AWC 斑尾マンション殺人事件 3


        
#1070/1158 ●連載
★タイトル (sab     )  17/03/18  18:10  (425)
斑尾マンション殺人事件 3
★内容
● 10

 翌朝、明子はアパートから出てくると駐車場に向かった。
 フード付きコートを着て、肩からショルダーバックを下げて、手にはお湯の入っ
たペットボトルを持っていた。これは昨夜、時ならぬ雪が降ったから、フロントグ
ラスが凍結していると予想したのだ。朝早くから暖気運動していると、ご近所様に
迷惑が掛かるとも思った。
 しかし社用のジムニーの所に行くと凍結はしていなかった。
 足元にお湯をどぼどぼと捨てる。
 今度は、この水たまりが凍結して誰かが転倒するんじゃないか、と思えてきた。
 こういう余計な心配をするから目の下にクマが出来てしまうのだ。
 車に乗り込むとルームミラーでチェックしてみた。そんなでもなかった。
 夕べのヨーグルトが効いたのかも知れない。

 車を駐車場から出して、道路に出る。
 しばらく走るとすぐに飯山市内に入った。
 車は疎らだった。時々路線バスとすれ違うと、ごとごととタイヤの音が響いてき
たが、それ以外は自分の車のエンジン音しか聞こえてこない。
 交差点で停車していると、自分の車のウィンカーの音が妙に響いてきて、辺りの
静寂さが分かる。
 何で、こんな人っ子一人いない交差点で待っているんだろう、と明子は思った。
 そんな感じで、交差点だの踏み切りを幾つか越えると、県道97号へ出た。
 やがてそれは蛇行する山道になる。

 明子が勤務するのは、マンション管理だの清掃だのを請け負う地元の中小企業な
のだが、事務所は斑尾高原スキー場直結のリゾートマンションの中にある。
 そこまで、直線距離で8キロ、走行距離にすると12キロ位だろうか。
 幾つもの峠をくねくねと上っていく。

 道路脇には、1.5m程度の積雪が続いている。
 溶けたり凍ったりを繰り返しているので、製氷皿の氷みたいな感じだ。
 その向こうには雑木林があるのだが、焼け跡の家屋の柱の様に見える。
 明子はコーナー取りをしつつ、なんだか春の気配を感じないなと思った。
 普通だったら、リスが枝の上をちょろちょろしているとか、雪解け水が小川に流
れ込んでいるとか、そんな感じなのではなかろうか。それともここら辺は長野県で
も北の端にあるので、気候風土が満州とかシベリアの様なツンドラに属する為なの
だろうか。或いはやっぱりこの前の東北大震災と福島原発の事故のせいで、本当は
美しい景色まで殺伐としたものに見えてしまうのかも知れない。
 …てなこと、考えつつ走っていると、車は左右にペンションの立ち並ぶエリアに
入り、更にそれを通り過ぎると、正面にマンションが見えてきた。
 背後には斑尾高原スキー場のゲレンデが広がっている。


●11

 このマンションの概要は次の如くである。
 世帯数は200戸である。
 間取りはリゾートマンションの為1LKから2LDKと小さ目なのだが、共有施
設が充実していて、天然温泉の温浴施設があり、スタジオがあり、フィットネス
ルームがあり、地下にはスキーロッカーもある。これは、居住者が、ここでスキー
靴に履き替えて、歩いて行ける距離のゲレンデでひと滑りして、帰って来るとひと
っ風呂浴びる、という行動を想定したものである。
 今考えると贅沢だが、このマンションが設計されたのが2000年で、ミレニア
ムだの何だのと言って、街中が青色LEDでちかちかしていた頃なので、当時の雰
囲気を反映していると言える。
 竣工は、2009年10月で 竣工と同時に販売代理店もマンション4階に開設
された。
 翌2010年春のスキーシーズン終了までに約半数が売れた。
 その後夏場は全然売れなかったが、下期になってスキーシーズンが到来したら、
又売れ出した。
 そして、この調子だったら今シーズン終了までに完売するのではないか、と思っ
た矢先、東北大震災とそれに続く福島原発の爆発が起こったわけである。
 客足はばったりと途絶えた。それどころか、震災3日後には計画停電の発表があ
り、1週間後には、今シーズンのゲレンデの営業終了が発表された。
 リゾートに来ていた客の大部分は帰ってしまった。
 残っている十数世帯は、現住所が東北地方にある事から、帰るに帰れない人たち
なのではないかと想像された。
 以上の様な事情から、販売代理店も、これ以上案内所を開けていても経費が無駄
になるだけ、と言って出て行った。
 そして、その後にこの号室に入り込んできたのが、高橋明子の勤務先である鰍`
Mであった。この会社はマンションの清掃と管理を請け負っている地元業者である。
  但し、マンションとの請負契約は直接なされているものではなく、東京に本店
のある大通リビングが元請会社になっている。大通リビングは施主である大和通商
の子会社である。
 AMという会社がこのマンションへ入居を希望した理由は次の如くである。AM
の元々の事務所は、飯山市内にあって、経営者所有の木造アパートの2間をぶち抜
いたものだったのだが、今回の地震で全壊してしまった。AMはとりあえず、事務
所の大部分を社長の自宅応接間に移動したのだが、斑尾マンションの販売代理店が
空き家になったのを知って、格安で借り受け、金子という所長と高橋明子を移動さ
せてきたのであった。
 格安にしてもらった訳は、今回の震災で起こるかも知れない諸々の事態、例えば
計画停電などに只で対応するというものだった。
 勿論そういう事でパート労働者の仕事の密度が濃くなったとしても、時給は1円
たりとも上がりはしないのであるが。

 このマンションで働いているAMのパートは次の十名である。

 チーフ管理員  蛯原敏夫(♂62歳)
         勤務時間:9:00〜18:00(火曜休み)

 コンシェルジュ 榎本恵子(♀55歳)
         勤務時間:同上(日曜休み)
 
  24時間管理員 大沼義男(♂60歳)
         斉木浩(♂50歳)
         鮎川徹(♂49歳)
         勤務時間:9:00〜翌9:00
     (一名が24時間常駐勤務を3名が交代で行う)
 
   清掃員    山城清(♂63歳)
         大石悦子(♀60歳)
         額田勇(♂64歳)、
         横田久美子(♀28歳)
         沢井泉(♀23歳)
         勤務時間:8:00〜17:00
     (日曜休み。但し午前中、浴室清掃は行う)
 あと、AMの金子所長は52歳、高橋明子は26歳である。












 マンションの平面図は次の如くである。

           サブエントランス
             ・―・
             | |
・―――――――――――――――――・―・  ・―――――――――・
|              |  | スロ―プ  |
| ・――――――――――――――・ |  |  ―――   |
| |          | |  |       |
| |          | |  |       |
| |          | |・―・       |
| |          | ||レ|自走式駐車場 |
| |          | ||エ|(屋上を含めて|
| | 居住棟      | |・―・ 4階建て) |
| | (10階建て。  | |  |       |
| |  1フロア20戸)| |  |       |
| |          | |  |       |
| |          | |  |       |
| |        ・―・ |  ・―=====――・
| |        |レ| |    リモコン式シャッタ―
| |        |エ| |   
| |        ・―・ |  ←ゴミ集積場
| |          | |
| |          | |
| |          | ・――――・
| |          | |共用棟|
| |          | |   |
| ・――――――――――――――・ |   |
|              |   |
・――――――――――――――――――――・――――・

 ゲレンデ側(南)
共用棟詳細(1階)。


・〜〜〜ガラス〜〜〜〜・――――・――――――――――・
|          |   |        |
|  吹き抜け    |清掃員|共用部     |
|          |更衣室|トイレ     |
|          |   |        |
・――・        ・――/―・ ・―――――――・
|エレ|              /    /
|  |       ・―――――――・――――/――・
・――・        |           |
|階段|   ラウンジ|           |
|  |       |    ボイラ―室  |
・――・    ・―・―・           |
|      |ト| |           |
|      |ン| |           |
|      |ロ| |           |
|      |フ| |           |
住居棟入口  ・―・   |           /
           |           |
|      ・―\―・            |
|エントランス|   |           |
|      |   |           |
|      |管理室|            |
|      |   |           |
|      |   |           |
・―正面玄関―・/――――・―――――――――――――――・


 ゲレンデ側(南側)

共用棟詳細(2階)。

・〜〜〜〜ガラス〜〜〜〜・――――――・――――――――・
|           |    |      |
|  吹き抜け     |スタジオ|フィットネス|
|           |    |ル―ム      |
|           |    |      |
・――・――――――――――――・――/――・――/――――・
|エレ|                    |
|   |        ・―――――――――――――――・
・――・         |           |
|階段|        | 浴場        |
|  |         |           |
・――・―――――・〜〜〜〜|           |
|        暖簾 |           |
|           |           |
|           ・―――――――――――――――・
| 休憩スペ―ス     |           |
|           | 浴場        |
|           |           |
|           |           |
|           |           |
|           ・―――――――――――――――・
|           |           |
|           | 露天風呂      |
|           |           |
・―――――――――――――――・――――――――――――――――・

 尚、地階にはスキ―ロッカ―がある。




●12


 さて、明子は、自走式駐車場に入ると一階一番手前に駐車した。
 車から降りると、マンション西側のゴミ集積場の前を通り、共用部脇のドアから
入館した。
 ボイラー室やらのある廊下を通って、更にもう一枚ドアを解錠してマンション内
部に入る。
 共用部トイレやら清掃員更衣室の脇を通り抜けてラウンジに出る。
 正面玄関からは日の光が入って来るが、節電の為消灯しているので全体に薄暗い。
 フロントは無人だった。本当は『ビートルズ殺人事件』を書いた管理員が居なけ
ればならないのだが、どうせ誰も通らないので、管理室内に引っ込んでいるのだろ
う。
 でも、そこからモニタで見ているかも、と思ってちらっと天井の監視カメラを見
た。
 居住棟に入ってエレベーターに乗ると、4階で降りる。
 マンションの構造は、真ん中に吹き抜けがあって、回りに通路があって、ずらー
っとドアが並んでいるという、アルカトラズ刑務所の様な感じであった。
 天井がガラスになっているので、昼間は明るい。夜間になると映画館の通路並み
に暗くなる。
 明子が廊下を歩くと、足音が響いた。居住者の大部分が居ないのでそう感じるの
だろう。一人になれば心臓の音さえ聞こえてくるのと同じだろう。
 エレベーターを降りて3件目に事務所はあった。
 その前に行くと、そこだけ人の気配がした。換気扇は回っているし、玄関の横の
窓から明かりが漏れてきている。
 ああ、居るんだな、と思って明子はドアノブを引っぱった。

●	13


・―窓――――――――――――・
|          |
|          |
|          |
|  和室      |
|          |
|          |
|          |
|          |
・――・      ・――・
|          |
|          |
|          |
|  リビング    |
|          |
|          |
|          |
|          |
・――・       ・―・
|風呂|   キッチン|
|  |       |
・―/・         |
|          |
・―/・       |
|WC|      ・―・
・――・      下駄箱|
|PS|       |
・―――――玄関――――――・

 玄関でスリッパに履き替えて、パタパタいわせながらリビングに入る。
 まずタイムカードに打刻する。ジーと音がする。
「おはようございます」
「おはよー」ノートPCから顔を上げないまま金子所長が言った。
 原発事故以来、毎日、Ustreamを見っ放しである。
 所長の机の前には応接セットがあり、部屋の隅にはFAXの複合機がある。
 部屋のあちこちにダンボールがうずたかく積まれている。これらは飯山の倒壊現
場から持ってきた物だ。その内24時間管理員にでも整理させる積もりなのか、所
長はそれらを放置していた。余震が来てもこの部屋はあんまり揺れなかったので、
崩れ落ちる心配も無かった。
 その様な足の踏み場もないリビングをすり抜けると、明子は奥の和室へ入った。
 部屋の真ん中にPCラックが設置してあり、足元には給料明細の封筒が入ってい
る紙袋が置いてあった。
  それを見て、ああ、そっか、と明子は思った。
 それらの給料明細は本来25日必着のものなのだが、今回は本社アパートの倒壊
やら引越しやらで遅れに遅れてしまっていた。
  金子所長は、天災だからしょうがない、と言ってくれていたのだが、気にし屋
の明子は気になってしょうがなかった。
 明子はクローゼットの所でコートのボタンを外しながら、何気に襖を3センチ程
開けて地上を見た。
 さっきは無人だったゴミ集積場で、清掃員がプラのゴミバケツを水洗いしている。
 冷たそうだ。
 あの人達はうるさくないのだが、パートの中には狂暴な人も居るのを思い出した。
 額に汗して最低時給で働いている人は本当に狂暴なのだ。そして給料明細が一日
でも遅れると自分にクレームを付けて来る。停電になると検針のおばさんに文句を
言う、みたいに。
 明子は、思い立った様に袋を掴むと所長の所へ行った。
「所長。これから郵便局に行ってきたいんですが」
「今、来たばっかりじゃない」PCの向こうからギョロった眼を向ける。「そんな
んじゃガソリン代がもったいないなぁ。今日の帰りにでも、持って帰ればいいんじ
ゃない?」
「そうしたら絶対に明日の朝には届かないし、そうすると私の所に文句が来るんで
すよ」
「じゃあ行ってもいいよ」あっさり言った。「その代わり、コーヒー入れてくんな
い? コーヒーでも飲めば気分が落ち着くからね。そんなに慌てていたら事故でも
起しかねないしね。それにコーヒーは血管を広げてくれるから体にもいいんだよ」
 そんな理不尽な。交換条件にコーヒー入れろだなんて、しかも、コーヒーを飲む
のはこっちの為になる、みたいな言い方をするし…そう思って所長を見ると、すご
い薬缶頭なのに気が付いた。50代だと思うのだが、コラーゲンが不足しているの
か、顔の皮が伸びきっていて、頭の形がよーく分かる。バーコードヘアから頭皮が
透けていて、整髪料でてかてかしている。エラが張っていて穀物食べてまーす、み
たいな。この人はリンゴ・スターだ。
 石臼型だ。
「なに見てんだよ」
「いや、入れます」
  言うと明子はそそくさとキッチンコーナーへ行った。
 電子魔法瓶を98度にして、天袋から真空パックに分包してあるドリップコー
ヒーを取り出して、カップにセットする。
 ちらっと所長の方を見た。
 あの野郎、女はコーヒーぐらい入れて当たり前と思っているんだな。奥さんにば
っちいパンツ洗わせているんだろう。
 コーヒーに湯を入れると、あたりに香りが広がった。
 それにしても凄い加齢臭だった。その上に床屋系整髪料を塗りたくられたんじゃ
あ、香りなんて分かる訳無い。
 リビングの応接セットにコーヒーを運ぶ。
 二人は向き合って腰を下ろした。
「一応香りがするじゃない」と言って所長がすすった。「ちょっと酸味が強いか
な」
 それはあなたの整髪料のニオイじゃない? と思いつつ明子もカップに鼻を近づ
けた。
「ん?」と小首をかしげてくんくん嗅いだ。「これって香料入ってません? これ
って100均のですよね。この前あそこで石鹸買ったらチープな匂いが漂ってくる
ので、匂いの元を辿って行ったら流しのヨーグルトのだったんですよ。コーヒーに
も香料入れるんだぁ」
 口を付けないままカップを置いた。ふと和室の障子が目に入る。
 みんな寒い思いして働いているんだろうなぁ。みんながここに来たら、自分達ば
っか暖かい部屋でコーヒーすすっている、と思われるんじゃないか。
 そう思った瞬間、キンコーンと玄関のアイホンがなった。
 ぎょっとして所長の顔を見る。
「誰だろう」と所長。
 明子は黙って立ち上がると、キッチンコーナーの壁に埋め込まれているアイホン
を覗いた。
 又しても石臼の様な頭が画面いっぱいに張り付いていた。
「清掃の山城さんですね」と言うとそのまま玄関に行った。
 U字ロックをしたままドアを開けて隙間から「なんでしょうか」と言う。
「開けてくれよ」山城は軍手をした指をU字ロックにひっかけてガタガタいわせた。
「あ、はい」と言ってドアを開ける。
 山城は 玄関で長靴を脱ぎ、持っていたモップを壁に立て掛けると、構わず上が
って来て、洗面所奥の風呂場のドアを開けた。
「こりゃあ汚れているな」と言うと液体が入った桶と大きなスポンジを浴室の床に
置く。
 それからリビングにどんどん入って行き「風呂の掃除はどうする? 今やってし
まおうか」と言った。
「いや、後で私がやるからいいよ」と所長。
 山城はテーブルの上のコーヒーカップを見付ける。「こりゃあ、おくつろぎの所
を」
「くつろいでいた訳じゃないんです。これから郵便局に明細を持って行くところ
で」
「だったらその明細を俺にくんな」と言うと軍手を外して節くれだった手を広げた。
「でも何時も郵送しているんですけど」
「そんなの2度手間だろう。清掃の分は俺によこせよ」
「でもぉ」と所長に助けを求めるような視線を送る。
「渡してあげなさい」と所長。
 明子は紙袋からこのマンションの束を取り出すと、輪ゴムを外して山城に渡した。
「はい、額田さん、大石さん、横田さん、泉ちゃん、山城さん」
「なんだ、切手が貼ってあるのか。来月からはこんなの貼らないで直接俺にくん
な」と言うとぐるり一周部屋を見渡してから、「そんじゃあ邪魔したな」と所長に
言う。
 そして、肩で風を切る様に歩いて出て行った。
 体が一体構造だから、ああなるのだ。
「なんだか威張りっぽい人ですね」
「いいんだよ、ああやって威張らしておけば。自分もパートなのに仕切ってくれる
からな」
 玄関の方を見ると、汚いモップが一本立て掛けたままになっている。
 山城の忘れ物だろうか。あれはオスのマーキングか。
 所長の床屋系整髪料もオスのスプレーみたいなものなんじゃあ…と思って所長を
見ると上体を反らし気味にして左脇腹を擦っている。
「さーてと、俺は便所に行ってくるから、君、郵便局に行くんだったら行っていい
よ」と言って席を立った。
 今のコーヒーはコーヒーエノマか。
 便所に入る所長を見て、変な音が聞こえない内に出かけてしまおうと思い、和室
に走るとクローゼットからコートを出した。
 ついでに襖を開けてあけて地上の様子を見る。
 ゴミ集積場で清掃のメンバーが一列に並んで山城から給与明細を受け取っている。
 なるほど、あれじゃあ山城に使われているみたいだわ、とつい唇をゆがめた。
 ふと目を凝らすと清掃員の一人が双眼鏡でこっちを見ている。
 反射的に身を引いて襖を閉める。
 同時に携帯が鳴った。
 びくっとして番号を見る。080から始まる知らない番号。auだろうか。
「もしもし」とよそ行きの声で言った。
「大沼やけど」今朝から24時間管理員の勤務に付く大沼だった。
「何でこの番号知っているんですか?」
「斉木君に聞いたんよ」
 管理室に電話すれば、壁に張ってある連絡先一覧から自分の携帯番号も分かるの
かも知れない。
「バスがこんのよ。自分、ここに来るって言うとったやろう」
「そんな事言いましたっけ」
「言うとったよ。木曜の朝一で郵便ポストに行くって」
「はぁ」
「来るんか?」
「行きますけど」
「そしたら乗っけてってくれんか」
「いいですけど、20分ぐらいかかりますよ」
「かまへんよ。斉木君にそう言っといて」
「はぁ」
「そんな、宜しくたのんます」
 携帯を折りたたみながら玄関に向かう。
 途中、便所の前で、「郵便局行ってきまーす」と言った。
 同時に、じゃー、と水洗の音。
 大急ぎでブーツを履くと玄関を出た。
 ドアには施錠しないまま、通路を小走りに走って行った。

 出勤してきたのと逆の順序で、明子はエントランスに戻った。
 まだ薄暗く、フロントは空のままだった。










 続き #1071 斑尾マンション殺人事件 4
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