AWC 【OBORO】 =第1幕・花鳥風月=(1)  悠歩


        
#3813/5495 長編
★タイトル (RAD     )  97/ 4/ 3  23:42  (199)
【OBORO】 =第1幕・花鳥風月=(1)  悠歩
★内容

 ※作中、(日龍)と書き表している部分は、それで一つの「おぼろ」という
  漢字を表しています。
  これは、にちへんにりゅうと書くその漢字が表記できない為の措置ですの
  で、どうぞご了承下さい。



【OBORO】 =第1幕・花鳥風月=


 ばきっ−−ごごごごご。
 闇の中に、轟き渡る破壊音。
 ぎゃあああ。
 それに続く、男の悲鳴。
 それは山間の小さな村の隅々にまで届いた。
 何事? 深い眠りから一瞬にして目覚めさせられた村人たちは、その音がした辺
りへと集まって来た。
 皆パジャマのままで、ある者は得物を手にして。
 集まって来た人々は一軒の家を取り囲み、呆然と見つめる。
「どうした? 何があった?」
 押っ取り刀で駆けつけた駐在が、人垣をかき分け前に進み出る。
「これは………」
 テレビで観た、震災報道の映像を思い出す。
 強大な力によって、瞬時に破壊されたのだろうと思われる民家。
 いや、民家であったもの。
 そこには支柱の一部を残し、それ以外は礫石・粉塵と化した、つい先刻まで家で
あったものが四散していた。
 しかし地震があった訳ではない。
 家と家との間隔が都会と比べ、遥かに離れた村とはいえど、一軒の民家のみを破
壊するほど局地的な地震など考えられない。
 何かの爆発物によるものなのだろうか。
 集まった人々の何人かが、そう予想した。
 不発弾。
 この村が爆撃を受けたと言う史実はない。
 何者かによる爆破。
 政治的にも経済的にも意味を持たない寒村で、そんな真似をする者があるだろう
か。
 ガス。
 それぞれの人々が、それぞれに予想を立てては、それを否定する。
 炎は無い。匂いも無い。
 そこにはただ瓦礫となった民家の跡があるのみだった。
「おい、誰か。誰か居るか?」
 中年から初老に差し掛かった駐在が、礫石の中に足を踏み入れ叫んだ。
 ここに一人で住んでいた筈の、中年男性を探して。
 集まっていた人々も駐在に倣い、男を探し始める。
 しかし彼らは、朝日が立ち昇るまで住人の姿を見付けることは出来なかった。



 深い山の中。
 ふー、ふー、ふー。
 荒い息づかい。
 ずる、ずる、何かを引きずる音。
 一匹の獣が森の中を進んでいた。
 いまし方、仕留めたばかりの得物の足を太い左腕で引きずりながら。
 二本足で歩く肉食の獣………熊であろうか?
 いや、熊はこれほど長い間二足歩行を続ける事は出来ないだろう。
 まして熊の前足は、得物を握りしめて引きずれるようには出来ていない。
 しばらくして獣は、木々の開けた場所に出た。
 そこで得物を離し、その姿を眺めた。
 得物は、人間だった。
 寝巻姿の中年男性。
 とうに息は無い。
 それがほんの半時ほど前、ここから遠く離れた村で狩られて来たものだと知るの
は、その獣だけだろう。
 頭上の月が、獣の姿を照らし出す。
 鬼………
 その姿を見る者があったとすれば、そう思っただろう。
 が、詳細に見れば一般的に知られる鬼とは、些か異なった部分も見られる。
 その最たる物が、角であった。
 頭部ではなく、額の中央より犀のような平たい三角形の角が生えていた。長さは
十センチを少し越えた程度だろうか。横幅は二センチほど。しかし縦幅が長さと同
程度、つまり十センチ程あるため、左右の目が角を境に割られている。
 彫刻刀をひと降りしただけで刻み込んだような、ややつり上がった細い目。角に
視界を割られていながら、さほどの不自由は無いのだろう。こうして得物を仕留め
ているのが、その証である。
 鼻は潰れている。と言うより、無いと言った方がよかった。
 二つの鼻腔が、やはり不器用な彫刻刀で刻まれたように空いていた。
 太いが長い首、筋肉という筋肉が全て盛り上がった躯。
 逞しい四肢。
 それらが一つとなった、赤褐色の逞しい躯。しかし美しくは無かった。
 あまりにも誇張されすぎた逞しさは、逆に醜いものだった。
 手足の指一本一本には、それぞれに鉈にも等しい、太く鋭い爪。
 いずれをとって見ても、それは人でも獣でもない。
 が、人と獣双方の面影を持っているとも言えた。
 一頻り周囲を見渡した後、ぐおぉん、と、その異形は吠えた。
 虫たちの音が止む。
 それは異形にとっての、食事の前の儀式だった。
 満足のいった異形は、がぶりと哀れな得物の胸にかじりついた。
「醜い………」
 突然の声。
 周囲に食事の妨げとなる者のない事を確認した筈の異形は、驚いた様に得物から
顔を上げた。
 そして声のした方へ、鋭く視線を投げつける。
「オ……ンナ」
 唸るような声で、異形が呟いた。
 その視線の先に、人影があった。
 雲に覆われた夜空を背に、佇む影。
 その背後で雲は流れ、やがて満月が姿を現す。
 月光は佇む者のシルエットを浮かび上がらす。
 雲を流した風が、地上にもふく。
 佇む影の長い髪が、ゆったりと宙に舞った。
 年若い女が、凛とした表情で異形を睨み据えていた。
「我は朧。朧は月を呼ぶ」
 目の前の惨劇に、憶した様子も無い澄んだ声が響く。
 一瞬、異形は躊躇した。
 か細い女一人、異形にとって敵ではない。軽く握るだけで、その頭を原型を留め
ないまでに砕くことも容易であろう。
 しかしこのような山中に、深夜、若い女が一人で居るという不自然さに戸惑った。
そして異形と対峙して、怯えの色を微塵も見せぬ態度に警戒した。
 が、それも短い時間の事だった。
 もとより、異形に恐怖という感情は無かった。警戒より欲望が勝っていた。
 食欲………そして性欲。
 脚を折り、ぐっと身を沈める。
「オ…ンナ、オンナ………オカス、オカス。クウ、オカス、クウ」
 欲望をそのまま言葉にし、全筋力をもって大地を蹴った。巨大な体躯が空に放た
れる。女を目指し、一直線に。
 女は避けない。
 避けられる筈がない。
 異形は己が勝利を確信していた。

 猛スピードで迫り来る異形に対し、女は眉一つひそめず、背後に抱いていた弓を
手にした。
 弓の存在は、異形にも始めから知れていた。
 だが自分の背丈にも近い弓を引くほどの力が、女の細腕にあるとは思えない。
 そしてなにより、つがえるべき矢はどこにも見られなかった。
 ただ脅しのためだけなら、なんとも無意味であろう。既に得物めがけ空中を突進
して来る相手に、脅しの利く筈もない。
 矢も無いままに、女は弦を引く。
 弓は、軋みすら立てず引き絞られていく。
 華奢な女の躰のどこに、そんな力が有るのか。
「我は朧」
 再び澄んだ声で言う。
 その落ち着き払った態度には、何らかの自信が感じられた。
「朧の力は、月光。月光矢となり、邪を討つ」
 すると………
 引き絞られた弓が、金色に輝きだした。
 そして、光は一本の矢と化す。
 細い指が、弦を離れる。
 ひゅっと、風を切る音と共に、放たれた矢が異形に向かい飛んで行った。
 カウンターだった。
 得物が逃げることの出来ない状況は、同様に異形にもその攻撃を避けることの出
来ない状況でもあった。
 左胸を貫かれた瞬間、異形は動きを停止した。
 まるでビデオデッキの一時停止を押したが如く、空中で異形が静止する。やや間
をあけて、「ぐっ」と短い唸りを上げたかと思うと、異形はそのまま地に落下し倒
れた。
「雑魚ね………思った程でもなかったわ」
 女はゆっくりと歩き出した。
 手にした弓は、先程放った矢と同様に金色の光に包まれ、やがて手の中から消滅
してしまった。
 泡を吹き倒れている異形に、一瞥をくれただけで、女はその横を通り過ぎる。そ
して異形の犠牲となった男の前で、足を止めた。
「気の毒に。もう少し早く、ヤツの動きに気づく事が出来ていたら………」
 初めて女の表情が変わった。
 悲しそうに、犠牲者を見つめる。
 手を合わせ、その冥福を祈る。
「ぼんやりしちゃ、駄目!!」
 叱咤する声に、女は、はっとして顔を上げた。
 いつの間にか巨大な影が、自分にのしかかっている。
 慌てて振り向くと、倒したはずの異形が大木のような腕を、いままさに振り下ろ
そうとしているところだった。
「しまった!」
 再び弓と矢を呼び出す時間はない。
 それに距離も近すぎる。
 後悔の言葉を吐く余裕すらない。
「やられる」
 そう思った瞬間、ふいに異形が視界から消えた。
 二筋の光の線と共に。
 遅れて、どん、と地響きが起きる。
「お姉、油断だよ! 最後まで気を緩めちゃダメ」
 聞き慣れた、生意気な声。
「美鳥(みどり)、あなた来ちゃったの!?」
 見ると大地にめり込むように倒れている異形の前に、セーラー服を着たポニーテー
ルの少女が立っていた。
 その両の掌は、先程女の放った矢と同じ光に包まれていた。
「話は、あと。私の力じゃ、留めは刺せない………早く用意して」
 美鳥と呼ばれた少女が言い終わらないうちに、唸りを上げながら異形は立ち上が
ろうとする。
 それが臨戦態勢を整えるのを待たず、美鳥は右脚を振り、異形に回し蹴りを繰り
出す。ヒットの瞬間、その脚は掌同様に光を放つ。
 異形は、己の三分の一程の身長しかない美鳥の蹴りを喰らい、右方向へ吹っ飛ん
だ。
 そこにまた、素早く移動した美鳥の光る拳が突き出される。
 異形はその巨大な図体にそぐわぬ敏捷さで、かわし反撃を試みるが、殊スピード
に於いては美鳥の方が遥かに上回っていた。
 全ての反撃を避け、自分の攻撃は的確に命中させる。
 その度に、異形の躯は大きく倒れ込んだ。
 だが自らが言うとおり、美鳥の攻撃には相手を仕留める力は無いようだった。
 次第にスタミナを消耗し、動きが鈍くなり始める。
 一方、異形の方は終始変わらぬ勢いで、襲い来る。
 その間に、女は美鳥の背後に立っていた。
 何も持たぬ手で、弓を構える姿勢をつくる。
 その手がうっすら光輝き、弓と矢を生んだ。
 異形もその事に、気づいているようだった。
 美鳥の攻撃を受けながらも、常に女が自分の正面に位置するように保っていた。
小柄ではあるが、美鳥の躰が楯となり弓を討つことが出来ないと計算しているのだ
ろう。




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