AWC お題>デュエット(前)     つきかげ


        
#1294/1336 短編
★タイトル (CWM     )  00/11/21  01:21  (137)
お題>デュエット(前)     つきかげ
★内容

 秋の空は青く晴渡り、とても高かった。
 その駅は、田園地帯のまっただなかにある。駅といっても駅舎がある訳ではなく、
単線の線路ぞいに細長いプラットホームがあるだけだ。田んぼという緑の海の中に浮
かぶ小さな船といった感じだろうか。
 ちょうど昼さがりの今の時間帯は、かろうじて一時間に一本の電車があるだけだ。
利用する人は僕を除けば、まったくいない。
 この駅からバスで三十分程行ったところに、ある薬品メーカの研究所がある。その
研究所にプレゼンに行ったものの、帰りのタイミングが悪くてほぼ一時間この駅で待
つはめになった。
 僕は、スーツの上着を脱いでネクタイを緩める。そのプラットホームにたった一つ
あるベンチに腰をおろすと、足を伸ばした。空を見上げる。泣きたいくらい奇麗な青
い空だ。秋の風は心地好く暖かい。
 特に何を思うでもなく僕は目を閉じ、風を感じていた。なんとなく、こういうのど
かな時間もいいような気がしてくる。
 ふと、気がつくと歌声が聞こえてきた。僕は目を開き、あたりを見回す。いつのま
にか、ベンチの向こう端に女の子が座っていた。
 ちょうど、幼稚園児くらいの年だろうか。水色のワンピースを身につけ、つば広の
帽子を眼深に被っているため、表情は見えない。
 その女の子が歌っている。奇妙な旋律であり、歌詞は日本語のようであるが強いな
まりがあるようで、よく聞き取れない。このへんの童歌なのだろうか。
 女の子は口もとに薄く笑みを浮かべ、こちらをうかがっている。僕に興味があるよ
うだ。僕もいい退屈しのぎになると思い、女の子に声をかけることにした。
「何を歌っているの?」
 その子は間髪をいれずに答えた。
「デュエットよ」
 僕はちょっと奇妙な感じに囚われる。
「それって歌の名前?それともその歌を歌っているグループの名前なの?」
「ばかね」
 女の子はくすくす笑う。相変わらずうつむいたままなので、表情がよくわからない。
「デュエットよ。二人で歌う歌のこと」
「でも、一人で歌っているだろ、君は」
「二人いるじゃない」
 僕は一瞬、奇妙な幻惑を感じた。まあ、子供の言うことだから、何かのごっこ遊び
なんだろうなと思い直す。
「ねぇ、あなたのこと見えないみたいよ、このおじさん」
 僕は、肩をすくめて言った。
「おじさんはやめてくれよ、お兄さんだよ」
「どうでもいいわ、そんなこと」
 女の子は時々誰もいない隣に目をやる。そのしぐさはとてもリアルで、僕は本当に
誰かそこにいるような気がしてきた。女の子はまるで誰かと囁きあい、微笑みあって
いるようだ。
「そうだ」
 女の子は、ぽん、と手を打つ。
「きっと元の身体を見ていないから判らないのよ。ね、」
 女の子はベンチから立ちあがる。
「元の身体のほうも見せてあげるから、一緒においでよ」
 女の子の言葉に、僕は戸惑った。何かのいたずらでも仕掛ける気かもしれない。結
局僕はここで一時間待ち続ける退屈な時間のことを思い、女の子と一緒に行くことに
した。僕は上着を身につけ、アタッシュケースを手にして立ちあがる。
 女の子はとっとと歩きだした。もともと改札も無い、ただのプラットホームだけの
無人駅だ。駅から出るといっても小さな階段を降りるだけのことである。僕らは田ん
ぼの中を貫く細い舗装された道路に降りたつ。
 僕らはその道を進んでゆく。女の子は結構足早に歩いた。あっという間に、僕らの
出会った駅は見えなくなる。
 やがて僕らは、田んぼの畦道のようなところへ入っていった。ようやく女の子の目
指している場所が判った。それは田んぼの中に聳え立つ、小さな緑の島のような林で
ある。
 その林は、ちょっとした丘を覆っているらしい。木々はみな高く枝葉はよく繁り、
林の中は濃い闇に包まれているようだ。
 林は目の前にきた。どことなく、太古の王の墓を思わせる、荘厳な風情がある林だ。
そしてその林の中央部、つまり丘の頂上のあたりに色褪せた鳥居が見える。
 女の子は林の中へ入った。僕もその後に続く。そこは木に覆われ空が見えない。空
気は冷たく、少し湿っているようだ。そして、神社へ向かっているらしい階段は、上
ってゆくにつれ闇の中へとり込まれていくような気にさせられる。
 僕らは、神社の境内についた。ひどく狭い、そして息苦しさを感じさせる空間だ。
あたりに繁る木々は、濃厚な気配を内に秘め僕らを圧迫しているような気がする。
 神社そのものは、ひどく古めかしい以外なんということもない建物だった。女の子
は無造作に中に入って行く。僕は後に続いた。
 そこにあったのは、女性の死体だ。まだ死後そう時間が経っているようには思えな
いが、明白に腐敗が始まっている。
 女の子は例によってうつむいたまま、薄く笑みをうかべていた。
「これはね、お母さんだったの」
 女の子はくすくす笑いながらいった。
「でもね、死んじゃったから私の友達になってくれたの。ほら、もう私と同じ背丈だ
し、私と同じくらいの年になってるでしょ」
 女の子は相変わらず誰もいない空間に語りかけ、微笑み、目を交わす。僕はとにか
く誰かに知らせなければと思い、その場を出た。
 女の子の例の歌声が聞こえてくる。僕は、その歌を背にして神社を出た。その時、
ひどく奇妙な感覚に襲われる。
 僕は、頭の中に靄がかかってくるのを感じた。思考が鈍くなってゆく。神社の階段
を降りるたびに、それは頭痛を伴うほどひどくなっていった。僕は朦朧としながら、
その階段を降りる。そして、林から伸びる一本道をひたすら歩き続けた。
 僕は半ば無意識の状態で駅につく。
 とたんに晴やかな気持ちが訪れる。
 秋の空は青く晴渡り、とても高かった。
 僕は大事なことを忘れているような思いを感じながら、目を閉じる。
 ふと気がつくと、歌声が聞こえてきた。僕は目を開き、あたりを見回す。いつのま
にか、ベンチの向こう端に女の子が座っていた。
 僕はデシャヴュに捕らわれる。こんなことがあった。ついさっき。
 でも、女の子の歌声を聞いているうちに、そんな思いが消えてゆく。

「元の身体のほうも見せてあげるから、一緒においでよ」
 女の子の言葉に僕は戸惑った。何かのいたずらでも仕掛ける気かもしれない。結局
僕はここで一時間待ち続ける退屈な時間のことを思い、女の子と一緒に行くことにし
た。僕はアタッシュケースを手にして立ちあがる。

 女の子は例によってうつむいたまま、薄く笑みをうかべていた。
「これはね、お母さんだったの」
 女の子はくすくす笑いながらいった。
「でもね、死んじゃったから私の友達になってくれたの。ほら、もう私と同じ背丈だ
し、私と同じくらいの年になってるでしょ」

 僕は頭の中に靄がかかってくるのを感じた。思考が鈍くなってゆく。神社の階段を
降りるたびに、それは頭痛を伴うほどひどくなっていった。僕は朦朧としながら、そ
の階段を降りる。そして、林から伸びる一本道をひたすら歩き続けた。
 僕は半ば無意識の状態で駅につく。

 秋の空は青く晴渡り、とても高かった。
 僕は大事なことを忘れているような思いを感じながら、目を閉じる。
 ふと、気がつくと歌声が聞こえてきた。僕は目を開き、あたりを見回す。いつのま
にか、ベンチの向こう端に女の子が座っていた。

「ばかね」
 女の子はくすくす笑う。相変わらずうつむいたままなので、表情がよくわからない。
「デュエットよ。二人で歌う歌のこと」

 女の子は例によってうつむいたまま、薄く笑みをうかべていた。
「これはね、お母さんだったの」
 女の子はくすくす笑いながらいった。
「でもね、死んじゃったから私の友達になってくれたの。ほら、もう私と同じ背丈だ
し、私と同じくらいの年になってるでしょ」

 女の子は例によってうつむいたまま、薄く笑みをうかべていた。
「これはね、お母さんだったの」
 女の子はくすくす笑いながらいった。
「でもね、死んじゃったから私の友達になってくれたの。ほら、もう私と同じ背丈だ
し、私と同じくらいの年になってるでしょ」

 そこにあったのは、女性の死体だ。まだ死後そう時間が経っているようには思えな
いが、明白に腐敗が始まっている。

 女の子は例によってうつむいたまま、薄く笑みをうかべていた。
「これはね、お母さんだったの」
 女の子はくすくす笑いながらいった。
「でもね、死んじゃったから私の友達になってくれたの。ほら、もう私と同じ背丈だ
し、私と同じくらいの年になってるでしょ」




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