AWC ART【1】 /えびす


        
#6580/7701 連載
★タイトル (SEF     )  98/ 7/ 3  21:45  ( 96)
ART【1】 /えびす
★内容

   ART

                             えびす



  魔術とは、魔術師の意志に従って、変化をもたらす業である。
                ――アレイスター・クロウリー


 危険物が増えてきたので、処理することにした。こういうものは、放って
おくとどんどん増えてゆくので、ナップザック一杯分ぐらいになったら整理
する、と竹彦はずいぶん前から決めている。あまり増えてからまとめて処分
すると、思わぬところから勘づかれることがあるからだ。じっさい、以前、
竹彦が二度一緒に仕事をしたことのある男は、事後にそれが元で相手の縁者
にカウンターされ、二年ほど前からアジアに逃亡している。その時は菱川重
工専属のアーティストに主宅を奇襲されたのだから、命があっただけ幸運だ
った。世の中には不思議な才能の持ち主がいるもので、その誰かが、市場に
流れた中古危険物のちょっとしたかたよりを分析し、菱川役員のうちひとり
を木っ端微塵にした人物を特定したらしい。――とかく用心するにこしたこ
とはない、という教訓だ。
 午後二時、竹彦はアパートを出た。晴れてはいるが、風が強い。春はまだ
まだ先だった。そのまま徒歩で最寄りの地下鉄の駅まで行き、売店で新聞を
買う。常磐製菓の株価一〇の位が偶数、神田建設の一〇の位が六だったので、
上り方向に六つ先の駅まで電車に乗った。地上に出てから三〇分ほど歩いた
場所で電話ボックスを探し、〈葬儀屋〉の連絡先に電話をかけた。いつも通
りの留守電に、「一四二、〇二五、〇〇三、〇一七、〇六六」と吹き込み、
もういちど復唱してから電話を切る。普通危険物、竹彦、連絡時間、接触時
間、という意味のコードで、三番目の数字は囮だ。
 すぐにまた地下鉄に乗り、アパートに戻る。ナップザックに危険物を詰め、
準備を終えた。ザックは、若者に人気があるブランド物で、竹彦ぐらいの年
齢の人間なら背負って歩いても違和感はない。危険物は、思った通りザック
の半分ぐらいの量だった。
 午後八時ちょうどに竹彦の携帯が鳴った。
「一四二、〇二五」
 電話をかけてきた男が言う。「もしもし」と相手が言わなかったので、竹
彦はそのまま普通に話を進めた。「もしもし」と言っていたら、それは何か
不都合が相手側に起きている、ということになるので、その後の会話で使わ
れる符牒によってはすぐに地下に潜らなければならない。
「〇〇三、〇一七、〇六六」
 竹彦がコードの続きを言う。
「まいど。いいよ。〇〇八」
「〇〇八。いいです」
 竹彦が復唱する。鶴頭公園横、という意味だ。最初の電話で接触場所を指
定しなかったので、その点は相手におまかせ、ということになる。はじめか
ら場所を決めてしまうと、それが万一敵対者に漏れ、なおかつコードまで割
れてしまっていたときに、対応を練られる時間的余裕が大きくなってしまう。
考え方にもよるが、そういう訳で、竹彦はたいていその部分は相手にまかせ
ることにしている。
「OK。じゃあ、また」
 それから約一時間後、最初の電話をかけてからちょうど六時間経ったとき、
鶴頭公園に隣接した南北に走る道路の路肩を竹彦は歩いていた。裏通りなの
で、車はほとんど走っていない。前方から、角を曲がって、小さめの白いバ
ンが近づいてくる。バンは、竹彦の一〇メートルほど前方で止まった。ドア
が開く。竹彦は、すぐに車の後部に乗り込んだ。
 車内には〈葬儀屋〉が居た。
 車の前部と後部とは完全に仕切られており、後部から運転席は見えないよ
うになっている。前部には、最低でも運転手がひとり乗っているのを乗車前
に竹彦は確認している。
 荷台の床に胡座をかいている〈葬儀屋〉の前に竹彦が座ると、バンが発車
した。竹彦が〈葬儀屋〉にザックを手渡す。
「まいど。いつも通り、中古で流せるのは流す、ってことで」
「どうぞ。差額は現金で」
 くたくたになった安物のジャケットを着た〈葬儀屋〉は、ちょっと見ただ
けでは、日曜に犬の散歩でもしているような、四〇過ぎの小男にしか見えな
い。ごつい手が、ナップザックから次々と危険物を取り出した。
「二二口径リボルバーが三、九ミリ自動式が一。こりゃ凄いな。この九ミリ、
ほんとに売ってくれるの」
「俺、大きいの苦手だから」
「あ、そう。それじゃこっちも勉強させてもらおうかな。後は、二二口径の
空薬莢が七、と」
 そう言いながらも〈葬儀屋〉は、以前竹彦と取り引きしてから今日までの
間で、九ミリを使った仕事がどこかでなかったかどうか、頭の中の膨大な情
報を検索しているはずだ。もしそれがただ一件だったら、それは竹彦の仕事
である可能性が高い。
「紙袋の中は、使えないやつかな」
「ええ。『完全に処分』してください」
 完全に、というのは、中古として流さないように、ということだ。紙袋の
中には、黒の目出し帽が三つ、防刃手袋が三組、注射器が一本、空のアンプ
ルが二本、入っていた。帽子と手袋は、相手の血痕がついていたし、竹彦自
身の体毛も付着しているはずだ。注射器は、相手の血液が出る可能性がある。
使ったのは自白剤とシアン化カリウムだ。
〈葬儀屋〉は大きな電卓を取り出した。しかめっ面でしばらくキーを叩く。
「差し引きで二五万浮く。九ミリ、高いから。それでいいかな」
「結構です」
〈葬儀屋〉がウエストポーチから札束を取り出して数え、竹彦に渡す。竹彦
が数えると、使い古しの一万円札で二五枚あった。ざっと見たところ、連番
はない。いつもの通りだった。
 竹彦が代金を懐に入れたとき、荷台前面の壁に取り付けられている小さな
スピーカーから若い男の声がした。
「つけられてます。三台挟んで四台目の白い乗用車」


                             【つづく】





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