な話の振り方をした結果、町田が純子の家に来ることになった。 「ほんとに会いたかったのよ。たまたま、白沼さんに言われたのが重なって」 ケーキと紅茶を勧めながら、純子は必死に訴えた。 「はいはい。でもって、純子、あなたは私とあいつとの仲がどうなってるか、気にして ると」 「ま、まあね。芙美だって、学校での唐沢君のこと、気に掛けてるんだし」 時折、電話したときに、学校での唐沢の様子を伝えてはいた。包み隠さずを心掛けて いるので、この間のパン屋での一件も知らせてある。 「知っての通り、近所だから、顔はよく合わせるわけよ。デートしてるところを見掛け る頻度が、めっきり減ったわ。ゼロと言ってもいいんじゃないかな。単に、行動範囲を 変えただけかもしれないけれど」 「見てる限り、校内では女子と親しく話してても、校外のデートはしてないと思う」 「心を入れ替えたとでも?」 「……分かんない。ただ、勉強の時間を確保するのには、苦労してるみたい」 「まったく、無理してレベルの高いところに入るから」 「でもね、最近はコツを掴んだみたいなこと、言ってたような」 「純、それは何のフォローなんだね? 唐沢の立場からすれば、逆効果になってる気が するんだけど」 「えっと。フォローというか、現状報告の最新版」 「ふうん。それで、あいつは白沼さんとはうまくやってるの? 委員長として」 「うまく……立ち回ってる感じ?」 「あははは。その表現で、様子が目に浮かぶわ。白沼さんの苦労ぶりまで。だからっ て、弱みを握りたがるのはねえ。気持ちは理解できても、やり過ぎ」 「やっぱり、そうだよね」 「だいたい、そんな弱みになるようなネタがあったら、私が使ってる」 「え」 「実はネタがないわけじゃないんだけど、私にとっても地雷だから。一緒になっていた ずらしたりね。にゃはは」 「本当に、昔から仲がよかったのね」 「昔は、よ。こーんぐらいの頃だけ」 町田は手のひらを使って背の高さを表す仕種をする。座っているから今ひとつぴんと 来ないけれども、幼稚園児ぐらいだろう。 「あいつがもて自慢するようになってからね、おかしくなったのは。あ、一個思い出し た。これなら私は関係ないから、言えるわ」 「うん? 唐沢君の弱みの話?」 「まあ、小っ恥ずかしい話。あれは小学……四年生のときだった。知っての通り、小学 校は別々だったけど、お祭りなんかでばったり出くわすこともあるわけよ。あの年も同 級生の女子を大勢引き連れていた。私の方は友達、女友達二、三人と一緒で、穏やかに すれ違うつもりだったのに、向こうが『女子ばっかで楽しいか』みたいな挑発をしてき たから、こっちもつい」 芙美と関係のない話じゃないのかしら?と疑問に感じないでもなかった純子だった が、スルーして聞き役に徹した。 「『そっちこそ、毎度毎度同じ顔ぶれを引き連れて、よく飽きないわね』的なことを言 い返してやったの。そうしたら、『じゃあ、おまえらこっちに入れよ』って」 「それが恥ずかしい話?」 (単なる唐沢君の照れ隠しなんじゃあ……) 純子のさらなる疑問を吹き消すかのように、町田がすかさず言った。 「まだ続きがあるのよ。上からの物言いがしゃくに障ったんで、私らも応じないで、適 当に辺りを見渡しながら、『その辺の女の子をつかまえれば』って言ってやった。それ を唐沢の奴、真に受けてさ。私が顎を振った方向の先にいた、女の人に声を掛けに走っ たのよ」 「女の人って、まさか、大人の?」 「そうよ。自信があったんだか知らないけど、当然、相手にされるはずもなく、当たっ て砕けていたわ」 「唐沢君、無茶するなぁ」 それだけ芙美を気にしているから――そう解釈できると思った純子だが、敢えて言葉 にはしまい。 (芙美も分かってる。第三者があれこれ口出しするときは過ぎてる。あとは二人のどち らかが行動するだけ。芙美には唐沢君の普段の様子を伝えているけれど、特に気持ちを 動かされた感じはないのよね。そうなると、唐沢君が行動を起こすしかないんだろうけ れど) かつての自分の鈍さ加減を思うと、無闇に焚きつける気になれない。相羽との件で は、周りに気を遣わせていた意識は充分すぎるほど自覚している純子なので、今さら自 分が気を遣ったり気を揉んだりする分は厭わない。 (芙美も唐沢君も多分、お互いの気持ちを分かってて、意地を張ってる。どちらか一方 じゃなく、二人が揃って素直になれるタイミングじゃないと難しいかなあ) 知らず、芙美の顔をじっと見ていた。視線に気付いた相手から、「唐沢のことなんか より」と話題を転じられた。 「相羽君との仲を聞かせてほしいな。おのろけでも何でもいいから」 「誕生日プレゼントを贈ったわ」 「ほう。何を」 「万年筆と五線譜ノートを。ただね、相羽君てば、自分の誕生日を忘れていたいみたい で」 「ふうん? よっぽど忙しいのかねー。忙しさなら、純子の方が上だと思ってたけど」 「分かんないけど、私だけ忙しいのよりはずっといい。だって、会えなくなって、私だ けの責任じゃないもんね。あは」 「ジョークでも悲しいわ。その分じゃ、まともなデート、ほとんどしてないんだ?」 「うん。少ないからこそ、一回が濃くなるようにがんばってるから」 「……濃いって、まさか……」 「ん?」 「……あんた達二人に限って、あるわけないか」 「何が」 「デートの回数が少ない分、一回を濃くしようとして一気に進展するようなこと、ある わけないわよねって言ったの」 「――な、ないけど」 キスをしたことが頭を何度もよぎる。一気に進展とまでは言えないだろうけど、純子 達にとっては大きな進展に違いない。 「どうしたん? 顔が赤いよ」 顎を振って指摘する町田。純子が「何でもない」と急ぎ気味に答える。 「さっきも言ったように、今日の私はのろけも大歓迎よ。自慢でも何でも来い」 「自慢するようなエピソードは、まだ……」 「あらら、残念。うらやましがらせるような話を聞かせてくれたら、私も早く彼氏を作 りたいなーって思ったかもしれないのに」 「ほんと? ようし、それなら楽しい話ができるよう、デートに精を出すわ」 お互い、どこまで本気で言っているのか、当人達さえも分からないやり取りで終わっ た。 町田と久しぶりに顔を合わせて話をした翌日、純子は学校に着くなり、白沼の姿を探 した。唐沢の弱みについて、成果は大してなかったが、一応、伝えておこうと思ったか ら。 (唐沢君は教室に来るのが遅い方だから、いない内にすませちゃお) そんな考えを抱いて教室に入った。途端に、当の白沼が気付いて、駆け寄ってきた。 (えっ、白沼さん、そこまで知りたがっていたなんて。すぐに教えたいけれども、で も、唐沢君がいないことを確かめてからにしないと) 慌てて教室を見渡すが、確認し終えるよりも早く、白沼が目の前に立った。 「あ、あの」 「ちょっと」 袖を引っ張られ、そのまま二人して廊下に出る。鞄を机に置く暇すらもらえない。 「唐沢君、教室にいるの?」 廊下に連れ出されたことをそう解釈した純子。だが、白沼はあからさまにきょとんと した。 「何の話? 私はあなたに仕事の話をしたいの。さあ、もっと隅っこに行かなきゃ聞か れるかもしれないでしょうが」 校舎の端っこ、壁際まで来た。人がいないわけではないが、通り過ぎるばかりで、誰 も気に留めまい。 「仕事って」 「加倉井舞美の事務所から、直接うちの方に打診があったのよ。夏休みの期間中、テラ =スクエアのキャンペーンのお手伝いをさせてもらえませんかって」 話が見えない。とっても意外な名前が出て来た気がする。 「加倉井舞美って、あの加倉井さん?」 「どの加倉井さんか知らないけれども、加倉井舞美はあなたと面識があるのよね? 一 緒にやりたいと言ってきたのが昨日の夜だそうよ。今頃、正式な連絡があなたの事務所 にも入ってるはず。そっちは何か事前に聞いていた?」 「何にもないわ。うーん」 思わず腕組みをしてしまった。 (加倉井さんがまた一緒に仕事をしたがっていたのは、私――風谷美羽ではなく、久住 とよね。それがまた、どうして私と) 「涼原さんにもわけが分からないのね? 加倉井舞美ほどのタレントが、向こうから使 って欲しいと言ってくれるなんて、ありがたい話だと思うわ。でも、異例でしょう、こ ういうの。何か裏があるのじゃないかって気になったから、とにもかくにもあなたに事 情を聞こうと考えたわけ。それなのに、その様子じゃねえ」 がっかりしたのとあきれたのが綯い交ぜになったような、徒労感漂う笑い声が、白沼 の口から漏れ聞こえた。 「白沼さんのところは、この話を受けるつもりは?」 「基本的にはあるみたいね」 「だったら、私、じかに聞いてみようかな」 「個人的に連絡取れるの?」 「え、ええまあ。電話番号やメールアドレス、教えてもらったから。ただ、メモリに入 れてないし、覚えてないから、一旦帰らなくちゃいけないんだけど」 「え、メモリに入れてないって、どうしてよ?」 「万が一、私が携帯電話をなくしたら、迷惑掛かるかもしれないから、芸能人の分は入 れないようにしてる」 「ロックしておけばいいんじゃないの。あー、はいはい、解除されるかもしれないと。 そうよね」 一人で勝手に納得した白沼は、少し考える時間を取った。 「……今すぐ聞けないのなら、あんまり意味ないわね。あなたのとこのルークにも直接 話が行くのは間違いないから、その返事として問い合わせる方が礼儀にも叶うでしょ う」 「そうかもしれない。白沼さん、凄い。業界にすっかり慣れた感じ」 「そう見えるのなら、少し分かってきただけよ。全体を大まかに見て意見を述べるの と、連絡係をやってるだけなのに、やたらと調整に手間が掛かって面倒なのはよく飲み 込めたわ」 白沼は大きく嘆息すると、視線を純子に向け、じっと見てきた。 「よくやってるわね、こんな仕事」 「わ、私は担がれてる方だから、手間とか面倒とかはあんまり。端で見ていて、大変だ なあって思うし、スタッフさん達に支えてもらっているというのは、凄く感じてるけど ね」 「じゃあ楽なの? 楽なら私もチャンスがあればやってみようかしら」 本気とも冗談ともつかぬ白沼の意思表明に、純子は一瞬戸惑った。 「楽とは言えないけど、白沼さんがやる気なら応援するっ」 「ばかね、冗談よ」 「あ。そうなの。もったいない……」 純子は本心から言った。少なくとも、美人度という尺度で測れば、白沼の方がずっと 美人だろう。 「ありがと。でもね、私、何がだめって、あの撮影関係の待ち時間の長さがだめ。まっ たくの無駄ではないんでしょうけど、無駄に過ごしてる感じが耐えられないわ」 白沼はふと思い出したように時計を見た。そして素早く行動を起こす。 「急いで戻らなきゃ。無駄話のせいで」 一時間目のあとの休み時間に、加倉井から打診があった件について、相羽にも聞いて みた。だが、意外と言っていいのか当然とすべきか、彼はこの話に関して何も知らなか った。 「えらく急な話だね。夏休みと言ったら、あと一ヶ月くらいしかない。もうほとんどキ ャンペーンの中身は決まってるだろうに」 話を聞いたばかりでも、分析力に長けた相羽。すぐに不自然なところを洗い出してく れた。 「あ、そっか。性急さがおかしかったんだわ。それもあって、何となく裏がありそうな 印象を受けたんだ」 「ねえ、純子ちゃん。加倉井さんの話は事務所に正式な形で届くだろうから、そのあと でいいんじゃない?」 「う、うん。昼休みにでも電話して、聞いてみようかな」 「よし、決まり。実は、こっちも話があってさ。今朝、鳥越に会ったときに言われたん だ。天文部の集まりに顔を出してくれって。合宿の説明がある」 「あっ、忘れかけてた。だめだ、私」 「そう自分を責めなくても」 「違うのよ。それだけじゃないの。昼休みの定点観測。電話を掛けることばかり考え て、すっぽかすところだった」 反省しきりの純子は、昼は屋上、放課後は天文部部室に行くことを頭の中にしっかり 刻んだ。 ……刻んだのだが、合宿の話は思い掛けず、鳥越の方から足を運んでくれた。二時間 目の終わったあと、わざわざ教室までやって来た次期副部長は、「待っているだけだ と、本当に来るか不安だから」とやや嫌味な、しかし当然とも言える前置きをした。 聞き手は純子と相羽と唐沢の三人だ。と言っても、長くはない休み時間故、鳥越は必 要事項を記したプリントを用意しており、手早く配った。 「日程はそこにある通りで決まり。絶対に動かせないから。他に分からないことや、こ うして欲しいという希望があれば、なるべく早めに言ってくれ。できれば今の役員に」 「はーい」 「費用のことも書いてあるけど、割り当ての活動費でまかなえる範囲に収まったから。 ただし、二日目のバーベキューを豪華にしたいなら、カンパ随時受け付け中」 「つまり、不良部員の俺達に多めに出してくれと」 唐沢が緊張の色濃く出た笑みを浮かべて尋ねる。鳥越は対照的に、邪気のない笑みで 応じた。 「いやだなあ。そんなつもりは全然。ただ、合宿を楽しく過ごすには、まずは食事の充 実からかなと思ったまでのこと」 「食事の話はおくとして、一つ聞きたいことが。いい?」 純子はプリントを持っていない方の手を挙げた。鳥越は相好を一層崩した。 「答えられるかどうか分かんないが、受け付ける」 「今回は皆既日食がメインなんでしょう? でも、夜は夜で観測するの? 流星群の時 期に重なるはずだし」 「もちろん、するよ〜。機材の運搬が大変だけど、副顧問の作花(さっか)先生がマイ クロバスを出すと」 「そうなんだ? それで、細かいスケジュールや観測対象は、またあとで決めるのね」 「そうだね。まあ、夜の観測対象は、やぎ座流星群及びみずがめ座流星群が本命で決ま りだよ」 「月齢の条件も、まあまあいいんだっけ。楽しみ」 眼を細める純子の横では、唐沢が相羽の肩をつついていた。 「話が半分ぐらいしか分からないんだが」 「僕はだいたい理解してる」 「うーむ、こんなんで参加していいのか、不安になってきたわ、俺」 唐沢のぼやきは、鳥越の耳にも届いていた。 「不安なら、テストしてあげようか」 「いやいや、遠慮しとく! 部活の中で教えてくれ」 唐沢が椅子から立って逃げ出す格好をしたところで、タイムアップとなった。 ――つづく
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