AWC 後継者たち(1)           悠歩


        
#2827/5495 長編
★タイトル (RAD     )  94/10/31  23:33  (171)
後継者たち(1)           悠歩
★内容

「後継者たち」
                             悠歩

『おっ、新記録だ』
 ロバートはママが車の外の風景に注意をやっている隙に口に放り込んだ風船ガム
を膨らましていた。
 大きく膨らんだ風船は、間違いなくこれまでロバートの作った物の中で、最大級
の大きさになっている。
『よーし、記録更新だ』
 幸いママはまだ気づいていない。前の座席にいるパパも、書類に目を通すことに
集中しているようである。
 ロバートは全神経を風船ガムに集中させ息を送り込む。
 ここで慌ててはいけない。
 あまり勢い良く息を吹けば、風船はすぐに破裂してしまう。
 細心の注意を払いながら、ゆっくりと、ゆっくりと、息を送り込む。
『おっ、いいぞ』
 そう思った瞬間、がたんと車が大きく揺れた。
『あっ』

−−パアン−−

 音を立てて割れた風船ガムは、ロバートの顔に張り付いた。
「ロバート、何をやっているんですか、みっともない。ガムなんて噛んではいけま
せんと、いつも言っているでしょう」
 ロバートのガムに気づいたママが忌々しそうに睨み付ける。
「さあ、出しなさい」
 差し出されたママの手に、ロバートは黙って残りのガムを手渡した。
「本当にしょうがない子なんだから………、もう! 良く揺れるわね。キャデラッ
クでしょ! この車は」
 何やらママはえらく不機嫌な様子だ。こんな時にはとにかく黙っているに限る。
ロバートはそう思った。
「申し訳ありません、奥様。何分にもこのような悪路でしで。いかにキャディラッ
クと言えども、全く揺れないで走るわけには……………」
 気の弱い運転手が、本当にすまなそうに謝った。
「別に運転が悪いなんて誰も言っていません。どんな車で来ようと、こんな山道で
はまともに走れるハズがありませんからね。ねえ、あなた」
「それは俺に対する皮肉のつもりか?」
 それまで書類を読みふけっていたパパが不快そうに言いながら顔を上げた。
「だって………。私もロバートも、クリスマスはオーストラリアで過ごすことを楽
しみにしていたんですよ、それが何を好き好んでこんな雪と森しか無い山の中でク
リスマスを過ごさなければならないんですか」
「仕方ないだろう」
『ああ、また始まった』
 ロバートはうんざりと思った。
 この所、会社がうまくいってないらしくてパパはいつもいらいらとしていた。
 ママはママで、そんな事に関係なく贅沢をしたがり度々パパと衝突している。
 本当はこのクリスマス休暇も、ママの希望で家族揃ってオーストラリアで過ごす
はずだった。
 それが直前におじいちゃんから来た、山荘への招待状のために急遽中止になって
しまったのだ。
 ママはこの事にえらく腹を立てている。
「あなたは妻である私やロバートより、おとうさまの方が大事なんですか」
 出かける前まで散々パパにグチっていたものだ。
『いちいち、ぼくの名前を出さないで欲しいなあ』
 ロバートだってオーストラリア行きは楽しみにしていた。
 クラスメートであり、ガールフレンドでもあるジェニファーもこの休みはオース
トラリアで過ごすことになっていて、二人は向こうで一緒にクリスマスを祝う約束
もしていた。
 それが突然中止にさせられてしまったのだから、ロバートの心中も穏やかではな
い。ジェニファーはプライドが高い子で、男の子に約束を破られることを何よりも
嫌っていた。
 休みが終わったら、どうやってジェニファーと仲直りすればいいか考えると憂鬱
だった。
 でも、この山荘で過ごすクリスマスと言うのもロバートにとってまんざらなもの
でも無かった。
 山荘にはロバートたち家族の他にもおじいちゃんの三人の息子たちすべての家族
が集まることになっていた。
 親同士が忙しくて、なかなか会う機会のない従兄弟たちと久しぶりに会える。
 そして何より、四年ぶりにおじいちゃんと会うのも楽しみだった。
 おじいちゃんは、ロバートたち都会で育った子どもの知らない様々な遊びを教え
てくれる。
 今度はうさぎ取りを教えてもらおう。
 車の中で険悪な両親たちとは裏腹に、ロバートは密かに浮かれていた。

「ようこそおいで下さいました、グレゴリー様、奥様。それにロバート坊ちゃん」
 山荘に着いたロバートたちを真っ先に出迎えたのは、おじいちゃんに長年仕
えてきた年老いた執事のジェームズだった。
「ああ、世話になるよ、ジェームズ」
 ジェームズは父さんの鞄を受け取ると皆を山荘の中へと案内する。
「ねえ、ジェームズさん、おじいちゃんは?」
 真っ先に出迎えに出てきてくれると思っていたおじいちゃんの姿が見えず、ロバー
トはやや不服そうに尋ねた。
「はい、あいにく旦那様はお体を悪くして、奥の部屋で休んでおられます」
「おじいちゃんが!!」
 ジェームズの答えを聞くや否や、ロバートは飛ぶようにして奥へ走った。

「親父はそんなに悪いのか………」
「はい、特にこの所めっきりと弱られたご様子で………、仕事の方はすっかりとと
グレゴリー様たちにお任せして、なにも心配は無いのですか」
「あれか?」
「はい。旦那様は今年もご自分でおやりになるおつもりのようですが」
「あなたまさか」
 二人の男の会話にグレゴリーの妻、マリアが割って入った。
「まさかあなたがおとうさまをお継ぎになるつもりじゃないでしょうね」
 この妻の問いかけに、思わずグレゴリーは苦笑してしまった。
「冗談じゃない。俺は親父の会社を継ぐだけで精一杯さ。いまさらあんな時代遅れ
の趣味まで継ぐつもりはないよ。あれも親父の代で終わりさ」

「おじいちゃん! おじいちゃん!」
 慌てて寝室の扉を開いたロバートの目に、大きなベッドに天井を向いて横たわる
老人の姿が写った。
「おじいちゃん………」
 微動だにしないその姿に、不吉な物を感じてロバートは声を落とした。
 が、幸いなことにロバートの感じた物は外れていた。
 老人はゆっくりとした動作でロバートの方へ、視線を向けた。
「ロバート!」
 孫の姿を認めると、老人はベッドの上で身体を起こして両手を広げる。ロバート
は何も迷わず、その手の中に飛び込んだ。
「おじいちゃん」
「おお、ロバート。よく来た、よく来た。三年ぶりか、こんなに大きくなりおって
………」
「だって、ぼくもう11歳だよ」
「おお、そんなになるか」
 おじいちゃんの真っ白な髭が顔にあたってくすぐったかったが、少しも不快では
なかった。ロバートは久しぶりにおじいちゃんの暖かさと匂いを感じて満足だった。

「ずるいよ、ロバート。いつまでもおじいちゃんを独り占めしちゃ」
 よく通った可愛らしい声に振り向くと一人の少女がドアの所に立って、ロバート
とおじいちゃんをおかしそうに見つめている。
 金色の長い髪を頭の後のちょっと高い位置で束ね、そこにコバルト・ブルーのリ
ボンを飾っている。
 白いTシャツの上に、淡いグリーンとピンクのチェック模様の入った吊りズボン
を履き、その肩紐の一方をわざとずらしている。
 少年と見間違うような格好をしているが、大きな瞳は明らかに少女の物であった。
「シンシア……」
「おお、シンシアお前も来ておったのか」
 ようやく自分の存在に気づいてくれたことに満足したのか、シンシアは微笑んだ。
「こんにちは、おじいちゃん。ついでにロバートも」
『ちぇっ、俺はついでか』
 久しぶりに聞く、シンシアの憎まれ口にロバートは密かに舌を打った。
「あら、何か不満そうね。ロバート」
「別に………相変わらず、ちっとも女の子らしくなってないな。シンシアは」
「へーんだ、おおきな、オ・セ・ワ・サ・マ」
「はっははははっ」
 二人のやりとりにおじいちゃんは楽しそうに、大きな声で笑った。
「まあまあ、二人の仲がいいことは良く分かったから。さて、シンシア。
 お前が来ておると言うことは」
「ええ、リリアも一緒よ。それとデビットも」
 シンシアが芝居かかったように淑やかな歩き方で部屋の中に入ると、その後から
おっとりとした感じのちょっと太った少年が入って来た。
 いかにも親に押し着せられたといった感じのスーツが、いかにも窮屈そうに見え
る。
 そしてさらにその後ろには長い金色の髪を真っ直ぐに伸ばした、大人しそうな少
女が遠慮がちに続いた。
 若草色の服と、ピンクのリボンが可愛らしい。
 この少女がシンシアと双子の姉妹だと言うのだから、世の中不思議な物だとロバー
トは思った。
「こんにちは、おじいちゃん」
「おじいさん、お久しぶりです」
「おおっ、おお、良く来た、良く来た。ロバートもシンシアもリリアもデビットも
………。本当にみんな良く来た」
 四人の孫たちに囲まれ、おじいちゃんは本当に嬉しそうだった。


「なあなあ、リリアってまた可愛くなったと思わないか?」
 ロバートは隣に座るデビットを肘でつつきながら囁いた。
「うん、しばらく会わないうちに凄い女の子らしくなったね。リリアもシンシアも」
 口いっぱいにチキンを頬張りながらデビットは答えた。
「シンシアもだって!? シンシアも女の子らしいだって! へん、あいつはます
ます乱暴になってるじゃないか。あんな男女、ちっとも可愛くなんかないや」
「そうかな。ぼくはシンシアも充分、可愛いと思うけど。そりゃあ、リリアとは双
子だとは思えないくらい、タイプが違うけど。ぼくはどっちも好きだなあ」
「あ〜あ、相変わらずデビットの感覚は理解できないよ、まったく。シンシアが可
愛い! こいつは驚きだね」
 大げさにロバートは肩をすくめてみせる。
 二人のやり取りに気づいたのか、テーブルの反対側で食事をとっていたシンシア
が、ちらっと恐い目でロバートを睨んだ。
 ロバートはさっと視線をそらして、ポテトを口に放り込んだ。
「可愛くない。ぜぇーたいに!」





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