●長編 #0450の修正
★タイトルと名前
親文書
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
其の三 ヴェローナ・ビーチを空から見下ろしたら、どう見えるだろうか。 ヴァレンチノのスーツを粋に着こなし、ムービー・スターのように整った顔のその おとこは、棺桶を見下ろしながらぼんやりと考えていた。 おそらく、ここは暗いはずだ。 聖都市は、宝石箱のように夜の闇の中で煌めいているのだろうが、その隣にあるヴ ェローナ・ビーチは闇に沈んでいるだろう。 そして、その暗いヴェローナ・ビーチの中でもさらに暗い墓地の入り口にある、 霊廟であるここは。 きっと、ブラックホールのように、全てを吸い込むような闇に見えるのだろう。 そう思いつつ、口元を微かに歪める。 それを見とがめられたのか、おとこは後ろから声をかけられた。 「おい、パリス。一体どうするつもりなんだ」 パリスは後ろを向き、声をかけたおとこを見る。 大きなおとこで、あった。 身長も、幅もあり、筋肉の鎧に覆われているようだ。 黒い肌に、黒い革のジャケットを着たその姿は、半ば闇に溶け込んでいる。 かつて、ネイヴィー・シールズに所属していたそのおとこを、パリスはシールズと 呼んでいた。 パリスは薄く笑みを浮かべたまま、答える。 「どう、とは?」 シールズは、舌打ちをした。 「おまえの妻は、死んでしまってこのざまだ。キャピュレットとの繋がりは切れた んだぞ」 「気にするなよ」 パリスは、歌うような口調で語る。 「死んでようが、死んでいまいが、妻は妻だ。幸いなことに、ジュリエットは結婚 の誓いの後に、命を絶った」 「違うだろうが」 「そうするんだよ、判るだろ?」 パリスは、気楽な笑みを見せる。 シールズは、ため息をつく。 「そう、うまくいくのか?」 「もちろん。キャピュレットだって、ラングレーに見捨てられたいわけじゃあない しな。やつらはメデジンを見限って、裏切る決意をした。後戻りはできない。ジュ リエットはおれの妻だと、認めるはずだぜ」 シールズは、まだ疑っているような目でパリスを見ていたが、突然腰の拳銃に手を あてる。 45口径という大砲のような弾を撃つ、コルト・オートマティックだった。 自分の部下には9ミリ弾を扱うハンドガンを持たせていたが、自分だけはその規格 外の拳銃を扱い続けている。 シールズの部下が、無言のままフォーメーションをとった。 右にふたり、左にふたり。 シールズは、ツーマンセル二組が一チームだと考えている。 彼らは、シールズ直下の生え抜きチームだった。 そのチームが気配に反応し、臨戦体勢をとっていた。 パリスにも、気配は感じられる。 それは、獰猛な肉食獣の気配であった。 直接見なくても、背中を火で炙られているように、凶悪な気配を感じる。 パリスは、ゆっくりと振り向いた。 カツンと、はじめて足音が霊廟に響く。 おとこは闇から出て、天窓からさしこむ月明かりにその身を晒した。 テンガロンハットに、砂色をしたポンチョを纏ったおとこである。 蒼ざめたその顔は、苦悩に彩られてもなお、美しさを失っていない。 おんなであれ、おとこであれ、そのこころを甘美な麻痺へと誘い込むような美しさ である。 しかし間違いなく、飢えた獣のような凶悪な気を漂わせるおとこでもあった。 パリスは、気楽さを装って声をかける。 「君、何の用だい」 おとこはパリスの言葉を無視して、歩を進める。 「ここには、死体しかないのだよ」 おとこは、目をあげる。 テンガロンハットの下から、鬼火のような光を放つ瞳が覗く。 「おれが望むのは、ただひとつ」 おとこの声は、地の底から響くようであった。 「我が妻の傍らに、この身を横たえること」 パリスは、喉の奥でくつくつと笑った。 「では、君がロミオなのだね」 ロミオは、無言で瞳をパリスに向ける。 「何かの間違いだと思うが、あいにくとここにあるのはわたしの妻の死体だけなん だよ」 パリスは、悪魔のように優しげな笑みを見せる。 「だからロミオ、君は帰って寝た方がいいね。できれば、しこたまコークを喰らっ て、全てを忘れたほうがいい」 ロミオは、懐から煙草を取り出すと、口にくわえる。 それに火を点けた瞬間、そのひとみが夜空に輝くシリウスのように蒼く光った。 「おれを怒らせたいのなら」 ロミオはゆっくり紫煙を、吐き出す。 「命を失う、覚悟をしておくことだ」 パリスは目配せをして、シールズに合図を送る。 シールズは、彼のチームへ指示を無言のまま出した。 パリスは、とても優しく語りかける。 「ぼうや、そんなに不機嫌なのはね、きっとお腹が空いてるせいだと思うな。なん なら、わたしが晩餐を、奢ってあげよう」 ロミオがポンチョを跳ね上げて、腰に吊るした拳銃を剥き出しにするのと、シール ズの部下が放ったスタングレネードが床に転がるのは、ほぼ同時であった。 一瞬、世界が太陽に飲み込まれたように白い光に包まれる。 鼓膜を破壊するような爆音が、霊廟を満たした。 そして、その轟音を突き破るように。 獣の咆哮がごとき、銃声が響きわたる。 死の大天使がラッパを吹き鳴らした後のように、光と音が消え闇が降りてきた。 パリスは、自分の足が震えるのを止められない。 おそらく、彼は奇跡に近いものを見たのだ。 銃声は、一発のように聞こえたが、五発放たれていた。 シールズのチームが、闇の中に倒れている。 ロミオは、真夜中の太陽が夜空に昇るように、その瞳を開いた。 彼は、スタングレネードの閃光で感覚を狂わせないよう、瞳を閉じて撃ったのだ。 瞳を閉じていても彼の記憶と、空間把握は完璧であった。 パリスは、後ろを振り向く。 コルト・オートマティックを構えたままシールズは、信じられないものを見るよう に自分の胸を見ていた。 そこには、赤い薔薇をさしたように、真っ赤な血が滲んでいる。 シールズは部下と同じく、対刃対弾ボディーアーマーを身に付けていた。 ロミオの放った銃弾はボディーアーマーを貫けなかったのだが、そのパワーはシー ルズたちの肋骨を砕き、折れた骨が肺を傷つけていた。 シールズは、引きずり込まれるように床へ倒れる。 パリスは幾度も銃撃戦を経験してきたが、ボディーアーマーをつけたひとを倒せる ハンドガンなど知らなかったし、目を閉じて的に当てることができるガンマンなど 想像を遥かに越えていた。 ロミオは、銃口から煙を燻らせる銃を構えたままだ。 パリスは、自分が倒れていない意味を考え、理解した。 パリスは、拍手をする。 「素晴らしい、素晴らしい」 ロミオは、輪胴式弾倉をスイングアウトする。 パリスの想像したとおり、それは空だった。 ロミオは、懐から弾を取り出す。 三発しか、残弾はないようだ。 しかし、ロミオは満足げに頷くとそれを弾倉に納め、くるりと拳銃を振り回しホル スターへ納めた。 「映画みたいに」 ロミオは、夢を見ているひとのように言った。 その瞳には、哀しみの色さえある。 「映画みたいに、三つ数えよう。それが合図だ」 ロミオは、パリスを憐れんでいた。 そのことに気がつき、パリスはぞっとしたが、明るく微笑んでロミオに応える。 「いいだろう」 パリスはヴァレンチノの上着を脱ぎ捨てると、腰につけた9ミリのベレッタを剥き 出しにする。 パリスは、ロミオの腰につけた銃を見た。 それは、剣のように長く大きい。 クイックドローには、向かないことは確かだ。 パリスは、腰のベレッタをコンマ1秒あれば撃つことができる。 ロミオがどんな怪物であっても、それ以上速く撃てるとは思わない。 やつは、死ぬ気なんだろう、パリスはそう思う。 パリスを、道連れにして。 まあいい、つきあってやろうじゃあないか。 ロミオが、カウントを始める。 「1、2」 パリスは、ベレッタを抜いた。 「3」 パリスが撃つと同時に、ロミオは後ろに倒れていく。 その肩が血渋きをあげるのを確認し、二弾目を放とうとした時に、轟音が轟いた。 パリスは、剣で刺し貫かれたような衝撃をおぼえる。 自分の胸に、薔薇が咲いたように血が滲むのを見た。 「素晴らしい」 パリスは苦痛で歪む視界の中で、ロミオを見る。 ロミオの銃は、ホルスターに納められたままだ。 彼は抜くことなく、その銃を撃った。 ホルスターに納めた銃を撃つために、後ろに跳び、肩に着弾したショックも利用し ホルスターに納められた銃をパリスに向けたのだ。 パリスは、微笑むように唇を歪め、闇に沈んでいく。 人生の最後に、奇跡を二度見られるとは。 そんなに悪いことじゃあない、と。 そう、呟いたつもりだった。
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