AWC ヴェーゼ 第5章  侵攻前夜 1    リーベルG


        
#3643/5495 長編
★タイトル (FJM     )  96/12/28  13:18  (197)
ヴェーゼ 第5章  侵攻前夜 1    リーベルG
★内容

                  1

 少女の薄い唇が、情欲の熱い滴りとともに、彼の身体をゆっくりと這った。彼は
少女の細い腰を両手でつかみ、目の前に広がった淡い茂みに舌を立てた。少女の口
から熱い吐息が洩れ、身体がぴくりと動く。
 宙に浮く彼の背後から、別の少女が濡れた身体を押しつけた。ほとんど少年のよ
うにゆるい曲線が、吸いつくように彼の触覚を刺激していく。
 彼は満足のため息を洩らした。
 VV(仮想視界)の片隅に、小さなウィンドウが控えめにまたたいた。
----サービス時間終了まで300秒です。延長されますか?
 彼はほとんどそちらに注意を払おうともせず、60分の延長を指示した。ウィン
ドウは消滅した。
 ブルネットの少女が彼の腕を脚にはさんで、ゆっくりとマッサージしていた。そ
の太腿の感触は心地よく、彼はさらに二人を追加することにした。
----Add 2 girls.Age Range From 11 to 14.Hair Random.
 コマンドを発行すると、赤毛とブロンドの少女が出現した。少女たちは、彼の脚
に身体をからめるように抱きつくと、ゆっくりと身体を動かしはじめた。
----素晴らしい。
 少女の一人は、彼の性器に舌を這わせていた。たちまち性器が緊張状態になって
いく。彼はその過程を楽しみながら、ふくらみはじめた少女の乳房を愛撫した。
 彼は目を閉じた。
 四肢を愛撫する少女たちの身体は熱く、そのまま彼を溶かしてしまいそうに思え
た。
----素晴らしい。
 彼はまた満足のうめきをもらした。
 全身が熱くなっていく。時間をかけて高まりつつあった快楽が、いまや頂点に達
しようとしていた。
 だが、何かが……
 目を開いた。
 彼の身体に抱きついている白い身体が、どろどろに溶けようとしていた。
 彼は大きく目を見開いた。
 美しかった少女たちの身体は、煙を上げながらものすごい勢いで溶解していた。
彼の腕に抱きついた赤毛の少女も、脚にまたがったブロンドの少女も、そのままの
姿勢で溶けている。白い皮膚はすでに溶け落ち、赤黒い筋肉組織と、多種多様な色
彩の臓器が、無数の毛細血管を次々に引きちぎりながら、ぐずぐずに崩れようとし
ていた。
 彼は悲鳴をあげた。
 快楽は一瞬で消え失せた。かわりに、全身を無数の肉食性の昆虫が這い回ってい
るようなむず痒さがやってきた。
 彼は悲鳴をあげ、両手で全身をかきむしろうとした。だが、少女たちの肉体は、
どろどろに溶け落ちようとしながらも、冷たい悪意を見せつけるかのように、しっ
かりと彼の四肢を拘束していた。彼にできるのは、むなしく指を動かすことだけだ
った。
----助けてくれ!助けてくれ!
 彼は叫んだ。だが、その悲鳴は仮想空間の中で空しく響きわたるだけだった。
 右腕にしがみついている少女が、ゆらりと顔を上げた。濁った眼球が、眼窩から
どろりと垂れ落ちた。眼球は彼の胸の上に落ち、ぶくぶくと泡を立て始める。少女
は剥き出しになった歯茎をつり上げて、彼に愛の微笑を投げた。
 彼は絶叫した。
 全身のむず痒さが、次第にちくちくした痛みに取って変わりはじめた。まるで全
身を鋭利な刃物の先端で少しずつ切開されているようだ。少女たちの身体を融解し
ている物質が、彼の身体をも浸食しはじめているのだ。
----これは現実じゃないんだ。これはVRなんだ!
 その考えが、啓示のように心に浮かび上がってきた。彼は安堵のため息をついた。
セクシャルVRサービスに異常が発生したに違いない。本来、ユーザの望むままの
快楽を得られるはずのサービスにエラーが生じ、このようなあり得ない苦痛の情報
がシンクロしてしまったのだろう。コマンドひとつで、サービスを強制終了するこ
とができるのだ。後でたっぷりユーザーサポートに苦情を言ってやればいい。彼は
目を閉じて、コマンドを発行した。
----Quit.
 何も起こらない。沸き起こるパニックを抑えつけ、彼はもう一度試した。
----Quit.Quit.Quit!
 苦痛は消え去らなかった。彼は狂ったように叫んだ。
----こんなバカな!どうなっているんだ!サービスを即時停止しろ!
 右腕で、何か異様な感触が発生した。彼は視線をめぐらせ、自分の右腕がどろど
ろの肉塊と化しているのを見て絶叫した。
----こんな、こんなバカな!
 左腕が同じように融解した。しがみついていた少女の姿は、もはや原型をとどめ
ていない。うごめく知性のない原形質のようなものになってしまっている。彼の腕
も同じだ。
 腕だけではない。彼の全身が、すでに皮膚の表層を失い、筋肉組織を分断され、
臓器をむきだしにしていた。
----これは現実じゃない、これは現実じゃない、これは現実じゃない……
 彼は呪文のように唱えた。すでに苦痛はない。痛みを感じるべき神経が融解して
しまったのだろう。なぜか頭部だけは無傷で残っているので、彼は自分の身体がゼ
リー状へ変化していく過程を、ゆっくりと眺めることができた。
 首から下の肉体の最後の一片が崩れ落ちたとき、彼はようやく慈悲深い暗黒に身
を委ねることができた。

 人間は罪を犯して生きる生き物である、とある哲学者は言ったが、NWCの時代、
犯罪の発生率はADの時代と比較すると、急激に下降している。これは別に人類の
モラルが急激に向上したからではない。生活レベルが平均化され、市民間の貧富の
差が縮まったことも一因ではあるが、主たる要因は代償行為が充実しすぎているか
らに他ならない。
 VRテクノロジーが民間の業者に解放された今、市民はありとあらゆる望みを仮
想的に実現することができる。疑似恋愛、仮想冒険はもちろん、それなりのクレジ
ットさえ払えば、異常性愛や犯罪行為なども思いのままである。肉体的な危険を冒
すことなく、現実以上の体験が可能だというのに、誰が好きこのんで犯罪行為など
に手を染めるだろう。実際のところ、世界中で「真剣に」犯罪活動を行っているの
は、シンジケートと呼ばれるテロ・ネットワークだけである。
 VRサービス業界が、法による規制を全くといっていいほど免れているのは、こ
うした理由からである。事実、この業界における唯一絶対な法は、ユーザの肉体と
精神を損なわない、という一点のみである。R指定が適用される範囲すら、三ヶ月
ごとに統合議会を通過する修正法案によって、どんどん狭くなっている。
 当然、ほとんど唯一の娯楽産業であるので、行政、司法組織に対する発言力も強
い。シティ・ドレスデンのフルークマーク・メディアラボが、シティポリスサービ
スの介入から24時間の猶予を得ることができたのは、CEOのホルツハウゼンが、
持てる政治力を駆使した結果であった。
「とにかく時間がないのだ」ホルツハウゼンは念を押した。「後、19時間は、ポ
リスが介入してこない。それを過ぎると、全てはメディアに流れてしまう。フルー
クマークは許可を取り消され、社の資産は没収されてしまうだろう」
「どうしてです?」ケラーマンは訊いた。「うちのシステムが原因とは思えません
がね?」
「君がそう思わなくても、市民はそうは思わない。うちのサービス中に死んだとい
うことだけで充分だ」
「そうなる前に」ケラーマンは言葉をひきついだ。「原因を突き止めろと?」
「それだけではない。絶対確実な再発防止策もだ。その二つが信頼できるデータと
して整っていれば、取引ができる」
「取引?」
「司法関係者とだ」
「お得意の政治的解決というやつですな」ケラーマンは皮肉に笑った。
「社の存続のためだ」
「私はただのMIエンジニアですよ。事件の捜査はシティポリスサービスに任せて
おくべきだと思いますね。彼らはそれで給料をもらっているのですから」
「19時間だ、ケラーマン君」ホルツハウゼンは命じた。「それまでに何としても
原因と対策を突き止めろ。うまくいったら18日の特別休暇と、三ヶ月分のサラリ
ーを臨時手当として支給する」
「うまくいかなかったら?」
「フルークマークは企業として存続できなくなり、私や君を含む全ての社員が、次
の職を探すことになる。もっとも、その前に君は責任者として処罰されるから、退
職金は支給されないし、刑事責任に問われることも考えられる」ホルツハウゼンは
悪魔のような笑みを浮かべた。「しっかりやりたまえ」
「いつものことながら、見事な経営手腕。汚いですね」
「ありがとう」
「また連絡します」
 ケラーマンはホルツハウゼンをVVから追い出すと、手に持っていたビールを飲
んだ。そして、おもむろにフルークマークMIのシグスペースに入り込んだ。
 すぐにGA(ガーディアンエンジェル)が出現して誰何する。金モールのついた
白い衛士の制服を着ている。
「このレベルに進めるのはシステム管理者権限を持つ管理者、もしくは法的に有効
な資格およびシティ司法官の直接指令を受けたシティポリスサービス要員のみとな
っています。あなたはいずれかの権限または資格をお持ちですか?」
「MIEのカーティス・ケラーマンだ」ケラーマンはIDをGAに提示した。
「確認しました。失礼をお許し下さい。どのようなご用でしょうか?」
「会員ナンバー6610−M−2285に対するサービス提供記録を閲覧したい。
過去60時間だ」
「かしこまりました。しばらくお待ち下さい」GAは消え、すぐに戻ってきた。「
お待たせしました。該当の記録はデータバンクから抹消済みです。該当ユーザの最
新記録は127時間前です。他にご用はありませんか?」
「なんだと!?」ケラーマンは驚いてGAに詰め寄った。「誰が抹消したんだ?」
「お待ち下さい……その記録は残されていないか、あなたは知る権限を有していま
せん。他にご用はありませんか?」
「権限がないだと?」
「他にご用はありませんか?」
「外部インターフェイスを上げて、CEOにつなげ。最優先コードをつけてな」
「かしこまりました。しばらくお待ち下さい」
 ケラーマンの目の前に直方体の出現し、ホルツハウゼンが浮かび上がった。
「ケラーマン。早いな。もう何かわかったのか?」
「記録が抹消されています」ケラーマンは前置き抜きで切り出した。「問題の男の
最新記録が。誰が抹消したんですか?」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ、ケラーマン」ホルツハウゼンは驚いた顔で身を乗り
出した。「何を言っているんだ。例のユーザのサービス記録にアクセスした者はお
らんよ。死亡確認と同時に、自動的にロックされたんだからな。ロックは君に調査
を頼んだ瞬間に解除されているはずだ」
「だが、現に抹消されているんですよ。おまけに、私の管理者レベルでは、抹消の
痕跡を追うこともできない。そんなことができる権限を有している者は、社内でも
数えるほどしかいないはずだ。あなたとかね」
「私は知らないぞ……よろしい、私のIDを使ってやってみてくれ。今、そこに転
送した」
 ケラーマンの手の中に、一連の暗号キーを含む、ホルツハウゼンのIDの複製が
出現した。
「受け取りました。へえ、こいつがCEOのIDですか。何でもできる魔法のキー
ですな。どれ、やってみましょうか。そのまま待っていてもらえますか」
「ああ。急いでくれよ。朝食の途中なんだ」
「こっちはめしも食わずにやってるんです」
「いいから急げ」
「へいへい」ケラーマンはGAを呼んだ。「会員ナンバー6610−M−2285
のサービス記録抹消のログを参照したい。このIDの暗号キーでアクセスしろ」
「かしこまりました。しばらくお待ち下さい……お待たせしました。表示順は?」
「日時の降順だ」
「どうぞ」
 ログデータが表示された。一目見ただけで、ある部分がボールド表示されている
ように目に飛び込んできた。
「ボス」ケラーマンは呼びかけた。「この件に関して、政治屋どもはどのぐらい知
っているんです?」
「なんだと?連絡は規定によって自動に行われる。シティ行政官、シティ司法官、
VR倫理監査委員会……」
「例の記録は、外部アクセスによって抹消されているんです」ケラーマンはログを
調べながら言った。「うちの管理者の誰かじゃありません」
「防壁はどうなっている?」
「突破された形跡はありません。このログが改竄されたものでなければ、こういう
ことです。およそ177分前、外部インターフェイスを通じて、誰かがフルークマ
ークMIの管理者レベルにアクセス。ユーザネームはゲスト。これがそもそも不思
議な点の一つです。ゲストユーザが管理者レベルにアクセスできるはずがないんで
すから」
「……」
「続いて、そのゲストは当然GAによってチェックされています。が、あっさり通
過。仮に何らかのシステム異常によって、ゲストが管理者レベルに降りれたとして
も、GAが確実に排除するようになっているはずです」
「うちのエンジニアの誰かなら、回避もできるのではないか?」
「まあ可能でしょうな」ケラーマンは認めた。「私にだって可能です。ただし、そ
うした場合を考慮して、通常と異なるアクセスだと判断した場合は、必ず侵入警報
を全管理者ユーザおよびCEOに通知することになっています」
「そんな警報は受けておらん」
「私もです」





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